恋の合同授業、仕掛け人はローザ様♡
コツ、コツ、コツッ。
廊下の奥から、あの高すぎヒールの音が近づいてくると、教室の空気がぴりっと引き締まった。前の席の子がそわそわと背筋を伸ばして、後ろの席の子は「来た来た……」と小声でつぶやく。
——今日は、恋愛学の2回目の授業。
みんなの顔には、緊張と……ほんのちょっとの期待が混ざってるように見えた。
まあ、あの初回授業だったから、そりゃ気になるよね。次はどんな爆弾を投げてくるのかって。
それにしても、このヒールの音、最近ちょっと聞き慣れてきた自分がこわいんだけど。放課後に研究室で何回か会っただけで、存在感ありすぎでしょ。
っていうか、あとでまた、ローザ先生に報告行かなくちゃ。『変態じゃないです』って伝えられましたって。……いや、そんな言い方はしないけどさ!
……あ、やば。思い出したら、昨日のセレク君の反応が脳内再生されてきて……口元が、にやけそう。やめて、授業前に顔崩れるのはマズい!
ガラッ。
「おまたせぇ〜〜♡」
……はい、今日も絶好調。登場しただけで空気が一気にピンクに染まる感じ、なんなのこの人。
今日も変わらず、黒ローブからのぞくピタピタの革パンツ、ヒールは高すぎ、ルージュは真っ赤。まぶしいぐらいに完成された『ローザ様』が、軽やかに教壇へ歩いていく。
「さあさあ、恋の芽は育ってるかしら〜〜? 今日も元気に恋愛学、始めちゃうわよぉん♡」
すでに生徒たちの何人かが顔をひきつらせてるけど、ローザ先生はそんなの気にも留めず、むしろ、楽しそうにくるりとターンして、ピシッと魔法ペンを指先に召喚した。
「さてさて♡ 今日はまず、発表がありま〜〜す!」
……来た。このテンションで発表って、だいたいロクなことがないよね!?
「なんと……来週からの恋愛学は〜〜……他クラスとの合同授業にしまぁ〜〜す♡」
教室中がざわっ……とどよめいた。
「ええ!?」「合同!?」「やだ男子多いとこ!?」「え、どこと一緒なの……?」
浮ついた声と動揺が混ざり合うなか、私はひとり、ものすごく嫌な予感に包まれていた。
ま、まさか……あのAクラスとか、ないよね? ないよね!?
「ちなみに〜〜♡ どのクラスと一緒になるかは……当日のお楽しみっ♡」
ぴしっ、とウィンクつきで締めるローザ先生。その笑顔が、どう見ても『絶対何か企んでます』のやつだった。
……その後の授業が、何だったのかは正直よく覚えていない。
ラブポーションの材料を、相性占いみたいな魔法で選ぶ演習……だった、はず。
ローザ先生が「この魔力のゆらぎは運命の予感〜♡」とか言ってたのはなんとなく記憶にある。……けど、それ以外がすっぽり抜けてる。
だってもう、気が気じゃなかったんだもん。
まさか合同相手が、Aクラスだったらどうしようって考え始めたら、頭の中ぐるぐるしっぱなしで……
気づいたら、チャイムが鳴ってた。
そして放課後。
「ちょ、ちょっとローザ先生! 合同授業ってどういうことですかっ!? なんか……なんか企んでますよね!?」
私はローザ先生のデスクにドンッと両手をついて、ずいっと顔を寄せた。その勢いで、机の上に置かれていた謎のハート型オブジェがコテンと倒れる。
ねえ、なに? その置き物。前から思ってたけど、意味不明すぎる。
「やっだ〜リシアちゃん、ちょっと落ち着いて。イライラは恋する乙女の天敵よ〜ん♡」
そう言って、ローザ先生は倒れたハートをひょいと拾い上げ、自分の顔の前に持ってくると——フーッとやさしく息を吹きかけた。
くるくる ぴかっぴかっ
赤いハートが、謎エフェクトつきで光りながら回り始める。いや、だからそれどこで売ってんの!? マジで。
くるくる回るハート。にこにこ笑うローザ先生。
その両方を交互に見つめてるうちに、私はなんだか力が抜けて、ふかふかの椅子にドサッと腰を下ろした。
「その……合同って、ほんとに? どのクラスと……」
小声で、ぼそっと改めて聞き返す。
「あらやだ、決まってるじゃな〜い! もちろん……Aクラスよ♡」
やっぱりぃぃぃぃぃ!!!!
「ええええっ!? ってセレク君のとこ!? いやいやいや、それって……それって……完全に職権乱用では!?」
思わず声を裏返しながら詰め寄ると、ローザ先生は頬杖をついたまま、目元だけでにっこり笑って——さらっと、とんでもないことを言い放った。
「あたしがこのチャンス逃すと思った〜〜? 恋の風、吹かせてなんぼでしょ♡」
……そうだった。この人、こういう人だった。
その破壊力抜群の笑顔を前に、私はふたたびふかふかの椅子にドサッと沈み込んだ。
合同授業。セレク君と同じクラス。
いや、恋愛学の授業だけの合同なんだけど、でも、でも……。
それって……つまり……また会えるってことで……え、待って、それはそれでどうすればいいの私……!!
嬉しい。すごく嬉しい。けど、嬉しすぎて……メンタルが持たないんですけど!?
昨日、あんな風に少しだけ話せて、ちょっとだけ距離が近づいた気がして……
だからこそ、今会ったら、また変に意識してしまいそうで。
はあああああ。無理。顔合わせるだけで、たぶん私、爆発する。
「やだ〜、リシアちゃん嬉しくないの〜?」
ローザ先生の甘ったるい声が、ふいに落ちてきた。ちらっと顔を上げると、先生はほほえみを浮かべたまま、目だけが鋭くこっちを射抜いてくる。
「もしかして……誤解、解けなかった? まだ『変態ちゃん♡』のまんまなの〜?」
ひいっ。
その単語に、反射的に背筋が伸びた。
……ちがう、ちがうちがう! 私は今日、それを報告しに来たんだった!
「ち、ちがいますっ! 誤解は……ちゃんと、解けました!」
胸を張って言ったはずなのに、なぜか語尾がちょっと震える。
「変態から……変人には、上書きできたと思いますっ……」
自分で言っておいて、なんだこの言い回し。地味に傷つく。
「まあっ! 頑張ったじゃな〜い、リシアちゃん!!」
ローザ先生がパァッと顔を輝かせて、両手をパチンと合わせる。
「いよいよ動き出すわね〜〜♡ 合同授業で一気に進展よっ!! やだ〜〜〜何にしようかしらっ、初回のカリキュラム……!」
わくわくした様子で指をポンポン鳴らしながら、何かを空中に描き始めるローザ先生。
「『恋のシチュエーション演技対決』とか? 『告白セリフ暗唱バトル』とか〜? 『ドキドキ同調魔法』もアリよねぇ!? ああ〜〜でも『ラブオーラ相性鑑定』も捨てがたいし〜♡」
……なんかもう、言ってること全部ヤバいんですけど!?
「……あの、先生。私はただ静かに恋愛学を履修したいだけなんですけど……」
椅子の中でじわじわと沈みながら、私は小さく諦めの声を漏らした。
「あらっ? 赤点で留年ギリギリのあなたが、なにか言ったかしら〜〜?」
ぴしっと返ってきた甘い声に、私はビクッと背筋を伸ばす。
「う、うぐっ……いえ、なにも……」
蚊の鳴くような声で返したところで——
「はいはーい♡ というわけで、次の課題に入りま〜す♪」
元気いっぱいな声と共に、ローザ先生が勢いよく立ち上がった。