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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第八章

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第95話 将暉の誤算と、彩花の不満

「——にしても、ここら辺は現代文に強い人たちが集まってるね」


 ふいに、左から男子の声が飛んできた。

 隣の卓にいた将暉が、翔たちのほうへ身を乗り出すようにしていた。


「ああ、言われてみれば。一応、上から四人が集まってるのか」


 将暉の前にいた宮城が、彩花、美波、菜々子に目を向ける。もう一人は宮城自身だ。


「いやいや、私以外はみんな八十点以上でしょ? 恐縮しちゃうよ」


 美波がわざとらしく手を振る。

 将暉はうなずいて、彩花を見た。


「そうだね。特に双葉さんは八十六点だったよね? 数学とか理社ならまだしも、国語で八十点台後半は驚いたよ。僕も七十一点だったけど、凡ミスが一個もなくてもせいぜい八十を越えるかどうかくらいだからね」

「七十超えてたら、普通にすごいじゃん」


 美波はそう言いながら、翔に向かって意味ありげに片眉をあげる。

 翔は反対に眉を寄せた。頼むから、余計なことは言わないでほしい。


「まあ、最低限それくらいはね。それでもやっぱり、トップ五に入れるかどうかは大きいよ。僕もおそらく男子の中ではトップだと思うけど、語学系はやっぱり女の子の十八番だね」


 将暉がそう言った瞬間、翔の隣で彩花が息を吸う気配がした。


「いや、それでいうと——」

「ということは、園田はあと三点で五位タイだったのか。香澄が確か七十四点だったから」


 翔は彩花の声に被せるように言った。


「そうなんだよ。簡単な漢字のミスとかが何個かあったから、それがなければ少なくとも赤月さんは抜かせたと思うけど、まあそういうのは誰にでもあるからね」


 将暉は表情こそ涼しげなままだが、メガネを持ち上げるその所作はどこか誇らしげだ。

 どうやら、彩花が何かを言おうとしていたことには気づかなかったらしい。


(危なかった……)


 翔が安堵したところで、袖をちょんと引かれる感覚があった。

 右隣を振り返ると、彩花は翔にだけ聞こえる程度の小さな声で囁いた。


「——二十四×三」


(七十二……って、俺の現代文の点数じゃんっ)


 翔の動悸が一気に早まる。

 やはり、遮って正解だったようだ。


 翔は秘密主義ではないが、この流れで将暉よりも上だと知られたら、確実に微妙な空気になるし、将暉との関係も悪化するだろう。

 彩花からすれば、こういうところもヘタレなのかもしれないが、余計な面倒ごとは引き起こしたくない。


 その直後、ガタっ、と物音がした。

 彩花の向こうで、菜々子がグラスを持って立ち上がっていた。


「あ、あの……飲み物取りに行きますけど、誰か他に要りますか?」

「じゃあ、ブドウスカッシュお願い」

「私はリンゴジュース」


 葵と小春が即座に反応した。

 この反応の速さも、ギャルたるゆえんなのかもしれない。


「は、はい。わかりましたっ。えっと……」

「蓮見さん。一緒に行こ」


 自分の分も含めた三つのグラスを前にオロオロする菜々子を見かねたのか、美波が立ち上がった。


「じゃあ美波、私のはオレンジスカッシュも混ぜて」

「なに葵、図々しくお願いしてた割には遠慮してたんだ」

「最近のギャルには気遣いも求められるからね」


 葵がやれやれと言うように肩をすくめた。

 その隣で、小春が難しい表情で顎に手を当てて、


「リンゴジュースって、何と混ぜるべき?」

「無理にややこしくしなくていいから」


 美波は首を捻った小春の頭をコツンと叩いた。

 そのグラスを菜々子に渡しながら、


「蓮見さん。小春は一応はリンゴジュースだけど、なんでも混ぜていいって」

「アップルティーならギリ許す」

「え、えっ?」


 菜々子は戸惑ったまま固まっている。

 美波がその背中を「ほら、行こ行こ」と軽く押して、その場を離れた。


「でもさ——」


 葵がふとしたように切り出す。


「五位の赤月と三点差なら、男子一位とは限らないんじゃね? それこそ、しれっと七十二点とか取ってるやつもいるかもだし」


(お、おい、篠原っ)


 翔の鼓動が跳ねた。

 葵はなんでもないような表情を浮かべているが、その口角はほんのわずかに上がっている。

 まず間違いなく故意だろう。


「ううん、それはないと思うよ。目ぼしい人たちの点数は確認したからね」


 将暉が即答する。それと同時に、


「十八×四」


 囁きと、足元にコツンと小さな衝撃。

 どうやら、袖を引くだけでは満足できなくなったらしい。


 約数の多い点数を取らなければよかった。

 いや、むしろこれで良かったのかもしれない。

 七十一や七十三といった素数を取ってしまったら、もっと周囲に露見しやすい手段だった可能性もある。


「まあでも、それは現代文だけの話だからね。総合点で見れば双葉さんがダントツなんだし、私なんか足元にも及ばないよ」


 宮城はそういって朗らかに笑った。

 将暉が「確かに」と顎を引く。


「総合点で見ると、双葉さんが頭一つ抜けてて、僕や宮城さん、吉良さん、赤月さんあたりがなんとかくらいつけるかどうかってところだからね」


 これに関しては将暉が正しい。彼は今並べた人たちと共に、トップ二十には入っていた。

 翔はもう少し下だ。

 ——それなのに、これまでで最も強い衝撃が翔の足元、いや、足先に及んだ。


「っ……!」


 それまでは平静を保っていた翔も、思わず息を詰めた。

 隣で小さく「あ……っ」という焦ったような声が聞こえた。


 葵が怪訝そうに顔を寄せる。


「草薙、どうした? 顔しかめて」

「おなら注意報発令、いや発布」

「わざわざおならに語感を寄せなくていい……というか、我慢してるわけじゃないから」


 もはや恒例の小春の一言コメントに反論しながら、翔はなんとか笑みを作った。

 前にも冗談混じりとはいえ、おならキャラにされそうになったことがある。それだけは勘弁願いたい。


「ま、せっかくの夏休みなんだし、難しい数字の話はここまでにしようよ」


 宮城のその一声に葵や小春が同調し、話題は自然と逸れていった。

 将暉はまだ何か言いたそうだったが、強引に話を戻そうとはしなかった。


 翔は話半分にガールズトークを聞きながら、横目で彩花を伺った。

 彼女は話に加わらず、どこか気まずげな表情でストローを弄っていた。


 翔の罰ゲームだったはずの青汁プロテインスムージーですら、申し訳なさから自分も飲もうとするような生真面目な性格だ。

 さすがにやりすぎた、と反省しているのだろう。


 翔としては、自分のことで不満に思ってくれていたのはわかるので、嫌な気持ちにはなっていないのだが、今はそれを伝える手段がない。


(……いや、あるか)


 翔はメッセージアプリを起動させた。目的のチャットは開いたままになっていた。

 通話の記録を視界の端に入れながら、『ありがとな』と打ち込む。少し迷ってから、送信ボタンを押した。


 スマホをしまうと同時に、今度は彩花がポケットに手を忍ばせた。

 翔は意味もなく、もぞもぞと座り直した。


「っ……」


 彩花は画面を確認して、一瞬固まった。

 それからスマホをポケットに押し込み、立ち上がる。


「お花を摘んでくるね」


 何でもないようにそう告げて去っていく間、彼女は一度も翔と目を合わせなかった。


(……え、まずかった?)


 翔は喉の奥がきゅっと縮む感じがした。

 先程までの賑やかさが嘘のように、周囲の声が遠ざかる。


 それから少し経って、ポケットの中が振動した。

 彩花からのメッセージだった。


 ——プロデューサーの言葉を遮った代償は高くつくよ。あとでじっくり話を聞かせてもらいます。


 一見すると脅しのような文面に、翔は安堵の息を漏らした。

 本気で怒らせたことはないが、彩花は冗談に紛れさせるようなタイプではないだろう。

 それよりは、これまでの経験上、距離を置かれる可能性のほうが高そうだ。


(何はともあれ、良かった)


 翔がホッと肩の力を抜いたところで、再び通知が鳴った。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、親指をグッと突き出しているウサギのスタンプ。

 その上には、ニッコリマークの絵文字とともに一文が添えられていた。


 ——それと現代文男子一位、おめでと。すごいじゃん。


「っ……」


 翔は咄嗟に、スマホをポケットにねじ込んだ。

 しかし、ハンカチが邪魔をして、少しだけはみ出してしまう。


「……七十三点がいる可能性もあるだろ」


 誰にともなくそうつぶやきながら、今度はゆっくりとスマホをポケットにしまった。

第96話は「緊張するお姫様と、翔の判断」です!

カラオケで一曲歌うことになって緊張している彩花さんを見て、翔君は——

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