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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第八章

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第92話 ピクニック④ —お姫様と突然の……—

「ひどい目に遭った……」


 翔がぽつりと漏らすと、横を歩く彩花が肩をすくめた。


「翔君が自爆したからでしょ。こっちまで巻き込まないでよ」

「い、いや、だって、マジで美味かったから」

「っ……それなら、今回は特別に許してあげるけど」


 彩花の声が急に小さくなる。

 翔は咳払いをして、頬が緩みそうになるのを堪えた。


 それから程なくして、彩花はふいに淡い青色のカーディガンのボタンを外し始めた。

 下に着ているのは、彼女らしい無地の白シャツだ。


「暑いのか?」

「う、うん。ほら、夕陽があんなに真っ赤だし」

「まあ、確かに」


 翔はどちらかと言えば涼しくなってきたように感じていたが、感覚は人それぞれだろう。


「それにしても、これが翔君セレクトっていうのはバレなくてよかったよ」


 彩花はカーディガンを丁寧に畳み、胸の前に抱えながら苦笑した。


「あの二人なら絶対食いついてくる案件だもんな——ん?」


 翔は言葉を切り、視線を上空に向けた。


「どうしたの?」

「今、頭にポツンって来たような……うわっ⁉︎」

「わわっ⁉︎」


 次の瞬間、空がひっくり返ったような雨が降ってきた。ゲリラ豪雨だ。


「マジかっ……とにかく、どこかで雨宿りしよう!」

「あ、あそこに屋根あるよっ、走ろう!」

「おう、転ばないようにな!」

「翔君もねっ」


 軒下へ滑り込んだ瞬間、同時に大きく息を吐き出した。

 髪はベッタリと重くなり、服の貼り付く感触が気持ち悪い。


「……本当にひどい目に遭ったな」

「そんな伏線回収いらないよー」

「ま、とりあえず、軽く拭いておこうぜ、っ⁉︎」


 彩花の姿——体の前面が視界に入った瞬間、翔は反射的に体ごと反対を向いた。


(そういえば、白シャツだった……!)


 ガサゴソとリュックを漁る。

 幸い、目的のもの——カッパはすぐに見つかった。


「翔君? どうし——」

「こ、これ、着たほうがいいぞ」


 翔は振り向かないまま、後方に向かって腕を突き出した。


「でも、翔君は?」

「俺は折り畳み傘もあるし、その……」


 元々お世辞は得意じゃない。オブラートに包んだ上手な伝え方など、わかるはずもなかった。

 それでも、雨は凌げているとはいえ屋外である以上、指摘しないわけにはいかない。


「……たぶん、今のままじゃないほうが、いいと思うから」

「えっ? 今のままって——っ、あ……!」


 彩花の声が焦ったように跳ねた。


「ほ、ほら……カバンとカーディガン、持ってるからさ」

「あ、う、うん……」


 先程と同じように腕を差し出すと、少しの間があってから、手のひらに重みが乗った。


「その……ありがとね。すぐ着るから」

「お、おう……大きいかもだけど、そこは我慢してくれ」

「ふふ。翔君、そんなに背が高くないから大丈夫じゃないかな」

「おい」

「冗談だよ」


 彩花がくすっと笑う。

 気遣うべきであるはずの翔が、逆に気遣われてしまったようだ。


 雨具の擦れる音を背後に聞きながら、翔は彩花のカーディガンがあまり濡れていないことに気づいた。

 そういえば、これを胸に抱くようにして、前傾姿勢で走っていたような気がする。


「……傘代わりにしてくれてもよかったのに」

「えっ?」

「い、いや、なんでもない」


 翔は勢いよく首を振った。

 すると、スッと彩花の腕が視界の端に映る。


「カバンとカーディガン、もらうよ」

「おう。……もう、いいか?」

「だ、大丈夫」


 翔はゆっくり振り返り——肩の力を抜いた。

 黄色いカッパは色味こそ薄いが、雨具なので透けていることはなかった。


「……私、もういいよ、って言うべきだったね」

「かくれんぼしてないから」


 彩花は小さく笑いながらも、抱きしめるようにカバンを腕でホールドした。

 その上にカーディガンを置いて、


「でも、これを脱いでてよかったよ。シャツと違って、縮んだりしちゃいそうだし」

「……そうかもな」


 着ていれば事故は防げただろうが、後の祭りだ。

 雨音のみが響く中、しっとり濡れた彩花の髪の毛先から水滴が音もなく滴り落ち、火照ったその頬を打つ。


「っ……」


 見慣れているはずのその横顔が、なぜかとても大人っぽく見えて、翔は視線を遠くに向けた。


 何か言うべきか。言わないほうがいいのか。

 口を開きかけて、結局閉じる。


(謝るのは逆に気を遣わせそうだし、日常会話のほうが良いよな……多分)


 何かないか、とまぶたを下ろした瞬間——


「っ……!」


 先程の光景が鮮明に脳裏をよぎり、翔は悪夢から覚めたときみたいにカッと目を見開いた。


「ど、どうしたの?」

「いや……ちょっと走ってこようかな」


 走ることでモヤモヤを吹き飛ばし、さらに雨で頭も冷やせる。

 一石二鳥だ。


「……大丈夫?」


 彩花が眉を寄せる。

 何を言ってるんだこいつは、という冷たいその眼差しは、雨ほどではないものの、翔の脳内を適正温度まで冷却してくれた。


「あー……近くに軒下があったのは、不幸中の幸いだったな」

「そうだね。いくら夏でも、この豪雨を浴び続けるのはキツいよ」

「だな。気温も少し下がってきた気がするし」

「あ、このカーディガン、着る?」

「いや、気持ちだけ受け取っておくよ」


 そこまでフェミニンなものは選んでいないので、着れないことはなさそうだが、なんとなく抵抗があった。


「別にまだ寒いわけじゃないし。ありがとな」

「ならいいけど、一回でもくしゃみしたら、強制的に着せるからね」

「なんだそのルール」


 草薙家では、食事中におならやゲップをしたら罰金という制度がある。

 その経験を利用すれば、くしゃみも抑えられるかもしれない。


「そういえば、文化祭準備が午後スタートになるって、蓮見さんから連絡来てたでしょ?」

「ああ、部活組も足並みを揃えられるようにするんだったっけ?」


 それと、朝からはキツいという意見も出ていたはずだ。

 彩花のプロデュースがなければ、翔もその一派だったかもしれない。


「準備が終わってからだと遅くなっちゃうから、筋トレとかは別日にズラさない?」

「俺はいいけど、そっちは日程が変わっても大丈夫なのか?」


 真美も弓弦も暖かく迎え入れてくれているし、輝樹が「娘に近づくな」と警告をしてくる気配もない。

 それでも、赤の他人だ。来訪日がガラリと変わったら、不都合が生じるのではないだろうか。


「うん。お母さんに許可は取ったから。誘っておいてダメでした、は申し訳ないからね」

「手際がいいな。さすがプロデューサーだ」

「うん」


 彩花は小さくうなずいた。

 珍しく控えめだな、と翔が思った瞬間——


「それだけじゃ、ないけど」

「……えっ?」


 翔は思わず彩花を見つめた。


(今、なんて……?)


 一瞬、雨音が遠のいた気がした。

 彩花は翔の視線に気づかないように、前方を顎で示すと、


「雨の勢い、ちょっと弱まってきたね。服を乾かしたいし、シャワーも浴びたいから、早く帰ろうよ」


 早口でそう言い切って、大きく足を踏み出す。


「お、おう……って、彩花、目の前!」


 翔が声を上げた瞬間——

 ぼちゃっ。


「うわっ、つめた……!」

「遅かったか……」


 彩花の右足は、巨大な水溜まりに足首まで陥没していた。


「大丈夫か?」

「平気だけど……翔君、今回は助けてくれなかったね」

「ああ、そういえば、そんなこともあったな」


 前に一度、同じようなシチュエーションで腕を引っ張った記憶がある。


「翔君、もっと周りは見ておかないとダメだよ」

「その言葉、そっくりそのままお返ししていいか?」

「い、急ごうとしただけだから。……そんなに言うなら、翔君が先に歩いてよ」


 彩花はほんのり頬を染めながら、唇を尖らせた。


「いいけど、あんまり期待はするなよ。潤じゃないから、漫画みたいにひょいひょい避けていくことはできないぞ」

「緑川君、ジャングルでも生活できそうだよね」

「そこまで行くともはや悪口だろ」

「あの二人には内緒にしておいて」


 彩花が含み笑いを漏らす。

 足元に気持ち悪い感覚はあるだろうが、機嫌は悪くなさそうだ。


「ね、家帰ったら電話しながら日程調整しようよ」

「そうだな」


 電話のほうが早いだろうし、と付け足しながら、翔は慎重に一歩を踏み出した。

第93話は「クラス会長からのお誘い」です!

クラスのプチ打ち上げに誘われた翔君と彩花さん。男子からの期待の眼差しを受けた彩花さんは、翔君を見て——

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