初めての恋バナ、効いてるっぽいですローザ先生
よしっ!
翌朝、私は心の中で小さく気合いを入れてから教室の扉を開けた。
ミナとフローネはもう来ていて、2人の顔を見たとたん、心臓がドクンと大きく跳ねる。
いつもどおりに挨拶した……つもりだったのに。
「……おはよ〜〜っ……!」
裏返った。めちゃくちゃ裏返った。
ミナが目をぱちくりさせてこっちを見る。
「え、なに? 風邪?」
「リシアちゃん、のど、潤したほうがいいですわよ?」
フローネがそっと水を差し出してくれた。
……ありがとう、優しさが刺さる。
だめだ、落ち着け私。今言うんじゃない。朝はダメ。絶対ムリ。せめて、お昼……お昼になったら、ちょっとはマシになってるかもしれない……。
私は机にカバンを置いて、小さく深呼吸した。
……お昼に言う。ちゃんと、言んだから!
昼休みは、2人を中庭に誘ってみた。
「た、たまには外で食べるのもアリだよね〜!」
とか言って、ミナとフローネを誘った私の声は、たぶんワントーン高かった。絶対変に思われてる……気がする。いや、気のせいであってほしいけど!
私たちはベンチに三人で並んで座った。そよ風に草の匂い、ぬるい陽気。……なんかもう、空気がほんわかしすぎてて、逆に言い出しづらいんですけど!?
「ふふ、中庭って、意外と落ち着きますわね」
フローネがハーブティーを上品に飲みながら、まったりした声で言う。
「ねー、たまにはいいよね〜。あ、リシア、タマゴ焼き食べる? 甘めだよ〜」
ミナがにこにこしながら、お弁当の蓋にタマゴ焼きを乗せてくれた。ありがたく受け取ったけど、正直、いまは味なんてよくわかんないと思う。
だってさ……
今から言うんだよ?
気になる人がいるって。私が、恋をしてるって。私が! しかも、あのセレク君にって!
——っていうか、自分でも「お前じゃ無理だろ」って言いたいのに、それを他人に言われるの、想像しただけで腹痛。
「ねえねえ、リシア」
ミナの声で心臓が跳ねた。
「なんか今日、いつもよりおとなしめだよね〜。……なにか話ある?」
え、今!? もう!? 呼吸整えてないのに!?? てか、やっぱりバレてた!
……よし、言う。ここで逃げたら一生言えない。大丈夫、魔法効いてる。たぶん。ちょっとだけ勇気ある気がするし!
「その……実は……気になる人が、いて……」
言った瞬間——空気が、変わった。
ミナが割り箸を落とし、フローネが飲んでたハーブティーを吹きかける勢いでむせた。
うわ、これ絶対変な空気になってる。ほら〜〜〜だから言わなきゃよかったってば!!
顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。やだもう、時間巻き戻したい!
……でも。
返ってきた反応は、あれ……思ってたのと——ちょっと、違う?
「ええっ!? マジ!? ちょっと待ってリシア、今なんて!? 初耳どころじゃないんですけど!? リシアがそういう話する日が来るなんて〜〜!」
「わたくし……この耳で……確かに聞きました……『気になる人』と……っ!」
盛り上がり方すごっ。っていうか、ちょっと泣きそうになってないフローネ!? どういう感情なの!?
「で! でででで!? 誰なの!? 誰なの〜〜!? 言ってリシア!!」
ミナが身を乗り出してきて、私は完全に追い詰められた動物。ちょ、ちょっと待って、圧すごい!!
「う、うん……あの、驚くかもしれないけど……セ、セレク君……です」
……言った。
言えた……!
ほぼ空気吐いただけみたいな声だったけど。口から出せたことが信じられない。
「……」
「…………」
おそるおそる2人を見ると、 ミナもフローネも、口を開けたままフリーズしてる。
……え? なにその沈黙。怖い怖い怖い!
やっぱりダメだった!? 私なんかがセレク君なんて言うから……! ごめんなさい調子に乗りました! 身の程知らずって思ってますよね!?
お願いだから……お願いだから、なんか言ってぇぇぇ!!けなされても笑われてもいいから、無言だけはやめてぇ……!
——と思ったその瞬間。
「セレク!? あの!? 落ち着き系イケメンの!? えっ、リシアそういうのが好みだったの!? まさかの王道ッ!!」
ミナが急にスイッチ入ったみたいに食いついてきた。
「お、おおお、王道をゆくなんて、リシアちゃんもまだまだですわね!? わたくしはああいう王道イケメンよりは、こう、もっとこう……影があって地雷臭のする……」
あっ、フローネがどこか遠くへ旅立ったー!
でも、なんか……ふたりとも……。
そして次の瞬間、2人が同時に私のほうを向いて——
「うれしいな〜、なんか。リシアがそういう話してくれるの」
「ほんとうですわ。リシアちゃんと、恋バナができる日が来るなんて……!」
……あれ?
……喜んでる?
馬鹿にされるかもとか、無理だと思われるかもって、勝手にぐるぐる悩んでたけど。
この人たちは、ちゃんと笑って、受け止めてくれてる。
……なにそれ、優しすぎでしょ……。
あ、あれ……なんか、涙出そう……って、やばっ!?
「うふふ、でも意外ですわ。てっきり魔石の話しか興味ないのかと……」
フローネが頬に手を添えて、くすっと笑う。
「な、なんでよ……!」
私はぷくっと頬をふくらませて、むくれ顔で反論した。
「魔石はもちろん大事ですけど!? 私だって恋くらいしますから!」
その勢いにミナが笑いながら肩をすくめる。
「そうそう。で、次はどうすんの? 話しかけてみるとか?」
「……えっ、いきなりハードル高くない!?」
やば。変な声出た。
けどすぐに、少しだけ視線を落として——
「あっ、でも……ちょっとは、がんばって……みようかな」
言い終わると同時に、ふたりの顔がぱっと明るくなる。
「おお、リシアがやる気モード!? ついに恋する女子の仲間入り〜!」
「応援いたしますわ! 恋する乙女の背中を押すのも、友の務めですもの!」
は、恥ずかしっ……!
でも、なんだろう。
さっきまでひとりで考えてたときよりも、心がずっと軽い。こんなふうに話せる人がいるって、ありがたいなって——ほんと、思った。
……うん、ちょっとだけなら。
私にも、変われるチャンス……あるのかも。
……っていうか。
もしかしてこれ、ローザ先生の魔法——
ちゃんと効いてた……っぽい?
気づけばお弁当をつつきながら、3人とも自然と無言に近くなっていた。
さっきまでのドタバタが嘘みたいに、空気がふんわり、あったかい。
……なんか、いいな、こういうの。
そんな、ぽわんとした空気が流れていた、そのとき——
急に、ピリっと空気が張りつめた。
え? なに? って思ったけど、すぐにわかった。
向こうから、セレク君とレント君が歩いてきてる。しかも、すんごく楽しそうに、笑いながら。
ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!? このタイミング!? こっち来ないで! いや、来ないでっていうのは違うけど、でも、えええええええ!?
心臓が跳ね上がる。
ミナとフローネがこっち向いて変な顔してたらどうしよう。絶対、あからさまにニヤニヤしないでね!? 私、今めっちゃ普通の顔してるから、してるつもりだから!
お願い、平常心でいて〜〜〜!!
私は心の中で二人に全力の念を送っていた。
セレク君が、ほんの数歩分だけ離れて、私たちが座る目の前を横切る。
わ、ちょ、近……っ。
見上げる形になるこの角度、意外と新鮮かも。いつもは廊下とかで、ちょっと遠くからしか見てなかったけど……。
え、なに、下から見るセレク君、なんか……すごい、かっこよくない……?
ローブの揺れも、足取りの柔らかさも、全部がちょっと映画のワンシーンっぽくて。
あまりの近さに、息すら忘れそうだった。私はひたすらじっとして、身じろぎせずに、セレク君が通り過ぎるのを待っていた。
——その瞬間だった。
セレク君のローブが風でふわりと揺れ、腰のあたりがちらりと見えた。
……え?
ローブの隙間からチラリとのぞいたのは、ベルトのバックル部分。
そして、その中央で光を反射していた——
小さな、魔石。
——っ!!
私の脳内で、何かが弾け飛んだ。
ま、ま、まって……今の……今の色……!
……青紫のグラデーションに、中心から放射状に入った銀のインクルージョン……!?
ってことは、あれ……まさか、まさかまさか——
星風の煌石〈セレス・ルミナイト〉!?
ちょ、本物!? 複製じゃない!? ていうかなんで!? その石、まだ実物確認されたことほとんど——
次の瞬間、私の身体が勝手に動いていた。