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17/20

前髪ないと、隠れる余地もないんですけど!?

 そして、ついに来てしまった。三回目の恋愛学——合同授業の日。


 今日はいつもと違って、ふだん使ってる教室じゃなく、壁を取り払って二クラス分を繋げた広い教室。机の並びも違うし、見慣れない景色に、なんとなく落ち着かない。

 

 教室は朝からざわざわ、そわそわ、誰もが妙にソワついてて、教科書を出す手もどこか浮ついている。前の席の子なんて、「え〜どのクラスが来るんだろう〜」とか言いながら、手鏡を覗き込んで前髪いじってるし。


「ねえ、どのクラスと一緒になるんだろうね〜」


 ミナは机に肘をついて、わくわくした様子で教室の扉を見ている。

 

「やっぱり……Aクラスあたり、来てほしくない? ほら、リシアのためにもさ♡」


「ふふ、わたくしとしては、創作のインスピレーションがはかどるような男子が揃ってるクラスがよろしいですわね」   

 

 フローネはうっとりした顔で、胸の前で手を組んでいた。

 

 いやいやいや、Aなの、もう決まってるから! しかもその決定、ローザ先生の職権乱用のせいだから!!  

 

 私は心の中でひとり全力ツッコミ。でもまあ……言えるわけないよね。言ったら絶対、変な期待煽るし 

    

 

 

 ガラッ!


「おまたせ〜〜♡ 今日から合同授業、始まるわよぉ〜〜ん!」


 テンション高めに扉を押し開けて、ローザ先生が登場した瞬間、教室がぱんっとはじけたみたいに、どよめいた。

 

「来た!!」「え、どこのクラスと?」

 

 ローザ先生は、袖をくるっと翻して、教室の入り口をビシッと指差す。 


「Aクラスの皆さ〜ん、どうぞお入りくださ〜〜い♡」 

 

 その一言で、教室中が一気にざわめきに包まれた。 


「きゃーっ!」「A!? マジで!?」「やばっ、本当に来るの!?」「セレク君!? レント君!? いるよね!? 絶対いるよね!?」


 黄色い声が飛び交い、数人が席から立ち上がりかける。化粧ポーチを取り出す子までいる。ちょ、まって、今から整えても遅いでしょ!?


 ——そして




「失礼します」


 落ち着いた声とともに姿を現したのは、セレク君。そしてその後ろに、いつもの柔らかな笑顔のレント君!


「うわ、やっぱイケメンすぎるんだけど……!」「え、無理無理、近くの席になりたい〜〜!」


 大歓声の中、私はただ、自分の鼓動のうるささに耐えていた。

 

 ど、ど、どうしよう。ほんとに、セレク君がクラスにいる!! やだ、この間のこと覚えてるかな!? いや忘れててほしい!! でもちょっとは覚えててほしい……いやでもでもやっぱ忘れててええぇ!!

 

 なのに。

  

「ん?」


 にこやかに入ってきたレント君と目が合った。


「え〜、このクラスだったんだ〜! あ、やっぱりそうだ、あの時の子! ……変人魔石オタクちゃん! 髪切ってるから一瞬わかんなかったよ!」


 ひょいっと身を乗り出して、笑顔で私に手を振るレント君。


 

 ——やっぱ覚えてたぁぁぁ!!


 そりゃそうだよね!? よりにもよって、あんな黒歴史級の事件、忘れろってほうが無理あるよね!?? 

 いや、でも……セレク君には、ちょっとだけ……覚えててもらってて嬉し……って、よくないよくない! 思考が甘酸っぱくなってる場合じゃない!!  


 しかもその呼び方!? ねぇレント君! 今ここ教室ですけど? 授業中ですけど? どうしてそんなに声がよく通るんですかぁぁぁ!!


 ちら、と横を見ると——目が合った。

 セレク君と!!

 しかも——ぺこっと小さく頭を下げてくれて。


 えっ、えっ!? いま、ぺこって……!? ちょ、待って待って、セレク君が!? わたしに!? 頭下げてくれたの!? わ、わ、わたし、いま、セレク君から「こんにちは」ってされた!? 公式に!? 公的に!??


 ちょ、心臓、落ち着け! やばいやばいやばい、嬉しいって感情がデカすぎて爆発しそう!!!

 

 

   

 ——って、はしゃいでる場合じゃなかった。


 気づけば、教室のあちこちからざわ……ざわ……とした気配が忍び寄ってきてた。 


「ねえ、レント君、誰に話しかけてたの? え、あの子?」


「さっきレント君、変人とか……呼んでなかった?」


「え、あの前髪の子でしょ? もう前髪ないけど」


 やめて! お願いだからその声、本人にも届いてるって気づいてえぇぇ!


 しかも、そのざわめきは背後からも迫ってきた。


「……誰? あの子」


「え、セレク君とレント君が、あの子に話しかけてたよね? なんで?」


「もしかして、知り合いとか? でもオタクとか言われてなかった? ちょっとウケるんだけど」


 Aクラスの女子たちの視線が、容赦なく背中に突き刺さる。



 ……わかってる。わかってるよ。

 誰も、悪口を言ってるわけじゃない。

 ただ、驚いて、ちょっと気になって、ちょっと声が大きくなっちゃっただけ。

 

 なのに、どうしてこんなに、怖いんだろう。



 もう前髪はないから。

 声も、視線も、まっすぐ私に届いちゃう。


 思わず俯きかけた、その時——


 

「……あちゃー。あの2人、有名人だからねぇ」

 

 ミナが、ちょっと困ったように笑いながら私の肩をぽんと叩いた。

 

「気にしなくていいって、リシア。悪気があるわけじゃないし、ただの女子あるある。あの2人が話しかけるなんて珍しいからね。そりゃみんな注目するよ」

 

「そうですわよリシアちゃん! セレク様とレント様が、ちゃんと覚えていてくださったんですのよ? むしろ名誉ですわ!」


 今度は反対側から、フローネがふんすっと胸を張って言い放つ。

 

「ていうかあたし的には、セレク君がぺこってしてくれた時点で、勝利宣言だと思うんだけど?」 

 

 ミナがガッツポーズを決めながら、にやりと笑った。

 

「そ、そうかもしれませんわ! セレク様のぺこりは、選ばれし者だけが許された特権……!」

 

 フローネは、うっとりした瞳で手を握りしめていた。いやなんでそこでときめくのよ。

  

 てかちょっと待って、どんどん話が盛り上がっていくんですけど!? 


 でも、なんだろう。

 二人の言葉に、少しだけ肩の力が抜けた気がした。 

 

「……うん。ありがと、ふたりとも」

 

 よかった。今の私は、たぶん、ひとりだったらまた、下を向いてた。  


  

 ……ていうかさ?

 変人魔石オタクちゃんって呼ばれてるのに、

 本気で羨ましいと思ってんの!? みんな正気!?


 ——なんて。

 ちょっとだけ、元気出てきたかも。

 

 

 

 ……と、思ったのも束の間。


「さぁて♡ 本日からの第3回恋愛学、張り切ってまいりま〜〜す♪」


 ほら、出たよ!


 教壇から響いた、テンションMAXボイスに、私の肩がびくんと跳ねた。

 ねえ、なにが始まるの!? 怖いんだけど!? 

 

「さあさあ、ここでお楽しみ企画ぅ♡ 本日のメインイベント、『ドキドキ☆グループワーク』、スタートしちゃいま〜〜す!」

 

 パチパチと、ひとりだけ楽しそうに手を叩くローザ先生。

 

 ざわっ……と教室が揺れた。

 あちこちで「え、グループワーク!?」「どういうこと?」と戸惑いの声が上がる。

 

 そのざわめきの中で——私はふと思い出していた。


 先日、研究室で見たあの顔。

 キラッキラした目のローザ先生を。

 

 どうしよう。

 なんか、また……絶対、なにか、起こる気がする。 

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