最終章・第2話 「影に堕ちたすみれ」
――旧校舎地下、封印の間。
そこは、誰にも知られぬ“旧い結界”の眠る場所。
囁くような魔の声が、冷たい石壁に反響していた。
やがて――その中央で、ひとりの少女が目を覚ます。
すみれ。
記憶は断片的で、瞳は赤く、まるで“誰かに見られている”ような視線で宙を彷徨っている。
「……ユウト、くん……?」
その名を呼ぶ声は、痛みと優しさが絡まり合う、脆い音だった。
しかし、返事はない。
返ってきたのは――別の“声”。
「やっと……君は、“孤独”になれたね」
闇の中から姿を現したのは、ルシア。
ただし、その目はいつもと違う。冷酷で、無慈悲。
それは彼女の“第2の人格”、
**“エクリア=ルシア”**だった。
「あなた……誰?」
「ルシア……だけど、ルシアじゃないの」
「……なに、それ……」
エクリア=ルシアは、すみれの前に跪き、顔を覗き込む。
「ねえ、すみれ。“人間”や“恋”に縋って、裏切られた気分はどう?」
「その痛みは、あなたにしか使えない“力”になるわ。
あなたの願い、叶えてあげる。“彼を、自分だけのものにしたい”って――」
すみれの背中に、黒い羽が広がる。
それは以前の“悪魔化”ではない。
完全な堕落と、契約による“魔装化”の始まり。
けれどその瞳の奥で――
たったひとしずく、涙が流れていた。
(……でも、私、本当は――そんな風に、愛されたくなんて――)
けれど、魔の契約は容赦なく進行していく。
それは“恋”ではなく、“渇望”による“喪失”の再構築。
エクリアの指先が、すみれの心を深く刺し貫いた瞬間――
「――やめろ、それ以上はさせない!!」
そこに現れたのは――ユウト。
叫ぶように、結界を破って飛び込んできたその姿に、
すみれの赤い瞳が、ほんの一瞬だけ、揺れる。
「……どうして、来たの……」
「どうしてって……俺は、もう逃げないって決めたからだ!」
ユウトの手が、すみれに差し伸べられる。
その手が、どこまでも無力な人間のものでも――
その“体温”に、確かな願いが宿っていた。