はじめましてが止まらない!? 魔石がつなぐ初トーク
放課後、ローザ先生の研究室の扉をそっとノックすると——
「はぁい♡ 開いてるわよ〜」
中から聞こえてきたのは、いつものごきげんな声。でも、どこかちょっとだけ、くぐもってるような……? なにしてるんだろ?
おそるおそる扉を開けると、ローザ先生はデスクでちくちくと——やたらラブリーな何かを縫っていた。
気になって思わず覗き込むと、ローザ先生が縫っていたのは、ハートとリボンがあちこちに散りばめられた、見るからに戦闘力ゼロって感じのマスコット。
またなんか変なの作ってる……。
心の中でツッコみながら、私はふかふか椅子にそっと腰掛けた。
「リシアちゃん♡ 自己紹介、どうだったのかしら〜ん?」
ローザ先生は針の動きを止めることなく、私の方をちらっと見てきた。
「あっ……えっと……!」
思わず背筋をしゃんと伸ばして、私は一気に言葉を吐き出す。
「自己紹介、ちゃんとできましたっ! 魔石が好きって、言えました! それに……セレク君とも、話せて……! あの、先生のキラキラパウダー、たぶん効いてました!!」
報告を終えた瞬間、胸の奥がふわっと軽くなる。
「まぁ〜〜〜♡♡♡ よく言えたわね〜〜っ!! パチパチパチ〜〜!!」
ローザ先生はまるで赤ちゃんをあやすみたいに、にこにこしながら、大げさに拍手を繰り出している。
「リシアちゃん、最高にラブリーよ♡ 『好き』をちゃんと口にするって、ほんっと勇気がいるのよ? それができたってことは、もう立派な『自分ラブ』の始まりじゃな〜い♡」
その後もローザ先生はしばらくちくちくと針を動かしていたけれど——
「よしっ♡ できたわ〜〜ん!」
ピンッと糸を切る音がして、先生がぬいぐるみを高らかに掲げた。
完成したのは、さっきから縫っていたアレ。ピンクのハートにくるまれた丸っこいウサギ(たぶん)に、リボンとレースとキラキラビーズがてんこ盛りで、もはやどこに目をやればいいのか分からないほど、ラブリーの暴力って感じの一品。
な、なにこの情報量……! こんな、見てるだけで羞恥心こじ開けられるマスコット、存在していいの!?
ていうかこれ、どうするつもりなんだろ。誰かへのプレゼント? 装飾用? いやいや、このフォルム、どこに付けるのが正解なんですか先生!?
「やだ〜っ♡ かわいすぎて震えるわ〜〜っ♡」
ローザ先生が両手でふわふわマスコットを持ち上げて、まるで何かの儀式みたいに高く掲げる。
「はい♡ これ、リシアちゃんにプレゼント〜〜!」
……えっ、私のだったーーーー!?!?!?
「わ、私に……ですか?」
思わず、椅子ごと後ろにのけぞりそうになる。う、うそでしょ。これ、まさかの私用!? いや、気軽に人前に出せるビジュアルじゃないんですけど!?
……でも、ローザ先生はすごく嬉しそうに、マスコットの頭をちょんっと撫でてから、私の手のひらにそっと乗せた。
「そ♡ あたしの魔法が詰まった、特製のお守りマスコットよん♡」
「お、お守り……?」
「そう♡ あんたにぴったりのエンチャントを、こっそり仕込んでおいたわ〜ん♡」
「エ、エンチャントですか……?」
「効果は、3ヶ月間! そのあいだは、どんな場面でも、ほんのちょっぴりだけ勇気が出るはずよ♡ だって、ちゃんと『好き』って言えたリシアちゃんなんだもん♡」
ローザ先生は指をぴんと立てて、にっこり。
「いい? あたしの魔法が効いてるあいだに、どんどんラブを育ててくのよ〜♡ 『自分ラブ』でも、『相手ラブ』でも、ぜ〜んぶ大歓迎っ♡」
ハートマークを手で作りながら、うっとりした顔で見つめてくるその姿に、私の脳がキャパオーバーしかけてる。
「ちょっ、これ……視線集めすぎて、勇気出すどころじゃなくなりますって……!」
「ほんとぉ? あたし的には、わりと地味めに仕上げたつもりだったんだけど〜〜♡」
「えっ、これで……地味め……」
思わず目を細めてマスコットを見直す。地味どころか、視界のほとんど持ってかれてるんですけど……。
ラブリーすぎて目のやり場に困るけど、でも——先生が私のために作ってくれていたのかと思うと……嬉しいかも。
「……ありがとうございます。なんか、ちょっとだけ……勇気、出そうな気がします」
そっと、マスコットのウサギの耳をつまんでみると、ふわふわしてて、思ってたよりずっと心地よかった。
「やだ〜、次の恋愛学の授業、なににしよっかしら〜ん♡ あっ、やっぱりアレかしら? 青春の階段告白シミュレーション〜!? きゃー♡」
また謎ワードが出た気がするけど、とりあえずスルーしておこう。
「じゃ、時々は報告に来てねん♡ 成果報告、大歓迎よ〜♡」
研究室を出ると、夕焼けが廊下を朱く染めていた。
マスコットをそっと抱えて、私は小さく息を吐く。
——うん。
3ヶ月間、やるだけやってみようかな。
昇降口へと向かうと、開け放たれたアーチの向こうに、茜色の空が広がっていた。
風がふっと吹き抜けて、カバンに付けたマスコットがしゃらしゃらと揺れる。
……いや、やっぱこれ目立つよ! しゃらしゃら言ってる時点でもうアウトだよ!?
っていうか今、二度見されなかった……? 気のせい……じゃない気がする……。
「あ、あのっ……アルメリアさん!」
マスコットに気を取られていた私は、いきなり名前を呼ばれて、びくっと振り返った。
柱の陰から姿を見せたのは、ひとりの男の子。
……えっと。誰、だっけ。
背は高めで、前髪の長い黒髪がさらっと揺れてて。顔はよく見えないけど、伏し目がちで声も小さくて、全体的におとなしそうな男子。
でも、なんか、ちょっと見たことあるような……たぶん、同じクラス……?
「あっ、その……ジンです。ジン・フロワール。あの……いきなりすみません」
名乗りながら、ジン君はぺこりと頭を下げた。え、礼儀正しい。ていうか誰。いやわかってる、ジン君だよね。でも誰。
「前から……アルメリアさんが『感クラ』、あ……『月刊 魔石♥感応クラブ』読んでるの、見てて……。あ、えっと……僕も、好きで……魔石」
……へ?
感クラ? 魔石? え、今、会話どっから始まった??
え、なに? もしかして同士!? ちょ、情報が渋滞してるんだけど!!
「でも……前のアルメリアさんって、なんかこう……『私に話しかけないで』っていうか、そういうオーラ出してる気がして……。だから、なんとなく話しかけづらくて……いや、違ってたらすみません!」
ちがくない! 出してた!! いやむしろ全開で出してた!!!
『私、変な子なんでほっといてください』オーラ、MAXで放出してた!!
「でも最近、なんか……ちょっと話しかけてみたくなったんです。前髪、変えましたよね? 印象が、ちょっと柔らかくなったっていうか……」
——えっ。
うそ。前髪の影響が……こんなところに……?
なんかもう、嬉しいとか照れるとかよりも、ただただ呆然。え、前髪って、そんなんだっけ!?
「……あのっ。よかったら、俺の秘蔵魔石、見ます?」
「えっ」
反射的に声が漏れた。ちょ、待って、それって——
「今日、アルメリアさんに話しかけようと思って、一部だけ持ってきたんです。あの……もしよかったら……」
そう言いながら、ジン君はカバンから大事そうに、小さなケースを取り出した。
——やばっ!!
そのケース、見覚えある!! 感クラ創刊15周年記念、応募者限定200名の特製魔石コレクションケース! あれ、誌面で見た時、泣きながら切手貼ったやつじゃん! でも当たらなかったやつじゃん!!
この子……ガチだ……!!!
「開けますね」
パカッ。
——ッッ!!!!?
きらり、と。西日のなかで、魔石がきらめいた。
うっわっっ……なにこの選抜メンバー!! 紫銀のラグナシェルに、双層結晶のクリムナイト、しかも中央には……ノ、ノクターン・アゲート!?!? え、ちょっと待って!!
気づけば私は、ジン君の手首をガシッと掴んで、これでもかというくらい顔をケースに近づけていた。
「え、え、ちょっと待って、それ、ノクターン・アゲート!? 本物!? え、え、え、ちょ、見せて見せて見せてぇぇぇっ!!!」
ジン君はクスッと笑って、カバンから手袋を取り出すと、ノクターン・アゲートを少しだけ持ち上げてみせてくれた。
「……っ!」
言葉が出てこない。頭の中で、語彙が一斉に気絶した。
やだ、すごい。やばい。超やばい。
あまりの衝撃に、私の脳内で何かのスイッチが盛大に跳ね上がった気がする——。
「ねえ、それって東フォッサ産? でもこの角度の光の通り方、もしかしてレア層入ってる!? ていうか、うしろのクリムナイト、結晶面が非対称だけど自然生成? それとも人工?」
気づいたら私は、ジン君に矢継ぎ早に質問を浴びせかけていた。
でも——
「はい。東フォッサですけど、採掘されたときすでに層ズレがあって……レア層ってたぶんそれだと思います。あとクリムナイトは自然です。ちょっとだけ削ってるけど、結晶はそのままです」
ジン君は驚くほど的確に、ぽつぽつと答えてくれる。説明は静かで落ち着いてるのに、どこか嬉しそうで、私のテンションを否定する気配はまったくなかった。
うわ……めっちゃ話しやすい……!
どれくらい話しただろう。私の感覚では数分。でも、ふと顔を上げると、空はもうすっかり群青色に染まっていた。
「えっ、うそ……もうこんな時間……!? ご、ごめん、なんかすごい話しちゃって……!」
あたふたと謝る私に、ジン君はちょっと目を細めて、ふっと笑った。
「いえ。……なんか楽しいですね、こういうの。魔石のこと、こんなふうに話せたの、初めてで」
その言葉が、すとんと胸に落ちた。
……そうだ。私も、そうだったかも。
気づけばずっと笑ってて、好きなものを真っ直ぐ話してて、相手もそれをちゃんと聞いてくれて。
——うん。こういうの、すごく嬉しい。
「よかったら、また……話しませんか? 感クラのこととか、魔石の話とか」
ジン君が、少し照れくさそうに言った。
「うん、ぜひ! 話したい!」
ぱっと顔を上げて返事をすると、ジン君はちょっと驚いたあと、照れたように笑った。
そんな笑顔を見送って、私は昇降口を出る。
風がカバンのマスコットをしゃらりと揺らした。
……なんか、いい日だったな。