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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第七章

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第85話 お姫様との三度目の正直

「草薙君、会計よろしくね」

「「ゴチになります〜」」


 彩花がぺこりと頭を下げると、潤と琴葉が異口同音に続いた。


「払うだけだけどな」


 もちろん、料金はすでに徴収している。

 会計をまとめると申し出たのは、翔自身だ。

 迷惑をかけた自覚はあるので、ささやかな感謝と贖罪の意を示しただけのことだが。


 会計中、背後から軽薄そうな男たちの笑い声が聞こえてきた。


「なにあれ、ハーレム?」

「女の子、どっちもめっちゃかわいいじゃん」

「多分、背の高いほうが坊主と付き合ってるぜ」

「マジ? じゃあ、もう一人の子に声かけちゃおっかなー」


 男一女二。

 しかも潤と琴葉の甘さが自然と漏れ出しているとなれば、彩花が目をつけられるのは、不思議なことではない。

 翔が合流すれば、一応は二対二になる。


(でも、それでも絡まれたら——)


 足を浮かせる。

 けれど、一歩目を踏み出すのを躊躇した、その瞬間。


「草薙君。終わったー?」


 彩花が口に手を当てて、まるで周りに聞かせるように大きめの声を出した。

 翔は息を吐き出し、足を踏み出した。


 ナンパ男たちと視線が合ってしまわないように、顔を少し逸らしながら、三人の元へ歩み寄る。


「ありがと、助かったよ——じゃあ、いこっか」


 彩花が翔の背中に手を添え、軽く押した。

 四人で歩き出すと、背後から舌打ちが聞こえてきた。


「チッ、二対二かよ」

「行こうぜ」


 意外とあっさり引いたものだ。

 翔は内心で安堵しながら、肩の力を抜く。


「認められたね」


 琴葉がニヤリと口角を上げた。


「っ……同数だったら、あれが普通だろ」

「そうかなぁ。それだけで引き下がる人たちが、わざわざ私たちに聞こえるようにネチネチ言わないと思うけど」


 翔は口をつぐんだ。

 まさに同じように考えていたからだ。


(……あくまで、上の下に滑り込んだってだけだろうけど)


 それでも、不釣り合いだと嘲笑されないくらいにはなったのだと思うと、頬が緩みそうになってしまう。


「お、反論がないということは、翔君も同意見ということでよろしいですか?」

「……さぁな」

「あ、今の、潤に似てる!」

「声が大きい」


 翔は顔をしかめた。

 寄せたつもりなど毛頭なかったが、結果として似てしまったのは自覚していた。


「なんだ、翔。俺の弟子になりたいのか?」

「弟子から勉強を教えてもらう師匠とか、ダサすぎるだろ」


 首に回された腕を振り解こうとしながら、翔は言った。


「照れんなって。俺ら、デュエット率も一番高かったんだから」

「変なところだけ記憶力がいいな、赤点マスターのくせに。いや、実質赤点は一つか——現代文は青点だったんだから」

「よし、喧嘩なら安く買い叩いてやるよ」


 潤が腕に力を込める。

 振り解くどころか、さらに首が絞まった。


「ちょ、離れろって」


 息は止まらない程度だが、暑苦しいし、単純に目立つのでやめてほしい。


「二人はほんとに仲良いね」

「おい双葉。笑ってないで助けてくれ」

「うーん……」


 彩花は悩むように目を泳がせ、それから口角を上げた。


「緑川君じゃなくて私の軍門に降るなら、助けてあげてもいいよ?」

「いや、家来扱いされそうだから、やめとく」

「ちょっと、それどういう意味?」


 彩花がほんのり眉を寄せる。

 潤が「やっちまったなぁ」と白い歯を覗かせながら、翔を解放した。


(……軍門も何も、もうほとんどそういう関係だろ)


 翔は心の中で答えながら、表面上は黙って肩をすくめた。




◇ ◇ ◇




「それじゃあ、また明日——」


 電車の扉が開き、彩花が降りようとしたところで、翔も一緒に動き出した。


「えっ?」

「ほら、後ろ詰まっちゃうから」

「あ、う、うん」


 翔は彩花を促して、一緒にホームへ降り立った。

 背後の人たちに道を開けながら、彩花は困ったように笑う。


「えっと、送りなら大丈夫だよ?」

「いや、ただ降りる駅を間違えた間抜けにはなりたくないから」


 返事を待たずに、近くの階段へ向かう。

 琴葉の説教とは別に、遅くなったら送る、というのは自分の中で決めていた。


 ただ、今はそれだけではない。

 どうしても、このまま別れるわけにはいかない事情が、翔にはあった。


「あ、あの……草薙君」


 背後から声をかけられた。彩花はまだ、その場に立ち止まっていた。

 まさか、迷惑がられているのでは——。

 そんな危惧が、翔の脳裏によぎったところで、彼女は控えめに続けた。


「えっと、そっちの階段……乗り換え専用なんだ」

「っ……⁉︎」


 思わず足元を見下ろすと、そこにはしっかりと「乗り換え専用階段」の文字があった。

 翔の頬に、じわじわと熱が集まる。


「わ、わかりづらいよね。つ、疲れてるときとか、私もたまにっ、間違えるし……っ」

「……笑いたきゃ笑え、この間抜けを」

「う、ううん。送ってもらう人に対して、そんな失礼なことはしないよ」


 彩花はそう言いながらも、くるりと背を向け、口元を覆ってぷるぷる震えている。

 翔はその横を、大股で通り過ぎた。




◇ ◇ ◇




「駅でも方向音痴なんだね」


 改札を抜ける頃になって、彩花はようやく普通に喋れるようになっていた。


「降りた人数の割に人が少ないな、とは思ってたんだって」

「あの思い切りの良さは、大事だと思うよ?」

「褒め言葉として受け取っておくわ」

「もちろん。プロデューサーが生徒を褒めるのは当たり前だからね」


 彩花が、ふふん、と鼻を鳴らす。

 少しだけ上から目線の物言いに、翔はなんだか懐かしさを覚えた。


「にしても、歌うのって気持ちいいんだね。またカラオケ行きたいな」


 独り言のようにつぶやいた彩花の声は、どこか弾んでいる。

 それまでも不機嫌だったわけではないが、電車を降りたあたりから、特に明るくなった気がする。


 まさか、翔の失態の副作用ではないと思いたい。

 症状の回復とトレードオフの薬ならともかく、失敗を笑われたのでは、ただの泣きっ面に蜂だ。


 ただ、なんにせよ、彩花の気分が上向いているのは、まず間違いない。


 ——なら、もういいんじゃないか。

 ——少なくとも、今じゃなくて良い。せっかく仲直りできたのに、また拗らせたら本末転倒だ。


 自然と浮かんできたそれらの考えは、一見すると、とても合理的に思えた。


(でも、ダメだ)


 その消極性が、今回のすれ違いの一つの要因になったのは確実だし、今度はもっと大きな火種になってしまうかもしれない。

 何より、ここで逃げたら、この先もずっと逃げ癖がついてしまうような気がした。


 正解かはわからないが、不正解とも思えない。

 ならば、自分が決めた通りにしたほうがいいはずだ。


 翔は一つ、深い深呼吸をして、口を開いた。


「あー……あのさ、双葉」

「……どうしたの? もじもじして」


 怪訝そうな眼差しを向けられる。


「いや……結局、名前呼び、どうしようか……って」


 翔は歯切れ悪く答えながら、「我ながらなんて情けないんだ」と思った。

 花音と琴葉に聞かれていたら、今ごろは両方のお尻にアザを作っていただろう。


「どうするも何も、そっちはしたくないんじゃないの? きっぱり断ってたじゃん」


 返ってきた声のトーンは、それまでよりも明らかに低かった。

 彩花は指先でコートの袖口をいじっている。


 カラオケでの翔の態度は、確かにそう解釈されても仕方のないものだった。

 ただ、もしそれが本音だったのなら、わざわざここで混ぜ返すことはしない。


「あれは、琴葉の手のひらの上で転がされるのが嫌だっただけっつーか……別に、したくないわけじゃなくて」

「えっ……そうだったの?」


 彩花の瞳が見開かれる。

 予想もしていなかった、という反応だ。


(ちっぽけなプライドだってのは、自分でもわかってるけどさ)


 嫌われ役を買って出てまで仲介してくれた琴葉には、本当に感謝している。

 あそこまでしてくれなければ、翔はきっと前に進めなかっただろう。

 それでも、どうしてもあのにやけ顔を前にすると、反抗心が湧いてきてしまったのだ。


「双葉が嫌じゃないなら、俺はそれでもいい……というか、琴葉も言ってたけど、潤はともかく、俺が四人の中で双葉だけ名字呼びなのは変かなってのは、前からちょっと思ってたんだ」


 それでも、名前呼びを提案するという発想には至っていなかったが、改めて指摘されてみると、違和感は無視できないほどに大きくなっていた。


「……ねぇ」


 彩花はゆっくりと歩き出しながら、口を開いた。


「私たち、普通の友達関係じゃないんでしょ?」

「そうだな」


 他ならぬ、翔自身が使った表現だ。


「だったら、名前呼びくらい良いと思うな。同性の一番の友達よりも会ってるわけだし、お互いの家に行ったときに名字で呼び合ってるのは、私も少し違和感があったんだ。他の家族からは名前で呼ばれてるわけだしさ」

「確かにな。——なら、彩花、でいいか?」

「う、うん……」


 それまで流暢に喋っていたのに、名前で呼んだ途端に、消え入りそうなか細い声になった。


「……名字に戻そうか?」

「い、いやっ、今のはいきなり呼ばれてびっくりしただけだからっ! くさ……か、翔君だって、前に私が呼んだときに動揺してたじゃん」

「まあな」


 今以上にいきなりだったし、とは言わなかった。

 男子とあまり関わらないようにしてきた彩花が慣れていないのも当然だろう。


「それと、『くさ』で止めるのはやめてくれるか。傷つく」

「へっ? ——あ、ううんっ、そういうわけじゃないよ」

「知ってるよ」


 翔が思わず吹き出すと、彩花が「もう……っ」とポコポコ腕を叩いてきた。

 痛くはない。むしろ、心地よい力加減だった。


 彩花はすぐに手を止め、顔を背けた。

 名前呼び自体なのか、自らの子供っぽい抗議に対するものなのかはわからないが、気恥ずかしさを感じているのだろう。

 ただ、さすがに名前呼びを嫌がっている可能性はないはずだ。


(マジで、逃げなくてよかったな……)


 数学の発展問題を解き切ったときと同じくらいか、それ以上の達成感がある。

 翔は心の中で、よくやったと自分を褒めた。


 ——自身の隣で瞳を伏せる彩花の表情に、ふと暗い影が差し込んだことには気づかずに。

第86話は「お姫様の謝罪」です!

名前呼びで一件落着かと思いきや、彩花さんの様子が……?

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