このメンツで自己紹介とか、試練すぎる!
「じゃあ、食べよっか〜」
レント君の明るい声で、それぞれのランチに手が伸びる。なんか普通の昼休みっぽい始まりだけど、ぜんっぜん普通じゃないからね!? 緊張で食欲なんてほぼ無いんですけど!?
今日は、ローザ先生の恋愛学の宿題——『班でランチ♡ 自己紹介もよろしくね〜ん』の日。
だから私は今、食堂のテーブルでミナとフローネと並んで座ってて、向かいにはセレク君とレント君が座ってるという、とんでもない状況にいる。
ミナとレント君は、「前から友達でしたけど?」 みたいなテンションで、すでに盛り上がってて、その横でフローネが、セレク君とレント君を交互に見て、うっとり顔を赤くしてる。
ていうかさ、このメンツを前にして、普通におしゃべりできるミナの鋼メンタル、なに? いや、ある意味フローネが一番、通常運転なのか!?
私はというと、目の前のセレク君が気になりすぎて、顔を上げるのすらこわい。
目なんて合っちゃったら即アウトな気がして、ずっと視線を下に落としたまま、さっきから微動だにできないでいる。
と、とりあえず……食べよ。ごはんに集中してれば、少しは落ち着くかも。『白パンのグラタンセット』、ずっと食べてみたいって思ってたんだよね。今日は味なんてわからないかもしれないけど……。
そう思って、お皿の白パンにそっと手を伸ばした、その瞬間——
「これ、おいしいよね」
ふっと、目の前から声がして、心臓が飛び跳ねた。
え、待って、待って、今のって……!
おそるおそる顔を上げると、セレク君が、同じく自分の前にある、白パンのグラタンセットを指しながら、にこっと笑っていた。
「白パンのグラタンセット。俺、これ好きなんだよね」
うそ。話しかけられた。普通に。しかも、優しい声で。なにその無自覚爆撃。まって、それ心臓に悪いんですけど!!
「あ、あのっ……そ、そうなんだ……!? わ、わたしは、はじっ、初めてで……!」
ぐっちゃぐちゃ。語彙も息も全部バラバラに崩壊した。
顔が熱い。私の顔だけ魔石の精製炉にでも突っ込まれてます? ってくらいの熱さなんですけど。
「あ、そうなの? ……これ、パンがほんのり甘くてさ、グラタンと合うんだよ」
「あっ、へ、へえ〜〜……」
ええ、知ってますとも!! 週に一回は食べてるの、ずっと見てましたから!! だから真似して頼んだんですけどぉぉおお!? よりによって、本人から話題にされるパターンある!?
うっかり心の中で叫んでいたら、隣のミナが肘でこっそりつついてきた。
「落ち着け。食べろ。深呼吸」
「う、うん……」
なんとか白パンをちぎって口に運びながら、心拍数をゆるやかに下げていると——
「じゃあさ〜、そろそろ自己紹介しよっかー?」
ふいに、レント君の声が飛んできた。
その明るいノリに、私は思わずパンが喉に詰まりそうになる。えっ、もうその流れくるの!? 早くない!? でも……そうだよね。今日はそういう日だもんね。忘れかけてたけど、これ、宿題なんだよね、うん。
「じゃ、とりあえず俺からいくね!」
レント君は片手を小さくあげて、にっこり笑う。栗色の髪がサラッと揺れて、なんかキラキラしてるし。なんなのその爽やかさ、眩しすぎるんだけど。
「レント・カーディアです! 趣味は体動かすことかな? スポーツ全般好きだよ。あ、あと、人としゃべるの、好き!」
「はい出ました〜、典型的モテ男子キャラ〜」
ミナが半笑いでツッコむ横で、私も心の中で全力でうなずいてた。うん、これはヤバい。規格外のモテオーラだわ。
「セレクとは、初等課程からの付き合いでさ。昔からよく一緒に魔法ごっことかしてたんだよね〜。じゃ、次セレクね」
レント君がセレク君の肩をポンっと叩いて、バトンを渡す。促されて、セレク君は軽く頷くと、そのまま落ち着いた声で話し始めた。
「セレク・アーデンです。……趣味は特にないけど、魔導具を見るのはけっこう好きかも。その……よろしくお願いします」
言い終わった瞬間、レント君がセレク君の肩にガシッと腕を回してきた。
「ほらほら〜、毎回そうやってサラッと終わらせようとする〜! ちゃんと『彼女募集中です』って言っときなよ〜」
レント君が笑いながら突っ込むと、セレク君は少し赤くなりながらも、レント君の髪をわしゃわしゃっとかきまわして笑った。
「言うわけないだろ!」
「ちょっ、やめっ、髪ぐしゃぐしゃになるっ!」
「お前が余計なこと言うからだっ」
笑いながら押し返し合うふたりのやりとりに、思わず視線が吸い寄せられた。
いやもう、なにその仲良し漫才。ちょっと近距離で見ると破壊力すごいんですけど!?
ていうか今、「彼女募集中」とか言ったよね!? 冗談なのはわかってるけど、なんかもう、心臓に悪いって……。しかもセレク君、今ちょっと照れてたよね!? あ〜〜、ダメだ、見るとニヤける。
思わず顔が赤くなってきて、私はそっ……とパンに視線を落とした。
でも、そんな私以上に、ふたりを熱く見つめる視線があった。
「……ふふっ」
小さな笑い声がして横を見ると、フローネが両手を組んで、まるで宝物を見つめるみたいな顔をしていた。
「やっぱりいいですわね……この幼なじみの空気感。無自覚に心を許してる感じが……尊い……。ああ、私には見えます……寡黙な王子様と、彼だけに尻尾を振る忠犬騎士の構図が……」
あっ、完全に入っちゃってる……フローネのスイッチ。
「フローネ・ルキアと申します。趣味は、読書と想像と、ちょっぴり妄想ですわ♡」
いや、さっきの聞いたあとに『ちょっぴり』は無理あるでしょ! 私がひそかにツッコミを入れていたその時——
「妄そ……っ、あははっ、そっかそっか〜!」
レント君が吹き出すように笑って、セレク君に思いっきり抱きついた。
「じゃあこういうのはどう? 忠犬レントが主にぴっとり〜?」
「や、やめろって!」
セレク君がちょっと赤くなりながら、レント君を押しのけたその瞬間——
「きゃあっ……ッ! これはこれで……っ! 主のつれない態度……っ! なのにめげずに、健気に、無邪気に……っ! ふ、ふふふ……尊いですわ……!」
フローネは手を口元にあてて、全身で感情を噛みしめるように囁いた。
……ねえ、ちょっと!? フローネさん、自己紹介中だよ!? なんで全身で供給受けてるの!?
「ごめんね〜、この子ちょっと変わってるけど、いい子なのよ!」
ミナがにっこり笑いながら、場を和ませるように言ってくれる。
「てかレント君、さすがすぎない? ほんと、女の子の扱い慣れてるって感じよね! あ、私はミナ・レイフォード。趣味は買い物と……まあ恋バナ? よろしくね!」
ミナは笑顔でそう言って、ひらっと手を振ってみせた。言い慣れてる感というか、余裕というか……もうオーラが違う。……いや、ミナさんもだいぶ、さすがなんですけど!? さらっと自己紹介の中に恋バナぶっ込める女子力、強すぎません!?
「ミナちゃんは男子の間でも有名だからね〜。ほんと、綺麗だよね〜」
レント君が感心したように笑いながら言って、ミナの方にちらっと視線を向ける。ミナはというと、照れるでもなく、ふふっと軽く笑って受け流した。
うわ、出た。ナチュラルに女子を褒められる男子……! そしてそれを笑って流せるミナ……。なんなの、このキラキラ空間。光属性の人しかいないの!?
「じゃ、最後はリシアかな?」
ミナの優しい声が、私の肩をぽんっと押してきた。
き、きたー……!! ついに順番まわってきたあああ!!
心臓が暴れだすのを感じながら、私はこくんと頷く。
……ローザ先生の魔法、まだ効いてるかな。
この間、ふわっとかけられた、あのキラキラパウダー。
私はそっと、頭に手をやった。