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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第八章

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第91話 ピクニック③ —翔の失言—

「ふぅ、お腹いっぱいだ」


 しばらくして、琴葉がふいに箸を置いた。

 彩花がその弁当を覗き込み、首をかしげる。


「あれ、琴葉。もういいの?」

「うん。ちょっと多すぎたみたい」


 琴葉が照れたように鼻の下をこする。

 彼女の弁当箱は、潤のものと同じ大きさだ。


「緑川君と同じ量にしちゃうなんて、琴葉もかわいいとこあるね」

「そ、そういうわけじゃないよ。作りすぎちゃったから、詰めてきただけ」

「そっかそっか」


 彩花は琴葉の反論を取り合わず、ニコニコしている。

 琴葉はむすっとしたが、言い返そうとはしない。自分が追い込まれるだけなのはわかっているのだろう。


(にしても、彩花が攻める側なのは珍しいな)


 それだけ打ち解けてきた、ということだろうか。


「琴葉。要らねーなら、残りもらっていいか?」

「うん——あっ」


 その瞬間、琴葉が彩花を見ながら、イタズラを思いついた子供のようにニヤリと口角を上げた。

 そして、箸で肉をつまむと——おもむろに潤の口元に運んだ。


「……えっ?」


 彩花が固まる中、潤は躊躇いもなくそれを咥え込み、「うめえ!」と声を上げた。


「っ、あ……!」


 彩花の肩がびくっと震え、その反動で、箸先に乗っていたミニトマトがぽろっと落ちた。

 彼女が焦った声を上げる中、それはまるで意志を持ったように、翔の背後の地面をコロコロと転がっていく。


「そんなにまじまじ見られると恥ずかしいなぁ」


 そう言いつつも、琴葉に照れている様子はない。

 むしろ、面白がるように瞳を細めている。狙い通り、と言ったところなのだろう。


「そ、そんな見てないよ……っ」


 逆に彩花は、ちらちらと潤と琴葉を窺っては、気恥ずかしそうに身を縮こまらせていた。

 存外ウブなところのある彼女には、いわゆる「あーん」は刺激が強すぎたらしい。


 もっとも、翔も他人のことは言えない。最初に見せられたときは、今の彩花のように固まった記憶がある。

 そのときも確か、琴葉を揶揄った後だったはずだ。


(意外と負けず嫌いなんだよな、琴葉も)


 翔は苦笑しつつ、遠ざかっていく赤い球体をティッシュでそっと捕まえた。


「あ……翔君、ありがと」

「おう」


 どうせ食べられる状態ではないので、わざわざ彩花に返すこともないだろう。

 自分の弁当箱の空いているスペースに収めておく。


「翔、代わりに一個あげれば?」

「そうだな」


 潤の声に、翔は即座に同意した。

 元々、彩花が作ってくれた弁当だ。


「彩花、一個でも二個でも好きに——」

「翔、違うよ」


 琴葉の声が鋭く割り込んだ。


「えっと……なにが?」

「翔は今、何を見てたの?」


 琴葉の視線が翔の箸先、続いて彩花の鼻の下——唇へ向けられる。

 翔は頬を引きつらせた。


「いや、絶対しないからな?」

「でも、私たちだけ見せ物にされるのは不公平だと思うけどな」

「カップルが勝手にイチャついただけだろ」


 食べさせるのは正真正銘、恋人同士の戯れだ。

 名前呼びや手作り弁当とは訳が違う。

 いくら背中を蹴られても、そこの一線を越えるつもりはなかった。


「まあ、それはそうだね」


 琴葉はあっさり引いた。

 最初から本気で迫る気はなかったのだろう。


「そしたら、今日のところは見逃してあげよう。二人には()()早いだろうし」

「今後も一生やらないけどな」

「なら、私たちが代わりにやってあげなきゃ。ね、潤」


 琴葉はまた平然と、箸を潤の顔の前に持っていく。


「おう。くれるもんはもらうぞ」


 潤にも拒むそぶりはない。

 彼の場合は言葉通り、食べ物がもらえるから喜んでいるのだろうが、


「っ……」


 隣で息を呑む気配を感じ取り、翔はため息混じりに言った。


「そんなノルマないし、彩花が耐えきれなさそうだからやめてやってくれ」

「わ、私は別に大丈夫だよ」

「鏡の中の自分にもそう言えるか?」

「……ばか」


 彩花は耳まで赤くなりながら、伏し目がちにぽすっと翔の膝を叩いた。


(っ……なんだよ、それ)


 決して痛くはなかった。

 そのはずなのに、翔の体がじんわり熱を帯びる。


「くぅ……っ、本当にお腹がいっぱいだ」


 琴葉は身悶えしつつ、箸先でつまんだトマトをひょいと潤の口——ではなく、彩花の弁当箱へ放り込んだ。


「えっ……琴葉?」

「あげる。よかったら食べて」

「ああ、うん……ありがと」


 彩花は戸惑いを見せながらも、返却しようとはしなかった。

 一口噛んだ瞬間、その目元が和らぐ。


「ん、甘いね」

「でしょ? うち、農家もやってるんだ」

「えっ、そうなの?」

「そうじゃないよ」

「なんだ、びっくりした」


 琴葉と笑い合う彩花の頬は、いつも通りの健康的な白さを取り戻している。

 しかし、翔の鼓動は未だにペースが戻らない。


(……今の、一応は間接キス、だよな)


 女子同士なのだから、気にすることはない。

 翔だって、男友達が箸やスプーンをつけたかどうかなど気にしない。

 それなのに、妙に意識してしまった。


 彩花が自分が常用するシェイカーを飲ませようとしてきたこともそうだし、弓弦経由の事故も、そこまで昔の話ではない。

 自然とそういう考えが浮かんでもおかしくはないだろう。


 ただ、掘り下げるべき思考ではないことも確かだ。

 翔は首を横に振り、何の気なしにトマトを一つ挟んだ。


(結局、俺はあげなくていいんだよな?)


 そんなことを考えていたからか、口に入れる直前に、つるりと滑り落ちてしまう。


「っ、やば……!」


 せっかく作ってくれたのに、申し訳ない——。

 咄嗟に浮かんだ思考を汲み取ってくれたのか、宙を舞ったトマトは、見事に彩花の弁当箱の中に着地した。


「ふぅ、危なかった……」

「翔、それは彩花に『あーん』してほしいってこと?」


 胸を撫で下ろす翔に、琴葉がぐいっと身を乗り出してきた。

 瞳を爛々と輝かせる彼女の隣で、潤もニヤリと笑い、


「ナイス送球だ、翔。今すぐ野球部入れよ」

「狙ってないから。……彩花、ちょっと失礼」


 翔が控えめに箸を伸ばすと、彩花は「ふふ」と小さく笑って、弁当箱をわずかに寄せてくる。


「作り手の元に戻ってくるなんて、この子は偉いね」

「さっきのやつはちょっと反抗期だったのかもな」

「じゃあ、ちょうど翔君たちと同い年くらいだ」

「誰が反抗期だ」


 翔は頬を緩めながらも、万が一にも他の具材に箸が触れてしまわないよう、慎重に狙いを定めた。


「潤、あんなに腕が震えてるようじゃ、ボールは投げれそうにないよ」

「だな。とんだ期待はずれだったぜ」

「勝手に失望すんな」


 翔は顔をしかめながら、今度こそトマトを口に放り込んだ。




◇ ◇ ◇




「美味かった……」


 筋トレの影響なのか最近は食欲が増していたが、それでも弁当箱が空になる頃には、ふとお腹をさすってしまうくらいには満たされていた。


「満足してくれたみたいで、よかった。じゃあ、もらっちゃうね」

「いや、洗うのくらいは俺がやるよ」


 弁当箱を素早く回収しようとする彩花の手を、翔が制すと、


「ううん。元々うちのだから」

「……わかった。じゃあ、お言葉に甘えます」


 その笑顔にどこか圧を感じて、翔は素直に引いた。

 しかし、それならばせめて、感謝はしっかりと伝えるべきだろう。


「けど、ありがとな。マジで美味かったよ」

「お粗末さまでした」


 彩花はさらりと答えるが、その口元は緩やかな弧を描いている。


「彩花。こんなに喜んでくれてるんなら、毎日作ってあげなよ」

「いや、それは申し訳なさすぎるし、よくわかんない状況になるだろ」


 琴葉の突拍子のない提案に、翔は即座に反論した。

 それではもはや、恋人関係も飛び越えて、半同棲状態のようになってしまう。

 そもそも今は夏休みで、昼食は普通に家で食べている。


「じゃあ、もし食べられるなら?」


 琴葉が食い下がってくる。

 彼女の誘導に乗せられるのは悔しいが、あまりはぐらかしすぎるのも、彩花に失礼かもしれない。


「……クラスの男子に夜道で刺されそうだっていうのは置いておいて、食べられるなら毎日でも食べたいけど」

「大袈裟だなぁ」


 彩花が困ったように眉を下げた。


(……おだててるわけじゃないんだけどな)


 本気で受け取っていない様子に、翔は少しだけ腹が立った。

 ——だからこそ、つい口が滑ってしまったのかもしれない。


「本当だよ。特に卵焼きとか出汁もよく効いてて、前よりもさらに……あっ」

「か、翔君っ!」


 翔は慌てて口元を押さえ、彩花も被せるように声を上げた。

 しかし、どちらも後の祭りだった。


「前よりも? ……ふーん」

「その話、詳しく聞かせてもらわねーとなぁ」


 琴葉と潤が、獲物を前にした獣のように舌なめずりをしてにじり寄ってくる。


「もう、何してんの……!」

「ごめん。ミスった」


 彩花に涙目で睨まれ、翔は天を仰いだ。

第92話は「ピクニック④ —お姫様と突然の……—」です!

潤君と琴葉さんの尋問から解放された翔君と彩花さんは、ひと息吐きながら帰路に着きますが、その途中でとあるハプニングが……?

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