もっさりバリア、発動中
チャイムが鳴ると同時に、教室がざわつき始めた。
「今日の五限、先生来ないって〜」
「え、マジ? 自習?」
「うっそ、やった〜!」
はいきた、自由時間、爆誕。
まわりの声が一気に浮かれて、空気がふわっと緩む。
私は、机に肘をついたまま、小さく息をついた。
ていうか、ほんと助かった。
放課後、ローザ先生の研究室に行くことで頭がいっぱいで……正直、授業どころじゃなかったから。この自習、天の恵みか何か?
「……はっや。もう寝てるし……」
隣を見ると、ミナが机に突っ伏して早くも熟睡モード突入。さすが寝落ちのプロ。ていうか切り替え早すぎない!? さっきまで喋ってたよね!?
反対側では、フローネが何やらきらきらした目でノートを開いている。
「ふふ……メガネ委員長、今日も冴えてますわ……♡」
出た。午後イチから、妄想ダッシュが止まらない。え、ちょ、今からもうBLモード!? 気持ちのスイッチどこで切り替えてんの!?
私はそっちを二度見しそうになりながらも、そっとかばんをごそごそ。
これこれ。『月刊 魔石♥感応クラブ』、通称『感クラ』。
今月号は「編集部ガチ推し・魔石7選」特集。はい優勝。
自習時間のお供といえば、これ以外にある?
私はおもむろにページをめくり、そっと目を細める。
……ああ、このときめき。魔石の光で心が洗われる……。
今朝はママに中断されちゃったから、またじっくり堪能しよう。
ひそひそ──
ページをめくる指を止めなくても、耳は勝手に拾ってしまう。 声を潜めてるつもりなんだろうけど、静かな教室じゃ、逆に目立つんだってば。
「なんであの子がローザ様の呼び出し?」
「てかまた読んでるし……なにあれ、変な雑誌?」
「ていうか、あの子、マジでもさいよね……」
……あー、はいはい、聞こえてるよ。ぜんぶ丸聞こえだってば。
でも、別に気にならない。
いや、ちょっとは気にするけど、気にしてたらキリないし。
──昔から、そうだった。
パパが魔石好きで、家にはいつも雑誌やカタログがあふれてた。
ある日、パパがこっそり見せてくれたんだ。ママにプロポーズしたときの指輪。淡い虹色の光をたたえた、月虹のラルマナイト。
小さいけど、なんて綺麗な石だったか……。光を当てる角度によって、色がふわりと変わって──青、ピンク、金色。のぞき込むと、きらきらが中で踊ってて、まるで小さな妖精が住んでるみたいで、思わず息をのんだ。
あの瞬間のときめきは、今でも忘れられない。
「ママには内緒ね」って笑ったパパの顔と、その光が、私の胸にずっと残ってる。
それ以来、石にどハマりした。
キラキラしてて、名前がかっこよくて、魔力の特性がそれぞれ違ってて……知らない世界を知るみたいで、どんどんのめり込んでった。
でも、初等課程に入った頃からかな?
だんだんと、自分が周りから浮いてる事に気がつき始めたんだよね。
石の特性とかカットの仕方とか、テンション上がりすぎて鼻息荒く熱く語って、ふと気づいたら、目の前の子がなんとなく困った顔して引きつってたり。
決定打はアレかな。
たまたま席が隣になった男の子がいて。
ある日、その子の筆箱に、小さな魔石がついてるのを見つけたの。
ちょっとくすんだ赤色で、たぶんフェルミナ系のアゲート。小粒だけど、光の反射が妙に綺麗で。気づいたら、私は——
「え、これ……触ってもいい? ねえ、もしかして天然? このカットすごい! どこで手に入れたの!?」
って、テンションMAXで。バッと石に顔を近づけて、ハァハァしながら至近距離で覗き込んでた。
……いや、今考えたら、そりゃ、ひくよね。
その子、一瞬固まったあと、目をそらして、ぽつりと。
「……気持ち悪っ」
——パリン、って音がした気がした。
しかもその子、ちょっといいなって思ってた相手だったから……ダメージ2億点。
でも、……そうか、私、気持ち悪いんだ、って思った。
だったら最初から、「あの子は変な子」って思われてた方が、楽だった。前髪で目を隠して、メガネをかけて、話しかけられないようにして。
仲良くなった子に、自分の「好き」を話して引かれるより、最初から「変な子だから近づかないでおこ」って思われるほうが、よっぽどましだった。
長い前髪は、わたしのバリア。
相手が自分に引いてる目は、なるべく見えない方が心が落ち着くから。
……それに。
ここには、ミナとフローネがいる。
こんな私を、そのまま受け入れてくれる、大切な存在。
──だから、これでいい。私はこれでいく。
雑誌の写真に、そっと指先を重ねた。
ラルマナイトみたいな光をたたえた、レムリア・オパールの見開き特集。
それを眺めながら、私はそっと、深呼吸をした。
ふと、教室の窓の外がざわめいた。
「ねえ見て、Aクラスの実技、始まったよ!」
「セレクくんとレントくんじゃない!? キャーーッ♡」
わかりやすすぎる悲鳴とともに、教室中の女子たちが一斉に窓際に集まり出す。
……セレクくん!?
その名前が耳に入った瞬間、私の心臓が一拍、変な音を立てた。
「……やはり、今日はこの時間でしたのね」
フローネが、机に広げていた妄想ノートをそっと伏せて、優雅に立ち上がる。
「私もちょっと見てこよっかな〜」
ミナまで気だるげに立ち上がる。
いやいや、さっきまで机に突っ伏して爆睡してたよね!? 切り替え早すぎない!?
でも、わかる。いや、ほんと、わかる。
……だってセレクくんだもん。
気づいたら私も、椅子を引いてそろ〜っと立ち上がってた。で、できるだけ目立たないように、教室の窓のすき間から、こっそり校庭をのぞき込む。
——いた。
校庭の中央で、魔力をまとって構えるセレクくんと、その隣でにこにこ手を振るレントくん。
…うん、やっぱり今日もセットなんだ、この2人。親友というか、名コンビというか、眩しさ2倍というか。いや、まぶしすぎて直視むずいんですけど。
でも、目が離せない。
遠目でもわかる。
光の扱い方が、まるで舞台の上みたいにきらびやかで、魔法陣の展開も速くて正確。
セレクくんの放った風の魔法が、ふわりと砂を舞い上げて、それを追いかけるように、レントくんの炎が駆け抜ける。
……やば、綺麗。
炎が光の粒になって弾けた瞬間、「きゃーっ♡」という歓声が、一斉に教室中からあがった。
「……なるほど、王道イケメン・ダブルエースの共演、ですわね」
フローネが窓の外を見ながら、いつもの澄ました口調でぽつり。
「でも、あまりに王道すぎて、わたくしの食指は動きませんけれど」
「いや、動いてたよね!? さっきちょっとニヤけてたの見たよ私!」
ミナが即座にツッコむ。
「……ふふ、それは観賞用としての評価ですわ」
2人の掛け合いに、思わず吹き出しそうになる。
でも私は、そのまま、窓の外を見つめ続けていた。
きっと、あの人たちは、光を浴びる側の人間なんだと思う。みんなが憧れて、みんなが目で追って、そして、「もしかしたら届くかも」って思ってもらえる存在。
私は、違う。ただの観客。しかも一番後ろの席で、ひっそり双眼鏡構えてるタイプ。もっさり前髪に、魔石愛で人生組んでるオタ女子にはピッタリのポジション。
同じ学園に通ってても、世界が違うって言うか……。
……だから、あの人がまぶしく見えるのも、当然なのかもしれない。
ほんのちょっとだけ、ため息が漏れる。
でもそのあとで、すかさず自分にツッコミを入れておいた。
「……きもっ。なにしんみりモード入ってんの、私」
席に戻ろうとした瞬間──チャイムが鳴った。
はいはい。現実に帰還します。
次の時間はちゃんと集中しようね。魔法陣、すっ飛ばしたら爆発するやつだし……。
……いや、でもほんとに怖いのは、そのあとだからね!?
ローザ先生タイム、再び、です。こわ。