私、魔石が好きですっ!
うわあああ……心臓が、心臓がどんっどんって暴れてる!
だって私の向かいにはセレク君がいて、その横にはレント君がいるんだよ? この状況で、にこやかに自己紹介できる人間どこにいるのよ!?
……いや、でも。たぶん、前だったら……小声で名前だけ呟いて、はい終わり! あとは前髪でもっさりフェードアウトしてたと思う。
でもさ……みんな、自分の「好き」を語るときは、すっごくキラキラしてて。
私だって、ちょっとだけ……いや、けっこう……そういうの、やってみたかったんだと思う。
——よしっ、行け私!
「えっと……リシア・アルメリアです……」
声が、ほんの少しだけ震える。けど、ちゃんと出せた。聞こえた。
テーブルがしん……と静まり返った気がして、緊張で手のひらが汗ばんだ。
「す、好きなもの……は……魔石です。……特に、『星風の煌石〈セレス・ルミナイト〉』が大好きで……っ!」
言えた! 「好き」って言えた!
うわあああ、今、私、絶対顔真っ赤だよ!!
ついでに最後、思いきって笑ってみたりもした。ちょっと引きつってたかもだけど、ちゃんと、気持ちは込めたつもり!
次の瞬間——
「知ってる〜〜! 思わず拝んじゃうくらい好きなんだよねっ」
レント君が、笑いをこらえきれない様子で口元をゆるませる。ていうかそれ、絶対あの事件のこと思い出してる顔だから!!
肩を揺らしてククッと笑うレント君につられて、隣のセレク君もふっと小さく吹き出した。
「てかセレクも、けっこう魔石好きだよな?」
レント君がひじで軽くつつくと、セレク君は少しだけ頬を赤らめながら、こくんと頷いた。
「……うん。魔導具に組み込む魔石とか、考えるのはわりと好きかな」
セレク君の声がやさしくて、なんか、それだけで嬉しい。
でも——。
魔石が好きって、自分の口でちゃんと言えた。胸を張って。
それが今、いちばん嬉しい。
——きっと、まだ残ってたんだ。
あの時、ローザ先生がふわっとかけてくれた、キラキラの魔法の粉。
ああもう、緊張で手汗ひどいし、いまだに顔あっついけど……
でも、今の私は、前の私より、ちょっとだけ好きかもしれない。
「じゃ、これで全員自己紹介終わったね!」
ミナが手をパンっと叩いて、場を明るく締めくくる。
それを合図に、テーブルの空気が一気にくだけていった。
「てかさ〜、このふわとろオムライス、めっちゃ美味しくない!?」
「わかりますわ! 中のチーズが……反則ですわ!」
「だろ? 俺、週2でこれ食べてるんだよね!」
ミナとフローネ、そしてレント君も混ざって、3人でオムライス談義に華が咲く。
その横で、私はグラタンを前にフリーズしていた。
うわ、きた。これ、入れないやつじゃん! てか話題がオムライスって、私とセレク君、グラタンだし! え、どうする!? グラタン話、さっきもうしちゃったし! 無理……この沈黙、気まずすぎる!
助けを求めるようにグラタンをすくってみたけど、味が全然頭に入ってこない。
話さなきゃ、なにか話題……! と、心の中で焦っていた、そのとき——
「……あのさ」
不意に、向かいから落ち着いた声がした。
顔を上げると、セレク君がスプーンを置いて、静かにこちらを見ていた。
「さっきリシアさんが、いちばん好きって言ってた魔石……俺のベルトについてたやつのことだよね?」
セ、セレク君から話題きたーーーー!
「う、うん。そ、そうだよ……! すごく珍しい石だから、私も……実物を見たのは、あの時が初めてで……その……つい、ガン見しちゃって……す、すみませんでした!」
「いや……それはもう大丈夫。気にしないで」
柔らかくそう言って、セレク君は少し笑った。
「あのベルト、じいさんから譲ってもらったんだけどさ。あの石がそんなに珍しいものって、俺も家族も全然知らなくて。ずっと、ミラライトだと思ってたんだよね。母さんなんて、リシアさんの話聞いてびっくりして、あのあとベルト金庫にしまってたし」
「……ミラライト? ……って、え、嘘でしょ……?」
いやいやいや! それはないから! ぜんっぜん違いますから!!
「あれはセレス・ルミナイトですっ! ミラライトと間違えるなんて、ほんと失礼すぎますから! 輝きの出方も、屈折角も、音の響きもぜんっぜん違うし、なにより結晶層の——あ、ていうか見た方が早いかも!」
私はとっさにカバンをごそごそし始め、取り出したのは感クラの今月号。
「ほら、ここ! これがセレス・ルミナイトで、こっちがミラライト! ね、違うでしょ!? ね? ね? 全然違うでしょ!? レアリティも、粒子の発光比率も——!」
勢いのまま一気にまくし立てたところで、ふと我に返る。
やばい……またやっちゃった……語りスイッチ、全開だった……。絶対引かれた、これ。
そう思っておそるおそる顔を上げると——
「……ぶはっ」
セレク君が、少し肩を揺らして笑っていた。
「……ほんとに、好きなんだね。魔石のこと」
その一言が、ぽんって私の胸に触れた。
そんなふうに言ってもらえたの、たぶん初めてで。
心がふわっとなって、なんだか泣きそうになった。
うれしかった。すごく、すごく。
でも、顔を上げる勇気は出なくて——
私はそっと、うつむいた。
「……うん。ほんとに、好きなんだ……魔石」
そのあと、私たちは特に言葉を交わすこともなく、それぞれのグラタンを食べ終えた。
けど、食べてる間ずっと、胸の奥がほんのりあったかくて——なんだか、夢みたいだった。
「……あ、やば。次の授業、俺ら別棟だったわ。ごめん、先出るね。行こ、セレク」
レント君が立ち上がって、セレク君の肩をぽんっと叩く。セレク君は「うん」と小さく頷くと、トレイを手に立ち上がった。
「じゃあ……また」
少しだけ私の方を見て、そう言ってくれた気がした。うん、たぶん気のせいじゃない。……いや、どうだろう。
ふたりが食堂を出ていったのを見送って、ふぅっと息をついたそのとき——
「ねえねえ、今の会話……ちょっと良すぎじゃなかった?」
隣にいたミナが、肘でこっそり私をつついてきた。
「べ、べつに普通の会話だったでしょ!? ちょっと魔石の話で盛り上がっただけで……」
あわあわと弁解する私に、ミナはにやっと笑って、
「ふつう〜? リシアの、あの全力魔石トークでも、セレク君全然引いてなかったよ? てか、めっちゃちゃんと聞いてたし! ふつうの人なら『やべえ子』って思うやつだよ、あれ」
「ちょ、やべえ子ってなによ……!?」
そんな私の抗議はさらっとスルーして、今度はフローネがうっとり顔で乗ってきた。
「ええ、むしろ楽しそうに見てた感じでしたわ……! あれはもう、理解のある彼氏ですわ〜〜♡」
「だからちがうし!! 全然ちがうし!!!」
慌てて否定したけど、ふたりのテンションは止まらない。
「そう言えば、さっきリシア、自己紹介で『魔石が好き』って言ったでしょ?」
ミナがふと、まっすぐな目を向けた。
「リシアが魔石好きなのは、見てたらわかるよ? いつも目がキラキラしてるし、ずっと感クラ読んでるし、魔石の話始めたら止まんないし」
茶化すような口ぶりなのに、どこか優しくて——
「でもさ、リシアがちゃんと自分で『魔石が好き』って言ったの、初めて聞いた気がする」
そう言って、ミナがにこっと笑った。
「わたしも、思いましたわ。自己紹介のときのリシアちゃん……本当に、目がキラキラしていて。とってもステキでした」
フローネがそっと手を胸に当てながら、静かに言葉を添える。
そのひとことひとことが、胸の奥にじわぁっと染みこんでくる。
そっか、2人とも——ちゃんと、見ててくれたんだ。
「……ありがと。なんか、ちょっと、嬉しい……」
声に出した瞬間、顔がぽっと熱くなって、思わずうつむく。
ひと呼吸ぶんだけ、あたたかい余韻が流れて——
「さ、私たちも教室戻ろっか」
ミナが立ち上がりながら言った。
「たまには食堂もよかったよね。雰囲気が明るくて」
「うん、なんかちょっと楽しかった」
「それにしても……ここのオムライス、ほんっと美味しかった! 週2レント君の気持ち、ちょっとわかる」
「わたくし、リシアちゃんが食べてたグラタンも気になりましたわ。今度いただいてみようかしら♪」
「食べてみて! 白パンも絶対付けた方がいいよ! めっちゃグラタンに合うから!」
そんなふうに、わいわいと笑いながら。
3人で連れ立って、教室へと戻っていった。