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わたし、お役に立てたみたいです!

 研究室の中央、丸テーブルの上に置かれたセレク君の魔道具を、みんなでぐるりと囲む。


 セレク君が、落ち着いた声で構造の説明を始める。


 セリオ先生は「ほう……これは面白いな」と興味深そうに魔道具を覗き込み、私とジン君はそれぞれノートを開いて、真剣にメモを取りながら聞き入っていた。



 その中に——

 机に頬杖をついて、ゆる〜い笑みを浮かべている人物がひとり。


「んふ♡」


 ちょっと待てーーーい!!


 なんでローザ先生が普通に輪に混ざってんの!?

 呼ばれてないよね!? 誰も呼んでないよね!?!?


「セリオちゃんに呼ばれてないけど来ちゃった♡」


 開き直りすぎる笑顔で、堂々と言い放つローザ先生に、セリオ先生はちょっと困ったように笑って——

 

「もう、ローザちゃんはしょうがないなぁ」


 ……って、え?

 あまっ!! ローザにあまっ!!!

 私があのテンションでやったら、絶対つまみ出されるやつなんですけど!? 

 

 

 

 でも、そんな心のツッコミが宙に消えていくくらいに、穏やかな声が場の空気を割った。


「これ、『ルーミナ・タッチ』っていうんだ」


 セレク君が、テーブルの真ん中に置かれた魔道具をそっと指でなぞりながら口を開く。



「魔力がうまく使えない人でも、『魔法が届いた』って感覚をちゃんと味わえるように……そう思って、作ってみた」

 

 そこにあったのは、手のひらにすっぽり収まる、小さな楕円形の装置だった。

 土台は光沢のある銀色の金属で、正面には透明なカバーがついている。その中には、淡く光を放つ魔石板と、小さな魔石が数個。美しく整列して、きっちりはめ込まれていた。   

 

「ここに軽く触れるだけで、内側の魔石が反応して、使用者の魔力を増幅・誘導してくれる構造になってる。……ほんの少しの魔力でも、ちゃんと反応するように」


 セレク君がそっと土台に触れると、淡い光がふわりとにじみ出て、花が開くように波紋が広がる。

 

「魔法を練習するとき、自分の魔力が届いてるのかどうかわからないと、怖くなることもあるから。……これは、そういう人に『届いた』っていう感覚を伝える道具なんだ」

 

 光の余韻が消えていく装置を、セレク君はしばらく見つめていた。

 

「魔法が苦手な人や、小さい子が自信を持つことって……すごく大事だから」


 その声は、飾らず静かで。

 でも、芯にはちゃんと、誰かを想う気持ちが宿っていた。 

 

 ……こんな発想、私じゃ絶対思いつかない。

 しかも、それをちゃんと形にできる技術もあって。

 

 セレク君って、やっぱり——

 すごい人だ。 


 

「本当に……やさしい魔道具ですね」


 ジン君がぽつりとつぶやいた。


「……俺、小さいころ魔法が苦手で、魔力も少なくて。……でも、これがあったら、ちょっと勇気出たかも」


 その言葉に、セレク君は小さく笑ってうなずいた。

 

「……うん、いい発想だな。魔力が落ちてしまった人のリハビリ補助道具としても使えそうだし」


 セリオ先生が感心したように目を細め、器具の内部構造を覗き込む。

 

「この増幅回路……魔石はミラコライトとルキナイトの干渉を使ってるのか。……共鳴層の位相がずれたとき、誤作動のリスクはどう見てる?」

 

「そこをちょっと、リシアさんとジンに相談したかったんだ」


 セレク君が、こちらを見て言う。

 

 名前を呼ばれて、思わず背筋がぴんと伸びた。


「えっ、あ、はいっ!」


 焦った私の素っ頓狂な返事に、セレク君がほんのり笑う。 

   

「あの……たとえばこの配置……ルキナイトとミラコライトの魔力波、出力のタイミングがちょっとずれてて……つまり、位相が合ってないの。だから、共鳴するときに打ち消し合って、ノイズが出ちゃうかもしれない」


 私はノートをめくりながら、そこに書き込んだ図を指差した。


「で、そのノイズが——えっと、さっきセレク君が言ってたみたいに、土台の金属……サルフェリウム合金だっけ? あれ、共鳴を増幅する特性があるなら、なおさら拾いやすくなってる可能性があると思う」


 魔石の特性から導いた仮説に、自分でもちょっとドキドキしながら言葉をつなぐ。


「だから、共鳴範囲をもう少し絞るか、干渉の位相を調整できたら……誤作動、減らせるんじゃないかなって」


 思わず顔を上げると、セレク君とセリオ先生が同時に「ほう」と声を漏らしていた。

 

「——いい視点だな」


 セリオ先生がうなずきながら、魔道具の脇に置かれた設計図に目を落とす。


「この構成なら、配置をいじるのもアリだけど……石そのものを変えるのも手かもな」

 

 小さくそう呟いて、セリオ先生が考え込んでいる。



「たとえば……ルキナイトをルメリアンに替えてみるとかはどうですか?」


 横からジン君が、少しおそるおそる言葉を挟んだ。


「出力は近いけど、波の揃いは安定してるって言われてて……。あ、感クラの特集にも出てました。第百二十八号の『干渉波と恋のゆらぎ』ってタイトルの……」


「……うんうん、それ読んだ!」


 私は、思わずジン君に食いつく。

 まさかここで感クラの話題が出るなんて思わなくて、テンションが爆上がりだ。


「ねっ!? あの号、すごく実験データ詳しかったよね! ルメリアンの干渉範囲、ミラコライトとならほぼ±0.3以内に収まるって……」


「だから、位相ズレのリスクもかなり下がるはずなんです。あと、熱反応も穏やかで……」


 いつの間にか私とジン君で、魔石オタクトークが展開されていた。



 ふと横を見ると、セレク君が目を丸くしながら、でも——どこか、楽しそうに笑っていた。


「……すごいな、リシアさん。そこまで見えてるなんて」


 セレク君が、感心したように笑みを浮かべた。


「ジンも、ありがとう。ルメリアン、試してみたい」

 

 ……や、やった。ちょっとだけど、ちゃんと役に立てたかも……!?


 その余韻に、ひたろうとした——まさにその時だった。 




「リシアちゃあああん……っ!!」

 

 いきなり横から、椅子ごと抱きつかれた 


「わ、わわわっ!?」

 

 椅子ごとグラッと傾いて、思わず机に手をつく。  


「もう……もう……立派になっちゃって……っ!」


 ローザ先生が、うるうるした目でこちらを見つめてくる。まさかの涙目。


「説明の仕方もばっちりだったわ……! 堂々とあなたの『魔石愛』を語っていて素敵よ……!」


 うわっ、テンション高い! しかもなんか泣きそう!? やばい、感情の奔流が止まらない系きた!!


「こ、こんなことで泣かなくていいですからっ!」


「ええ〜ん……でもでも、感動しちゃったのよぉ……!」




 私がじたばたしてる横で、セリオ先生が首を傾げた。


「……ローザちゃんとリシアさんって、知り合いなの?」

 

 ローザ先生は、私の椅子にしがみついたまま、うるうると目を潤ませながら顔を上げた。 


「知り合いも何も、あたしはリシアちゃんのラブ・アンド・フェアリーな青春を応援してる、運命のキューピッドなのよ♡」

 

「いやいやいやいや、初耳ですから!? その肩書き初めて聞きましたから!!」

  

 私は思わず椅子の上で振り返って、ローザ先生を二度見した。いやほんと、なんなんですかその設定!? むしろ今この場で生まれたでしょそれ!! 

 

 ……ていうか、まだくっついてるんですけど!? そろそろ離れて!!! 

 私は半ば強引にローザ先生の手を振りほどいて、なんとか元の体勢に戻った。 

 

「へぇ〜、なるほどねぇ。仲良しなんだね、ふたりは」


 セリオ先生はあっさり頷いて、ほわんとした笑顔をこちらに向けてくる。


「納得しないでください!!」


 私の全力ツッコミが、研究室の天井に虚しく響いた。だめだ、この空間、ツッコミが足りない。




 ——と思ったら。


「……で、さっきの魔石の話だけど」


 セレク君がさらっと話を元に戻してくれて、私は心の中で拍手した。

 よかった、まともな人がいて……!! 

 

「ふたりのおかげで、方向が見えてきた。……ありがとう」


 セレク君が、ふっと穏やかな笑みを浮かべながら、私とジン君を見た。


 ——ふいうち笑顔、やばい。

 だからそのやさしい目とセットでくるの、ずるいって……!


「えっ、あ……う、うん……!」


 言葉がうまく出てこなくて、とりあえず返事だけはしておいた。けどたぶん、顔はすでに赤くなってるはず。

 


 

 ……そんな空気の中、唐突に響く、いつものあの声。


「じゃあ、もう今日はお開きってことでいいかしらん? ジン君、ちょっと借りるわよ〜♡」


「えっ、お、俺ですか!?」


 きょとんとしたジン君の腕を、ローザ先生が容赦なく引っ張る。


「そうよぉ。あなた、髪型で損してるタイプって感じがビンビンするの。ささ、乙女改造計画のお時間よ〜〜!」


「えええっ!?」


 ジン君が意味もわからぬままローザ先生に引きずられていき、残されたのは、ぽつんと私とセレク君のふたりだけだった。

 

 え、ちょ、ちょっと待って。ジン君!? 連行された!? なんとか思考を立て直そうとぐるぐるしていたら——


 

「……帰ろっか」


 セレク君が、穏やかな声でそう言った。

 

 ……って、

 まさかの、ふたりきり!?

 

   

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