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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第八章

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第97話 将暉の狙い

 彩花が最後の音を伸ばし切った瞬間、画面のエフェクトがぱっと弾けた。


「めっちゃ上手いじゃん!」


 宮城が一番に拍手して、それが部屋全体に広がっていく。

 彩花はマイクを下ろして所在なさげに視線を泳がせた。


「でも、このあと歌えないよー」

「私、むしろド下手だからこそいったほうがいいのかな」

「いや、ここからはみんなで双葉さん用のセトリを作ってもいいかも」

「来なかった男子の血の涙で教室が沈没しそう」

「ね。——にしても、本当に次、誰歌う?」


 誰かが改まった口調でそういった瞬間、


「ちょっといいかな——」


 彩花のちょうど向かいの席で、将暉が見計らったように手を挙げた。

 ざわついていた空気が、寄せては引いていく波のようにすっと静まり返る。


「双葉さんが一人で連続はきついだろうけど、次の人も少しハードルが高いのが現状だよね。だったら双葉さんと誰かがデュエットするのが一番合理的だと思うんだけど、どうかな?」


 将暉は自分のものだと主張するようにデンモクを抱えたまま、どこか得意げな表情で言い切った。

 しかし、静まり返ったままの空気に、その頬が引きつる。


「あ、いや、もちろん全然強制ではないけどね。ただ、その、双葉さんが歌っていたアーティストには男性ボーカルとのデュエット曲もあるみたいだから」


 語気を弱めて付け足しながら、将暉はちらっと彩花を窺った。


 彼が何を考えているのか、翔には断言できない。

 それでも、真剣な表情でデンモクを操作してからのデュエット提案だ。

 推測するのは難しいことではなかった。


 翔は美波を見た。

 しかし、彼女は考え込むように眉を寄せるのみで、口を開くそぶりはない。


(……その曲なら多分知ってるって、名乗り出るべきなのか?)


 だが、翔が勝手な判断で動いても、かえって彩花に迷惑をかけてしまうだけかもしれない。

 そう考え、横目を向けると——


 彩花の揺れる眼差しは、不安げに翔を捉えていた。


「いくらデュエットでも、二曲連続はちょっときついんじゃないか?」


 気がつくと、翔は口を開いていた。

 将暉の肩がビクッと震えた。


「そ、それは、まあ……そうかもしれないけど」

「だからさ、双葉には一旦休んでもらう感じでいいんじゃないか。ただ、デュエットだとハードルが下がるっていうのはその通りだと思う……って、ごめん。俺もこんな偉そうに言いながら、デュエット曲なんてほとんど知らないんだけどさ」


 翔は口をつぐむと、誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべた。

 見切り発車もいいところだった。この後どうすればいいのか、見当もつかない。


 申し訳ないとは思いつつ、美波に助けを求めるような視線を向ける。

 彼女は特に表情を変えないまま、将暉に身を寄せ、デンモクを覗き込んだ。


「デュエットって、例えばどんな曲があるの? 園田君」

「あ、えっと、これなんだけど」


 将暉が声を上ずらせながら、美波に画面を見せた。


「あ、それ、私も知ってる! 園田君、歌えるの?」

「ま、まあ、一応は歌えるけど」

「そしたら、一緒にそれ歌わない? 私だけだと彩花と比べたら格落ちしちゃうけど、二人ならなんとか対抗できるんじゃないかな」

「——出たよ、美波の謎の謙遜」


 美波の提案に真っ先に反応したのは、葵だった。


「もはや私たちへの皮肉。奢り確定」


 すかさず小春も続いた。


「確かに今の美波は(おご)ってたな」

「その言葉遊びをするやつはギャル失格」

「厳しすぎっしょ」


 葵が吹き出すと、一瞬の間が空いて、あちこちからくすくすという笑いが漏れ出した。

 重かった空気が、薄い霧みたいに散っていく。


「というか、そもそも美波は私より歌上手いでしょ」


 彩花が表情を和らげながらも、美波にじっとりとした眼差しを向けた。


「いやいや、多少は慣れてるだけだよ」

「でも、上手い人は上手い人でプレッシャーあるよねー」


 美波が肩をすくめると、宮城が朗らかな声色で口を挟む。


「今度から私、双葉さんの後に歌おうかな。みんなを現実に連れ戻す係で」

「番組の途中のコマーシャルみたいな感じ?」

「そうそう、そんな感じ!」


 美波の合いの手に、宮城が大きくうなずく。

 すると、向かいの席で、潤がコップを手に勢いよく立ち上がった。


「なら、会長が歌ってる間に飲み物取り行って、トイレも行っとかねーとな!」

「トイレとドリンクバーが長蛇の列になっちゃうね」

「それは寂しすぎるから誰か残ってー」


 潤に続こうとした美波を、宮城がパタパタと手を振って制止する。

 そのやりとりに、また笑いが広がった。


 この三人の安心感はすごい、と翔は思った。

 空気はすっかりそれまで通り、いや、それまで以上に明るくなっている。


「それより、園田君は私とでいい?」

「ああ、構わないよ」


 美波の問いかけに、将暉は涼しげに答えた。

 けれど口元は、きっちり閉まっていない。わずかに緩んでいた。


 曲がスタートすると、みんながリズムを刻み始める。

 反対に翔は、なんとか収まってよかった、とソファーにぐったり体を預けた。

 ——すると、太ももの側面にちょん、と何かがぶつかった。


 彩花が視線をこちらに向けないまま、翔と自分の太ももの間に手を滑り込ませて、親指を立てていた。


「っ……」


 翔は空咳をすると、少しだけ姿勢を正した。

 彩花はすでに、何事もなかったかのような表情で画面を見つめている。

 それがなんだか悔しいが、これ以上の接触は周囲にバレてしまうかもしれない。


 翔は再びソファーに背をもたれかけさせながら、そっと息を吐いた。




 デュエットはなかなかの盛り上がりを見せた。

 彩花の歌唱時とは雰囲気の異なる、学生らしい騒がしさだ。


 最後の音が終わると、自然と拍手が起きた。


「吉良さん、なんでも歌えるねー」

「さすがだよね。まさに歌うまクイーンって感じ?」

「それな!」


 女子たちが口々に美波を褒める。

 彼女は軽く手を振り、隣でマイクを握ったままの将暉に目を向けた。


「園田君がリードしてくれたからだよ」

「そんなことはないと思うけど、採点してればわりと得点もデュエット率も高かったかもしれないね」

「そうかも! ね、また今度、採点入れて歌わない?」

「あ、ああ。そうだな」


 将暉はぎこちなく顎を引いた。

 顔が赤いのは、歌い終わった疲労感によるものだけではなさそうだ。


 美波は、彩花と系統の違う美少女だ。

 本人としては自然な距離感なのかもしれないが、彼女に近距離で微笑みかけられて平静でいられる男子は少ないだろう。

 潤は普通に「おうよ!」などと答えそうなものだが、彼は例外だ。


「じゃあ、次は流れ的に男子かな——」


 美波はデンモクを指でくるりと回しながらいった。

 その目は部屋をぐるりと見回すことはなく、最初から決められていたかのように、翔のところで止まった。


「草薙君とか、まだ歌ってないんじゃない?」

「……」


 カラオケと聞いたとき、翔は順番に歌っていく流れの中に紛れ込むか、歌わなくて済むならそれがいいと思っていた。

 大人数の前で披露するほどの歌唱力でないことは自覚していたからだ。


 ただ、断ろうという気は起きなかった。

 美波に厄介ごとを押しつけてしまったのは、他ならぬ翔なのだから。


「……わかったよ。なら、一曲だけ」


 承諾した瞬間、隣の席から「おっ」という期待感に満ちた声が漏れ聞こえてきた。

 本当にデュエットにでも誘ってやろうか、という考えが、翔の脳裏をよぎる。


 ——本当にそんな度胸と実行力を持ち合わせていたのなら、一曲目などとうの昔に歌い終わっていただろうけど。

第98話は「将暉の意図」です!

翔君が無事に歌い終わる中、将暉君はそれまでとは違った行動を取り始めて——

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