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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第七章

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第84話 お姫様とのデュエットと、親友の彼女からの提案

「お待たせー」


 勢いよくドアが開いて、琴葉が軽やかな足取りで個室に戻ってきた。

 そのすぐ後ろから、彩花がそっと姿を見せる。


 トイレに行っていた数分間で、なぜか借りてきた猫のようになっていた。

 頬も、ほんのりと色づいている。


(……まさか、トイレでイタズラはしないよな)


 翔は浮かびかけた思考を、慌てて首を振って追い出した。

 彩花はうつむいたまま、翔の隣に座った。

 さっきまでと比べると、ほんの数センチだけ、距離が遠い気がする。


 まさか、今の思考を読まれたわけではないだろう——。

 そう考えつつも、体の奥がじわじわと熱を持ち始める。


「潤。デュエットしない?」

「お、いいぜ」


 琴葉の誘いは唐突だったが、潤はすぐに応じて、二人でデンモクを操作し始めた。

 触れ合わせた肩から、自然と甘さが漏れ出している。それを見て、彩花がますます身を縮こまらせた。


 選ばれたのは、いかにもカップル向けなラブソングだった。

 潤は細かくビブラートを効かせ、琴葉もフェイクを入れている。


(統一感も何も、あったものじゃないな)


 カップルがラブソングをデュエットしているのに、それぞれがあまりにも好き勝手に楽しんで歌っていて、甘い空気はあまり出ていない。


 それにも関わらず、隣の彩花は、小さくなったままだ。

 膝の上で握りしめられた指先にも、ほんの少し余計な力が入っているように見える。


(……俺が耐性つけさせられただけで、双葉には刺激が強いのか?)


 そう推測してみるものの、確信はない。

 翔は首をひねりながら、画面の端に表示されていく採点バーをぼんやりと眺めた。


 曲が終わると同時に、得点が派手なエフェクトとともに表示される。

 潤と翔より四点、彩花と琴葉よりも二点低かった。


「ちょ、一番低いじゃん。潤、ちゃんとしてよ」

「お前が好き勝手にフェイクとか入れるからじゃね?」

「そうとも言う——じゃあ、はい、彩花」

「翔も、ほれ」


 琴葉が不意に彩花にマイクを渡すのと同時に、潤も翔にマイクを押しつけてきた。


「……え?」


 翔は反射的に受け取ってしまいながら、間の抜けた声を漏らした。


「さ、次は二人の番だよ!」


 琴葉は当然のように言い切ると、デンモクを翔の前に移動させた。


(発声練習とストレッチをしておけっていうのは、やっぱりこういうことだったのか……)


 翔は内心で苦々しくつぶやいた。

 とはいえ、断るのも彩花に失礼な気がして、


「双葉、どうする?」

「——翔」

「あっ、ハイ」


 何気なく問いを口にしたところで、琴葉に鋭く名前を呼ばれた。

 翔は反射的に背筋を伸ばした。


「翔はどうしたいの?」


 まずは自分の意見を表明しろ、ということだろう。


「あー、そうだな……」


 翔も男だ。彩花とデュエットしたい気持ちは、もちろんある。

 けど、絶対じゃないし、一緒に歌っている姿を想像すると、胸のあたりがむずむずしてくる。


(……初めて女の子とデュエットするんだから、緊張しないほうが変なんだろうけど)


 香澄はそもそも歌うこと自体を恥ずかしがっていたから、女の子とカラオケに来た回数なんて、片手で数えられる。

 その点、彩花は美波ともほとんど来ないと言っていたので、翔以上に抵抗があってもおかしくはない。


 また変に拗れたりしたらいやだし、今回はやめておくのが無難だろうか。

 そう結論づけかけたところで、肌がヒリつくような感覚を覚えた。


 琴葉の瞳孔を見開かんばかりの瞳が、こちらに向けられていた。

 歌え——。その無言の圧力は、さすがの翔にも伝わってきた。


(……一応、あんな宣言した後だし、琴葉がここまで推すなら、大丈夫だよな)


 翔は小さく息を吸い込み、デンモクを彩花のほうへと向けた。


「双葉。その……せっかくだし、一曲だけ歌わないか?」

「っ……」


 彩花が息を詰め、パチパチと瞬きをした。

 けれどすぐに、いつもの澄ました顔つきに戻って、


「そうだね。二人のも聞かせてもらったわけだし」


 とりあえず、嫌がられてはいないようだ。

 翔は、胸の奥に溜まっていた空気をそっと外に押し出した。


 そこまでビクビクする必要はないと、頭ではわかっている。

 ただ、どれだけ主体的になろうと決めたところで、それですぐに自信がつくわけじゃないのだ。


 順調だと思っていたのは、自分だけだった——。

 そんな滑稽な状況が現実に起こり得ることを、翔は身を持って体験しているのだから。


 琴葉が親指をぐっと立ててくる。

 よくやった、という副音声が聞こえてきた気がして、翔は苦笑した。


「どれ歌う?」


 唐突に、彩花が距離を詰めてきた。

 衣服が擦れ合いそうな距離で、デンモクの画面を覗き込む。


「えっと、そうだな……これなんか、どうだ?」


 翔は指で画面を示してから、アイドル曲を選んだことに気づいたが、


「いいじゃん。音域もそんな広くないし、男女関係なく歌えそう」


 彩花はあまり気負った様子もなく同意した。

 アイドルとは言っても、二人組の男性だったからだろう。


「じゃあ、これにしよう」


 楽曲を予約すると、潤と琴葉が「あ、これ知ってるぜ」「古き良き時代だ」と声を上げた。

 背景は、どうやら十周年記念のライブの映像らしい。

 そんなに豪華なものを流されても、歌うほうが少し恐縮してしまう。


「最初は草薙君から歌ってよ。男性の曲だし」

「歌詞は女性目線だけどな」

「そういうのいいから、お願い」

「わかったよ」


 幸い、いきなり歌唱が始まるタイプではない。

 丁寧に入れば、大きなミスはしないだろう。


「マイクの電源、ちゃんと入ってる?」

「入れないと過去最高点取れるって聞いたけど」

「ねぇ」

「大丈夫。もう入れてるよ」


 翔は緑色に輝いている電源を示して見せた。




◇ ◇ ◇




(こんなの、直前まで渋ってたコンビだなんて、知らなきゃ誰にもわからないでしょ)


 それが、翔と彩花のデュエットを前にした、琴葉の正直な感想だった。


 二人は基本的に、画面の歌詞を追いながら歌っている。

 それでも、サビ前やブレスのタイミングで、ふっと視線を交差させる瞬間があった。


 おそらく、リズムやテンポの確認なのだろう。

 でも、琴葉には、とてもそれだけには見えなかった。


「なぁ、琴葉」

「なに?」

「双葉の声、お前と歌ってたときより少し高くね?」

「やっぱり、潤もそう思う?」


 気のせいかと思っていたが、感覚派の正統継承者である潤までそう感じているなら、琴葉の妄想というわけでもなさそうだ。

 音程が上にずれてしまうほどではないものの、より女の子らしい声色、と言えばいいだろうか。


(緊張してるだけなのか、それとも……)


 琴葉はふふ、と吐息を漏らした。

 潤に怪訝そうな眼差しを向けられ、慌てて緩んでいた頬を引き締める。

 いわゆるかわいげのある彼女でないことは自覚しているが、それでも気持ち悪いとは思われたくない。


「というかさ。私たち、付き合う前にお互いの曲の好みなんて知ってたっけ」

「いや、その場で確認した記憶あるぞ」

「だよね」


 潤と短く笑い合いながら、琴葉はサビの入りに合わせて手拍子の音を大きくした。

 背中を押されるように、翔と彩花の声も少しだけ大きくなる。


 本当に、うまくいってよかった——。

 琴葉の中に、自然とそんな思いが浮かんだ。




◇ ◇ ◇




(なんとか、事故なく歌いきったな)


 最後のロングトーンを歌い切ると、翔はふっと息を吐いた。

 息切れよりも安堵の側面が強いことは、自分でもわかっていた。


「これ、結構行ったんじゃない?」

「めっちゃ良かったぜ!」


 琴葉と潤の声が飛んできた。

 翔は隣に顔を向けて、ニヤリと口角を上げた。


「今度は歌詞間違えなかったもんな」

「草薙君のほうこそ、一箇所ちょっと怪しかったけどね」

「なんとか乗り切ったから」


 翔は肩をすくめつつ、彩花の表情がさっきよりずっとほぐれていることに気づいた。


(……まあ、楽しんでくれたならよかった)


 翔が意識を画面に戻したところで、ちょうど得点が表示された。

 翔と潤の、一点下——四ペア中、上から二番目だった。


「え、めっちゃたけーじゃん!」

「同じ男女ペアなのに、私と潤より三点も高いねぇ」


 潤が称賛するように拍手をする傍らで、琴葉が意味ありげに眉を動かした。


「お前らは好き勝手歌ってたからだろ。俺と双葉は、ちゃんとお互い合わせようとしてたから」

「確かに、ラスサビのロングトーンもアイコンタクトしてたもんね?」

「あれは誰でもそうするだろ」

「うん。入りが合わないと変になっちゃうし」


 翔の反論に、すぐに彩花も同調した。


「なるほど。その感性の相性が、現役カップルを超える秘訣か」

「い、いや、精密とはいえ機械の採点なんだし、私たちのほうが上ってことにはならないと思うけど」


 しみじみとうなずく琴葉に、彩花が慌てたように言葉を重ねた。


「そうだね。けど、私とよりも翔とのほうが点数が高いのは、ちょっと気になるなぁ」


 琴葉がすっと立ち上がって、彩花の隣まで歩いてくる。

 そして、先輩が後輩にダル絡みをするときのように、肩に腕を回した。


「どっちともハジメテなのに、ここまで差がついたってことは、私よりも翔との相性が良かったのかな?」

「へ、変な言い方しないでっ」


 彩花が声を裏返らせた。

 マイクを抱きながら耳の先まで赤くなっている様子を見て、琴葉がニマニマと笑みを深める。


 年齢と性別が異なれば、社会的に断罪されても文句は言えない表情だ。

 逆に彼女ならば、「私って中身『おっさんなんですよ』」と自己紹介をしても許されるだろう。




◇ ◇ ◇




「そういえば、翔ってさ。この四人の中で、彩花だけ苗字呼びなんだね」


 二巡ほどしたところで、琴葉がふと思い出したように口を開いた。


「そうだけど」

「前から、なんか違和感はあったんだよね。——せっかく仲直りしたんだし、いっそのこと、名前で呼んじゃえば?」

「「えっ……」」


 翔と彩花の声が、ぴったり重なる。

 一瞬だけ目を合わせて、同時に逸らした。


 名前で呼び合ったこと自体は、ないわけじゃない。

 けれど、それはあくまでおふざけの延長線上だった。


(いや、それよりも——)


「それを言うなら、潤も同じ状況だろ」

「彼氏に、こんなかわいい子と名前呼びなんて、させたくないよ」

「そういうもんか?」


 当の彼氏である潤が、いまいちピンと来ていない様子で首をかしげる。


「それはそうか」


 翔としては、理解できる感覚だった。

 潤と彩花の間で何かが起きると疑っているわけではなく、感情の問題なのだろう。


「でも、それなら俺だけってわけでもないんだし、このままでいいだろ。琴葉とは最初からそうだっただけだし、今更わざわざ変える必要もないと思う」

「そう? まあ、二人がいいならそれでいいよ。——けど、そんなきっぱり言わなくてもいいよねぇ?」


 琴葉が抱きしめるように、彩花に身を寄せた。


「いや、私は気にしてないけど……」


 されるがままになりながらつぶやく彩花の視線は、翔のほうを向いていない。

 翔はテーブルの脚を、靴の先でつついた。


「……少なくとも、琴葉に言われるがままじゃ、な」

第85話は「お姫様との三度目の正直」です!

これまでに二度あって、それでも実現には至らなかったアレが、ついに……というエピソードです!

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