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『すごいじゃん』って聞こえた気がして

 ふわぁぁ〜……ねむっ。

 ——って、やば。いま完全に廊下のど真ん中で大あくびしてたんですけど!? 誰かに見られてない? 大丈夫? セーフ?


 でもまあ、しょうがない。寝不足の理由ははっきりしてる。昨日のジン君の秘蔵魔石が、あまりにもすごすぎて……触発されて、私も気づいたら深夜まで自分のコレクション整理しちゃってたし。

 あの魔石ケース……感クラ創刊15周年のやつよ!? 応募者限定200名よ!? もう、うらやましすぎて魂ねじれた。しかもなんなの、中身のあのラインナップ。かっこよすぎでしょ。


「リシア、おはよっ!」


 教室の入口で、いきなり背中をポンっと叩かれて、思わずビクっとして振り向くと——ミナがにっこにこで立ってた。


「あ、おはよ、ミナ」


 うん、ミナは今日も朝からキラッキラ。廊下の男子が、何人も振り返ってるの、見えてるから。うん、知ってたけど。


「っていうかリシア!? なにこれ、マスコット!? ちょ、すごいんだけど! これ付けて歩いて平気なやつ!?」


 ミナが私のカバンにぶら下がってる、例のアレ——

ローザ先生特製・ラブリー大暴走マスコットをガシッと掴んだ。


「あ、これローザ先生からもらったやつで……」


「うっわ、まじすごいビジュ!! てかさ、このリボンとハートの密度おかしくない!? なにこの主張力!? ウサギ埋もれてるけど!?」


 ほら、やっぱり突っ込まれた。しかも的確に。


「まあ……ローザ先生だから……」


「だよね〜〜。先生のセンス、五次元すぎてもう逆に安心するレベルだわ」


 笑いながら並んで教室に入ると、フローネはすでに自分の席に座っていて、なにやら真剣な顔でノートに何かを書き込んでいる。……あれ? めっちゃ集中してるっぽいけど、何してるんだろ。


 ミナがそっと覗き込んで、声をひそめる。


「ちょっとリシア、見て。あれ絶対『寡黙セレクと忠犬レントの関係性考察』ってやつだよ。昨日も興奮して話してたし」


「……え、ガチで書いてる。図解入りで」


 ノートのすみっこに描かれた謎の相関図と、ハート入り矢印のラッシュが見える。

 なんかもう、すごい。分析の熱量がすごすぎて、逆に神々しい。……うん、これはもう、見なかったことにしよう。


「お、おはよう、フローネ!」


「あ、おはようございます、リシアちゃん、ミナさん」


 何事もなかったかのように笑顔で返されて、ちょっとだけ背筋が伸びる。



 と、ちょうどそのとき——


「リシアさん、おはようございます」


 通りすがりに、落ち着いた声が耳に入った。


 ——えっ?


 そっちを振り返ると、ジン君がこちらに軽く会釈している。前髪がさらっと揺れて、あいかわらず表情は伏し目がちだけど、昨日よりちょっとだけ柔らかい雰囲気。


「あ……おはよう、ジン君。昨日は、その……ありがとう」


 気づいたら、そんなふうに返していた。

 自分でも、ちょっとびっくりするくらい、自然に。 


 すると——


「えっ?」


 ミナが私のほうを、ぱちくりと二度見してきた。


「ちょっと待って、ジンって……え、今のジン・フロワールでしょ? あんたたち仲よかったっけ?」


 フローネも、ペンを持ったままこちらに身を乗り出す。


「リシアさん、昨日何かありました?」

 

「あ、うん、えっとね……ジン君も、魔石が好きなんだって! それで昨日話しかけてきてくれて……」

 

 急に話しかけられてびっくりしたけど、魔石の話で盛り上がって——と、そこまで言ったところで、また思い出してきた。

 

「で、見せてくれたの! ジン君の秘蔵コレクション!! しかも、感クラの創刊記念ケースに入れてあってさ! あれ限定200個のやつだよ!? 私、応募したけど当たらなかったやつ! 中身も超ガチで、ラグナシェルとかクリムナイトとか——って、あ、ごめん、語りすぎた!」

 

 気づけば早口で詰め込みトークしてた私を、ミナとフローネがぽかんと見ていた。


「まさか……いたんだ。リシアと同じ温度感の魔石オタクが……こんな近くに……」


 ミナが神妙な面持ちでつぶやき、


「その子と、どうして今までお互い気づけなかったんでしょうね……」


 フローネはしみじみとうなずく。


「でもさ、よかったじゃん、リシア。魔石の話できる子がいて」


 ミナがニッと笑って、ぽんと私の背中を叩いた。

 

「……うん。嬉しかった」


 たったそれだけなんだけど、言ってみたら、なんだかじんわり実感がわいてきて——

 私、ほんとに嬉しかったんだなって、ちょっとだけ思った。

 

 

 ……って、なんか、教室ざわついてない?      

 なんとなく周囲の視線を追ってみると、入り口にレント君が立ってた。朝っぱらから爽やかスマイル全開で、手なんかひらひら振っちゃってる。


「ミナちゃ〜ん、魔導史の教科書忘れたんだけど、貸してくれない?」


「え〜? しょうがないな〜!」


 わざとらしくため息つきながらも、ミナは自分のカバンから教科書を抜き出して、ひょいっとレント君のところへ。

 「はいはい、どうぞ〜」と渡したあと、そのままふたりで何やら楽しげにおしゃべりを始める。


 ……え、なにこの空気。ふたりの世界できあがってるんだけど?

 そして当然のように、ざわざわと湧き上がるクラスの声。


「え、あのふたり、付き合ってるの?」

 

「いやいや、同じ班なんでしょ?」

 

「でもお似合いじゃない? 顔面偏差値、高っ……!」


 うん、わかる。わかっちゃう。改めて並んでるの見ると、なんかもう発光してるもん。

 キラキラっていうか、あれはもう……雑誌の表紙。ビジュアル担当の表紙カップル。


 ——でも、それにしてもさ。


 このひそひその空気感、私の時とは、ぜんっぜんちがう。


 どこかふわっとしてて、柔らかくて、ちょっと憧れまじりで。あの時の私を囲んだトゲトゲの空気とは、似ても似つかないんだけど……? 


 ……ずるい。


 ちょっとだけ、そう思ってしまった自分がいて。自分で自分にツッコミたくなる。


 なに比べてんの、私。しょうがないでしょ、ミナだよ? キラキラ組のセンターよ? 比べる土俵が違うってば。


 ——わかってるのに。

 ちくっと、胸の奥が、ささくれたみたいに痛んだ。


 ……ダメだダメだ、切り替えなきゃ。

 

  

   * * *

     

 

 昼休みのチャイムが鳴ると同時に、教室が一気ににぎやかになった。


 食堂の席取りにダッシュする子、席でお弁当を広げる子。誰かの笑い声に、ふんわり広がるお弁当の香り——うん、『ザ・昼休み』って感じ。


「リシア、お弁当食べよ〜」


 ミナがカバンからお弁当を取り出しながら、私に声をかける。横ではフローネも、すでにランチクロスを広げていて、マグボトルのふたをカチッと外していた。


 ——が、しかし。


「あっ、ご、ごめん。今日はちょっと……お弁当ないから、パン買ってくる!」


 急いで立ち上がりながら、カバンから財布を探る私。


 今朝、寝坊したママが、手を合わせて謝ってきた顔が頭をよぎる。「ごめん! 今日は時間なかった! 明日は張り切るよ♡」って……まあ、お母さんあるあるだよね。


「そっか、行ってらっしゃい〜。人気のパン、もうなくなってるかもよ?」


 ミナの声が背中に届くころには、私はすでに教室の出口を小走りしていた。

 いける、いけるはず……!まだカレーパンは残ってると信じたい!!

  

 


 食堂に着くと、案の定パンコーナーには人だかりができていた。でも、まだカレーパンが見える……! よかった! 買えるかも!

 

 私は急いで列の最後尾につくと、前の子の背中に全力で念を送った。

 お願い! カレーパンだけはやめて! 今の気分は絶対メロンパンでしょ!? そうだよね!? ね!? 


 ——そんなときだった。


「今日はパンなの?」


 不意に、すぐ横から聞き慣れた声がした。びくっとして顔を上げると、そこにいたのは——


「セ、セレク君……!」


 ちょ、ちょっと待って!? 不意打ちがすぎる!! 今、私、心の防御力ゼロなんですけど!? ていうか、セレク君が話しかけてきた!? まじで!? 現実!? 幻じゃないよね!?


「う、うん。今日は……ママが寝坊しちゃって……」


 いやいや、声、裏返ってるし! お願いだから、変な声出るのやめて!? もっとこう……普通に話せなかったの!? お願い! 私の平常心、戻ってきてー! 


「そうなんだ」

 

 セレク君はふっと笑って、パンの棚をちらっと見たあと、続ける。


「俺は今日は、昨日レントが食べてたオムライスにしよっかな」


「っ、あ……あれ、おいしそうだったもんね……!」


 なんとか絞り出した返事に、セレク君は小さくうなずいてから、柔らかく笑った。


「じゃ、また」


 そう言って、列の向こう側をすいっと通り抜けていく。


 ……え、ちょっと待って、今の、普通に会話じゃなかった!? セレク君と!? ふつうに!? しゃべった!? 

 私はじわじわと、嬉しさが爆発しそうになってた。


 え、無理……にやける……! 顔ゆるむ……!! 

 

 でも、そこで、なんとなく視線を感じて、ふとセレク君が去っていった方向を見てみたら。


 ……ギャッ!


 なんか、すっごい目で見られてる!? 女子たちの視線、めちゃくちゃ刺さってくるんですけど!?

 え、ちょっと待って? 今朝のミナには誰も文句言ってなかったじゃん!? なにこの差!? 理不尽すぎない!?


 こわっ。こわこわこわ。


 ……うん、もう今日はスルーでいこ。いろいろ全部、なかったことにしよう。 

 

 

   * * *

   

   

 放課後、家に帰って、とりあえず机の前の椅子にどさっと腰を下ろした。

 ふぅ〜……なんか、疲れた〜。


 肩にかけたままだったカバンをおろして、机の上に置くと、ぶらさがっていたローザ先生のマスコットがぽよんと揺れた。


 ……あー。

 今日、いろいろあったな……。


 揺れるマスコットをぼーっと見つめていると、胸の奥にひっかかってた感情が、ゆっくり顔を出しはじめた。


 ——今日は、楽しいこともあった。うん、あったんだよ。

 ジン君におはようって言われたの、友達が増えたって実感できて、すっごく嬉しかったし、セレク君とも……あんなふうに、ほんのちょっとだけど話せた。


 ……でも。


 朝の、ミナとレント君の、あの空気を思い出す。


 教室中の視線。ひそひそ話。——でも、どれも柔らかくて、憧れが混じってた。『素敵だね』って、みんなが自然にそう思ってる感じがして、それを見ている私の胸が、ちくっと痛んだ。


 私のときとは……ぜんぜん違う。


 わかってる。ミナはもともと、セレク君やレント君と同じ、ステージの上の人。最初から、スポットライトを浴びる側の子。

 だから誰も、そこに立つことを疑問に思わないし、「さすがだよね」って、自然に受け入れてくれる。


 でも、私は——

 もっさり前髪にメガネ姿で、客席の隅っこから双眼鏡でステージを眺めてる、『ただの観客』だったから。

 

 そんな私が、ステージの階段にちょっと足を乗せただけで、ざわつく人がいる。

「えっ、あの子が?」「場違いじゃない?」

 そんな冷たい視線が飛んでくる。


 ……理不尽、って思うよね。

 でも、本当は——ちょっとだけ、わかる気もするんだよね。

 だって、私自身が、一番それを「場違い」だと思ってたから。


 だけど——

 

 それでも、私は上がりたいって思った。

 だから、前髪を切ったし、メガネも外した。

 ちょっとだけど、勇気を出してみた。

 

 ——うん、私、頑張ってるよね。 

 

 カバンに目をやると、ファスナーにぶらさがっている、ピンクとリボンまみれの、うさぎと目が合った。

 

 私はそっと手を伸ばして、人差し指で、ぽすん、と頭をつつく。


 その瞬間、うさぎとハートがしゃらんと揺れて——

 『すごいじゃん♪』って、励まされた気がした。

 

 ……もしかして、これがローザ先生の魔法ってやつ? 

 私は、もう一度うさぎの顔を見て、思わず微笑んだ。 

 


 ……だったら。

 もうちょっとだけ、頑張ってみよう。


 ステージの下で立ち止まってるだけじゃ、セレク君には届かない。『好き』って気持ちも、きっと届かない。


 だから、たとえ誰かに「場違い」だって言われたって。

 私は——ちゃんと、上がってみたい。


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