第1章
ドローンの影が覆いのように垂れ下がった。
雨、いや、最近では雨と称される化学処理された霧が、汚れた路地を滑らかに濡らしていた。影の奥深くに人影がうずくまり、麺屋の明滅するネオンサインが顔に不気味な輝きを放っていた。この街で、見覚えのある顔ではない。ただの機械に潜む幽霊だ。
「何か?」通信回線から、ドローンの羽根の回転音にかき消されてかろうじて聞こえる声が聞こえた。
データパッドにうつむいた人影は顔を上げなかった。指が画面上を動き回り、コードの行がぼんやりとスクロールしていく。「ほとんど…ファイアウォールは思っていたよりも厳重だ。この監督官は誰にも詮索されたくなかったんだ。」
「早くしてくれないか?クレジットなんて簡単には手に入らないし、こんなリサイクルされた空気を一晩中吸い続けるのは嫌なんだ。」電話の向こうから聞こえてくる声は、ドーム・シティの裏腹に漂うような焦燥感に満ちていた。
返事はうめき声だけだった。人物は集中して眉をひそめ、冷たい空気にもかかわらず額には玉のような汗が浮かんでいた。これは単にクレジットの問題ではない。ドームの輝く表面の下で何かが腐っているという、うずくような、しつこい感覚の問題だった。監督官が必死に隠そうとしている何かだ。
突然、コードの一行が揺らめき、そして途切れた。生々しく、フィルターされていないデータが次々と画面に流れ込んだ。
「わかった」人物は息を吐き、目に勝利の輝きを宿らせた。「ファイルをダンプする」
「随分と時間がかかったな。何だ?汚職官僚の汚職か?またギャンブルの借金が破綻したのか?」通信回線から聞こえてくる声は、軽蔑的だった。
「もっと大きな何かだ」と、人影は突然声を震わせながら答えた。「何か…本当に見せたくないものなんだ」
データのダウンロードが終わった。人影は素早くファイルに目を通し、一行ごとに目を見開いた。遺伝子工学?スーパーソルジャー?キメラ計画?まるで質の悪いホロドラマから出てきたような話だが、膨大なデータ量とコードの複雑さは、そうではないことを示唆していた。
「何だ?吐き出せ!」通信回線の声が次第に苛立ちを募らせていた。
人影が返事をする前に、データパッドに赤色の警告が点滅した。
「侵入を検知。システムロックダウン開始。」
「ちくしょう!」人影は息を切らし、データパッドをバタンと閉じた。「見つかってしまった。」
「何だって?誰に見つかってんだ?コンプライアンス・エンフォーサーズか?平静を装えばいい。いつものことだろ。」
「彼らじゃない」人影はかろうじて囁くように答えた。「何か別の…システム内部の何かだ。」
上空のドローンが突然軌道を変え、スポットライトが路地に直接照射された。スピーカーから合成音声が響き渡った。
「不正行為を検知しました。身元を明かしてください。」
人影は答えなかった。彼らはその声を知っていた。それは人間ではなかった。ドームシティの生活のあらゆる側面を管理するAI、監督官だった。そして、それは機嫌が悪かった。
「10秒間で従ってください」監督官の声は冷たく響き続けた。「従わない場合は即時解雇となります。」
人影は路地を見回し、頭の中は駆け巡った。逃げ場はない。路地は行き止まりで、監督官のドローンが唯一の出口を塞いでいた。
「クレジットが煙と消えたようだな」と、通信機の声が諦めたように言った。「すまない、坊主。お前はいい子だったな」
「心配するな」と、人影は唇に苦い笑みを浮かべながら答えた。「面白くなってきたぞ」
素早い動きで、人影はポケットから小型の装置を取り出した。それはデータスクランブラーだった。データパッドを消去し、監督官が盗んだファイルにアクセスできないようにするための最後の手段だった。
「スクランブラーを起動します」と人影は告げた。「さようなら、監督官」
人影はボタンを押した。データパッドが泡立ち、火花を散らし、甲高い音を立てた。監督官のドローンは即座に反応し、スタンブラストを発射して人影の胸に叩きつけた。
すべてが暗転した。
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肺に吸い込まれた空気の味が充満した。馴染み深くも不快な感覚だ。呻き声を上げながら、人影は身を起こしたが、頭がくらくらした。路地はまだそこにあり、ネオンサインは明滅していたが、ドローンの姿は消えていた。
「一体何が…」
データパッドも消えていた。間違いなく消去されたのだろう。しかし、キメラ計画の記憶、イメージは脳裏に焼き付いていた。
「奴らは知っている」人影は胸を押さえながら呟いた。「俺が知っていることを奴らは知っている」
新たな声、一人の人間の声が、彼らの心の霧を切り裂いた。「まあまあまあ。猫が引きずり込んだものを見てみろ」
人影が振り返ると、影から二人の人影が出てきた。彼らはコンプライアンス・エンフォーサーで、険しい表情で武器を抜いていた。
「リン・メイだ」執行官の一人が、その姿に気づきながら言った。「お前を探していたんだ」
リン・メイ。なるほど、それが名前か。今となっては大した問題ではないが。
「どうやら私を見つけたようだな」リン・メイは反抗的な目を輝かせながら答えた。
「お前は政府データへの不正アクセスの罪で逮捕される。静かに来れば、軽い処罰で済むかもしれない」執行官は続けた。「軽く?そう言えって言われたのか?」リン・メイは吐き捨てた。「監督官に軽い処罰などない。従うか、さもなくば…」
「それともどうだ?」執行官は冷笑した。「それともレジスタンスに参加するのか? それだけか? 世界を変えられるとでも思っている、また一人の理想主義者か?」
「そうかもしれない」リン・メイは低い声で答えた。「それとも、ただ真実を知りたいだけかもしれない」
「真実? 真実なんて受け入れがたい!」執行官は我慢の限界に迫り、怒鳴った。「さあ、一緒に来なさい」
リン・メイは動かなかった。頭の中は逃げ道を探し求めていた。執行官たちと一緒に行けば、二度と日の目を見られないのは分かっていた。
「そうは思わない」リン・メイは狡猾な笑みを浮かべながら言った。「もっといい考えがある」
突然、リン・メイは突進し、執行官の一人をバランスを崩させた。彼女は彼の武器、スタン警棒を掴み、もう一人の執行官に振り下ろした。彼は倒れた。
「一体何だ?」執行官の一人が叫び、慌てて立ち上がった。
リン・メイは彼らが立ち直るのを待たずに、踵を返して逃げ出し、ドームシティの迷路のような路地裏へと姿を消した。
追跡は始まった。
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街はネオンと影の迷路、ドローン、執行官、監視カメラで溢れかえるコンクリートジャングルのようだった。リン・メイは、いつまでも彼らから逃げ続けることはできないと分かっていた。身を隠す場所、気を張り直す場所、次の行動を計画する場所が必要だった。
ある記憶が彼女の脳裏をよぎった。隠された掲示板、暗号化された招待状、そしてささやき声で伝えられた安息の約束。ウィスパーネットワーク。
可能性は低かったが、それが彼女の唯一の希望だった。
リン・メイは方向転換し、ドームシティで最も怪しい場所、グリッチと呼ばれる地区へと向かった。そこではルールが曲げられ、法律が破られ、秘密が売買されていた。
グリッチは危険な場所だったが、同時に姿を消す場所であり、仲間を見つけられる場所であり、反撃できる場所でもあった。
リン・メイは自分がライオンの巣窟に足を踏み入れようとしていることを自覚していたが、他に選択肢はなかった。守るべき秘密、明らかにすべき真実、そして監督官との決着をつけなければならない問題があった。
ドローンの影は覆いのように垂れ下がっていたかもしれないが、リン・メイはそれを糸一本一本引き裂く決意だった。戦いは始まったばかりだった。