つまり、ラブレターってことですか!?
「さてさて、みなさん♡」
ローザ先生はくるりとターンして、教壇の前に立つと、スラッと伸びた指先で魔法ペンを手にする。
「まず最初に、これだけは覚えておいてちょうだい……恋はね、魔法を磨くのよっ♡」
ローザ先生が魔法ペンをひとふりすると、黒板の上に淡いピンクの光がふわっと広がって……、びしっ! という音と同時に、きらめく文字が宙に浮かび上がった。
──恋は、魔法を磨く。
薄紅色の光が文字のまわりをくるくる舞ってて、なんかもう……キラッキラ。魔法っていうか、演出が派手すぎる。
「ふふっ、どういう意味かわかるかしら?」
教室がしん……となる。みんな、たぶん圧にやられてる。私も含めて。
「いい? 魔法ってね、心が揺れたときにいちばん光るの。怒りでも、悲しみでも、喜びでも……でも、その中でも特別なのが——恋っ!!」
ばーん! と机を叩くローザ先生。さっきまで笑ってた男子が、びくってなった。
「誰かを好きになるって、最高にときめいて、最高に苦しくて、最高に自分と向き合わされるの! それを知らずに、大人になって、魔法を学びました〜って顔されても、そんなの、ぺらっぺらの紙みたいなもんなのよ!!」
こ、こわぁ……けど、なんか……説得力ある……かも……。
「だからこの授業では、ときめきっていう最高の魔力の種を、どう感じて、どう使うか。あんたたち自身に見つけてもらうの♡」
マニキュアの指で、教室の全員をくるっと指すローザ先生。
その瞳が、すごい。からかってるみたいで、でも、奥のほうにちゃんと情熱があって。
「誰かを好きになることって、怖いこと。でも、だからこそ、あんたたちがどんな魔法使いになるか、そのヒントが詰まってるのよぉ♡」
そう言うと、つやっつやで真っ赤な唇の端が、にいっと上がった。
「そ・こ・で・ね〜」
ローザ先生は手首をくねらせながら、ヒールの音をコツコツ鳴らして、弾むように教壇の向こうへ回った。
「あんたたちに、学年末課題を出すことにしたの〜♡」
教室が、一瞬ざわっ……とした。
「まあまあ、そんなに身構えないで? これはね、ゆっくり時間をかけて、自分自身の恋と向き合うための課題なの」
すらすらと魔法ペンを動かして、黒板に文字が浮かび上がる。
──あなたの恋愛観をふまえた、手紙を提出すること。
「そ♡ 題して、『想いを伝える手紙』。相手は実在してても、してなくてもいいわ。シチュエーションも自由♡」
…………は? 手紙?
「ただし、内容には、その子なりの恋愛観がちゃんと反映されてないとダメよ〜?」
……れ、恋愛観? ってなに!? そんなの考えたこともないんですけど……。
「期限は、半年後。卒業までに、よ♡ あんたたちが、どんなふうに自分の気持ちを見つけて、どう言葉にするのか——それを見せてちょうだい」
そう言うローザ先生の目は、ふざけてるようでいて、どこかまっすぐだった。
「ちなみにぃ〜、実際に誰かに渡した子には、ボーナス点♡ ふふ、素敵でしょ?」
その瞬間、教室の空気がふわっと変わった。
「え〜〜うそ〜〜!?」
「ね〜誰に書く〜!?」
「やっぱ本命に渡すべきかな……!」
「いや、渡すってヤバくない!? でもボーナス点……!」
急にまわりの声がきゃぴきゃぴし始めて、教室じゅうが、なんだかピンク色に染まった気がした。期待と妄想と恋バナスイッチ、全開ってやつ。
いやいやいや、待って!?
え、提出だけでもキツいのに、リアルで渡すとか……どんな勇者なのよ……!
そんな空気のなか、ローザ先生は、浮かれムードをまるっと包み込むように、すっ……と声を落とす。
「この半年で、あんたたちがどう変わっていくか……」
微笑んでいるけど、その目は真剣だった。
「——あたし、楽しみにしてるわ」
その言葉とともに、ローザ先生はふわっと笑みを浮かべて、「はい、授業終了」みたいな空気を作り出す。
……え、もう終わり? 時間、まだ半分くらい残ってない?
っていうか、なんだったの、この圧……。
私たちがまだ茫然としてる中、ローザ先生は少しだけ身をかがめると、教壇に頬杖をついた。
「さて……最後にもうひとつだけ」
すっと、鋭い視線を教室に向ける。そして、ゆっくりと、あるひとりに焦点を合わせた。
「——リシア・アルメリアさん?」
ひいっ!? わ、私ぃ!?
「放課後、あたしの研究室にいらっしゃい。話したいことが、あるの♡」
やけに優しい口調。……なのに、逃げられない圧!!
まわりからの視線が痛いくらい突き刺さってきて、私の背中がつーっと冷たくなる。
え、え、ちょっと待って!? なんで私なの!? なんの話!? こわっ!!!!
動揺で心臓が爆発しそうになってる私をよそに、ローザ先生は優雅に立ち上がると、くるりと背を向けて、スッ……と教室のドアへ。
コツ、コツ、コツ……。
高すぎるヒールの音を残して、颯爽と去っていった。
——ドアが閉まる、その瞬間まで。
誰も、何ひとつ、言葉を発せなかった。
……そして。
「「「え、ええええええ!?!?!?」」」
ドッカーーン!!!
教室がまさに爆発したかのような大騒ぎになる。
「なにあの人!? やばすぎ!」「最高すぎたんだけど!!」「魔法よりインパクト強いじゃん!?」
もうあちこちで声が飛び交ってて、みんなテンション大暴走中。熱気で教室がほんとに2度くらい上がったんじゃない? ってくらい。
「リシアちゃん!!」
「な、なにしたのよあんた!!」
ミナとフローネが両脇からどんっと迫ってくる。
「わ、私何もしてないからっ!!」
「うそでしょ〜!? だって名指しで放課後呼び出しって!?」
「は、初対面だよ!? 会ったこともないもん!!」
「でも……ローザ様、『お話があるの♡』なんて、まるで……」
フローネが指を顎に当てながら、うっとりした顔でつぶやく。
「運命の歯車が回り始めたのね……って感じじゃありませんでした? リシアちゃん、まさかあなた、なにか重大な鍵を……!」
「いやいやいやいや、ないない! そんなロマン要素、私の人生に今のところゼロだから!!」
はあああ……なんなのもう……。
息つく暇もなく、教室はしばらくローザ先生の話題で持ちきりだった。
でも、今日のあれこれより何より、私がいちばん気になってるのは、
……放課後、いったい何を言われるのかってことで。
お願いだから、怖いやつじゃありませんようにっ!
* * *
昼休みになっても、教室のざわめきは完全には消えていなかった。
あのインパクトのせいで、誰もがまだ夢から覚めてないみたいな顔をしてる。
……いや、夢っていうか悪夢っていうか、なんていうか、ローザ先生、すごすぎた。
「いや〜……マジで朝からインパクト強すぎなんだけど……」
パンの袋を手でぐしゃっと握りしめながら、ミナがぐったり肩を落とす。
「でも、リシアちゃん……放課後、いったい何を言われるんでしょうね?」
フローネが優雅にサンドイッチをつまみつつ、私をちらり。
うぅ、やめて〜……そんなやさしく心配されたら、逆にプレッシャーが……
「ちょっと心配ですわ」
「ちょっとどころじゃないよ!? 私、まだ動揺してるからね!? 誰か心を鎮める魔法かけて……!!」
ていうか、私なんかした!? 寝言でローザ様を召喚でもした!?
私は半泣きになりながら、お弁当の卵焼きにフォークを刺した。……うん、味しない。胃も心も完全にバグってるわ、今。
「っていうかさ!」
ミナがバンっと机に手を置く。パンくずが跳ねた。
「手紙ってつまり、ラブレターってことでしょ? そんな課題、あり得る!? 相手はいてもいなくてもいいって言ってたけど、逆に難しくない?」
ミナは同意を求めるように、私とフローネの顔を交互に見る。
「しかもさ、渡したら加点って……ちょっとずるくない? 恋ってさ、成績のためにするもんじゃないでしょ〜」
そう言って、2つ目のパンを掴むと、そのままぱくりと口に運ぶ。いやそれはほんとそう。正論すぎて頷くしかない。
「自由って言いながら、あれって逆にハードル高い気がしますわ……」
フローネが真剣に頷いたあと、なぜかふっと目を輝かせる。
「でもシチュエーションも自由ってことでしたので……わたくし、メガネ委員長×子犬系ヤンチャ男子の構図で一作書いてみようかと……♡」
うわ出た、急に妄想モード入った。ていうか、そのメガネ委員長って、絶対私がモデルじゃん!? やめてってばぁ……!
……でも、笑えない。全然笑えない。
「『その子なりの恋愛観』って、そもそも私、恋愛観とか持ち合わせてないんですけど!?」
ていうか、「その子なり」ってどの子!? 私!? 私ってどんな子!?
もういろいろと無理すぎて、頭の中がキャパオーバー。
……って、もし仮に。
ほんの仮にでも、手紙をセレク君に渡せたとしたら——なんて。
想像した瞬間、自分の顔が熱くなるのがわかった。
……うそ。ちょっと、うそでしょ私。
いやいやいや、ないってば! ないないない!!
何考えてんの、ほんと!
それより何より、まずはローザ先生だわ。
……はぁ、午後の授業、ほんとに集中できる気がしないんだけど。このままじゃ、心ここにあらずで魔法陣すっ飛ばしそう……。
もういっそ、誰か代わりに行ってくれないかな……。
いや、無理だし。行くしかないし。逃げ道なんて、最初からない。
私の午後は、確実にローザ様のターンです。
……覚悟、決めるしかないか……。