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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第七章

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第81話 親友の彼女からの詰問と、翔の決断

 カラオケの個室に入っても、誰もマイクやデンモクに、手を伸ばさなかった。

 部屋の中央のテーブルに、さっきドリンクバーで汲んできたカップだけが置かれている。炭酸の泡が静かに弾ける音と、壁越しに別の部屋から漏れてくる歌声だけが、やけに大きく感じられた。


 琴葉が爽健美茶を一口飲んで、ふっと息をついた。


「二人はいいの? あれだけ噂になってて」


 その視線が、翔と彩花の間を行き来する。


「え、あ、その……」


 彩花が曖昧に笑って、言葉を濁す。

 コップの縁をきゅっと指でなぞり、それからちらっと翔のほうを盗み見た。


「なるほどね。——翔は?」

「双葉次第だな」


 彩花への追求の短さに違和感を覚えながら、翔は簡潔に答えた。


 昔ならともかく、今は周囲からの視線はあまり気にならない。

 ならば、より敏感な彩花の意見に従うべきだろう。


「翔、それは逃げだよ」

「……え?」


 鋭い眼差しに射抜かれ、翔はごくりと息を呑んだ。


「相手の意思を尊重するのも一つの優しさだけど、それと自分のスタンスを明確にしないのは別じゃないの? 相手の話は聞き出そうとして、自分の考えは話さないなんて不平等だよ。——彩花だって、翔の意見を聞いてから判断したいかもしれないのに」

「っ……」


 二の句を告げないでいる翔の正面で、彩花が慌てたように腰を浮かせた。


「ちょ、ちょっと琴葉っ! 今回のお出かけだってそもそもこっちから誘ったんだし、草薙君は関係ない——」

「彩花」


 琴葉は、ぴしゃりと言葉を切った。


「私は今、翔と話してるから」


 低く抑えた声だった。

 怒鳴っているわけではないのに、空気が一段階ひやりとする。


 彩花は、口を開きかけたまま固まった。

 顎を引き、唇をきゅっと結ぶ。


「翔は、今の状況をどう捉えてるの? 彩花の意見を聞くのも大事だけど、その前にまずは、翔自身がどうしたいのか。それをはっきりさせないと、本当の意味で仲直りはできないと思う」


 琴葉の口調は、それまでとは一転して、静かだった。

 翔はコップを揺らした。氷がからんと、場の雰囲気にそぐわない軽やかな音を立てる。


 花音に相談したとき、最終的には「まずは自分がどうしたいのか考えろ」と言われたはずだ。

 それなのに、どこかで「やっぱり彩花の意見を聞き出して、それを尊重するのが一番だ」と結論づけてしまっていた。


 今思えば、あまりにも受け身なスタンスだった。

 第一、それは「自分がどうしたいのか」という課題の答えじゃない。ただの選択権の放棄で、責任のなすりつけだ。


 もしもそんな結論をそのまま花音に話していたら、わがまますぎると呆れられていただろう。

 点数的には青点どころか、零点だ。潤を笑える立場ではない。


(なんかモヤモヤしてたのは、こういうことだったのか……)


 思い返せば、これまでもずっとそうだった。

 翔自身も彩花と過ごす時間を楽しんでいたのに、何か行動を起こすのは、いつも彩花だった。


 勉強会も、ランニングも、買い物も。

 誕生日プレゼントですらも、そもそも誕生日の話題を出したのは彩花だ。


 今のままではダメだ。

 恋人とか友達とか、呼び名の問題ではなく、おんぶに抱っこでは、いい関係など築けるはずもない。


(ちゃんと伝えよう。自分の言葉で)


 握った拳に、自然と力が入る。

 拒否されたらどうしよう——。

 ふと、そんな考えが浮かび、鼓動が早まる。


 けど、言葉にしなければ、伝わるものも伝わらない。

 他ならぬ、彩花が言っていたことだ。


 翔は静かに息を吸い込んだ。

 テーブルの上にコップを置き直し、顔を上げる。


「琴葉が言ったことは、正しいと思う」


 自分でも驚くくらい、声はまっすぐに出てくれた。


「今まで、深く考えたこともなかった。っていうか、考えないようにしてたんだと思う。琴葉の言う通り、俺は逃げてた。でも——」


 そこで一度言葉を切り、ほんの少しだけ、語気を強めた。


「双葉と過ごすのが心地いいから、ここまでずっと一緒にいたし、これからも、仲良くしたいって思ってる」

「っ……!」


 彩花の肩が震えた。

 瞬きひとつせずに自分を捉えるその瞳を正面から見据えて、翔ははっきりと言った。


「普通の友達関係と違うのは、わかってる。でも、周りの意見は気にしないし、俺はそんなことで仲違いなんてしたくない」


 翔がそう言い切ると、彩花は喉を鳴らし、視線を落とした。

 長いまつ毛が影を落とし、膝の上で指先がそわそわと動いている。


(……誰か、何か言ってくれ)


 じんわりと頬が熱くなっていく翔の願いを叶えたのは、琴葉だった。


「……まあ、合格としよう」


 冗談めかしてそう言ってから、彼女は彩花に水を向けた。


「翔はこう言ってるけど、彩花はどうしたいのか決まった?」

「うん……」


 彩花は間を取るように大きく深呼吸をして、それから、少しだけ姿勢を正す。


「……一緒に高め合える人がいるのは貴重だと思うし、それにその、ちょっと噂とか周りの視線とか気にしちゃって、距離を取っちゃったけど……これからも仲良くできたらいいなって、思ってます」

「なんで敬語なんだよ」


 翔は自然と頬を緩めた。

 落ち込んだり不安になっているのとは別に、こんなしおらしい彩花は初めてだ。


「べ、別にいいじゃんっ……要するに、これからもよろしくねって、だけのことだし」

「おう、よろしく」


 差し出された言葉をそのまま受け取ると、彩花はふん、と鼻を鳴らして、そっぽを向いた。

 耳のあたりまで、ほんのりと色づいている。


 思っていた仲直りの仕方とはだいぶ違うが、ひとまずは解決した、と思って良いのだろう。


「——よっしゃ、一件落着だな!」


 隣から、潤の手が勢いよく翔の肩を叩いた。

 痛いくらいだが、今はそれが、少しだけ心地よかった。宿題を早めに終わらせたときのような充実感が、じんわりと胸に広がる。


 自分としても、一歩を踏み出せた気がする。

 とはいえ、足を上げて前に出し、地面に着地する寸前までは、琴葉に補助してもらったようなものだ。彼女と潤が強引にでもこんな機会を作ってくれなければ、このまま拗れてしまっていた可能性もある。


(ちゃんと、お礼を言わなきゃな)


 顔をそちらに向けると、ちょうど目と目が合った。

 驚いた翔より一瞬だけ早く、琴葉が口を開いた。


「ごめんね。キツい言い方しちゃって」

「いいって。スッキリしたし、感謝しかないよ。それに、双葉が心配だったんだろ?」


 友達が曖昧な関係を続けていたら、心配になるのは当然だ。

 と言っても、世間一般でいう男女のように友達か恋人かではなく、友達なのかプロデューサーと生徒なのかが焦点なのだが。


「趣旨としてはそうだけど……微妙にズレてる気がする」


 琴葉が、小声でぼそっと漏らした。


「えっ?」

「ううん、なんでもない」


 すぐに首を振って、今度は彩花のほうへ向き直る。


「彩花もごめん。勝手に暴走しちゃって」

「全然っ」


 彩花は慌てて首を横に振り、それから視線を落とした。


「えっと、その……私はちゃんと、琴葉の気持ち、わかってるから」


 頬が、うっすらと赤い。

 気恥ずかしそうな彩花を見ても、琴葉は珍しく身悶えたりせず、ほっとしたようにはにかむのみだ。


(……やっぱ、女の子の感性ってやつはわからないな)


 理解を放棄することにして、背もたれに軽く体を預けた。

 そのタイミングで、不意にスピーカーからイントロが流れ始め——


「翔、君に決めた!」

「はっ?」


 反射的に声が裏返る。


「いつもこれ、お前からだろ? ほら!」

「まず、勝手にデュエット曲入れんなっ」


 文句を言いながらも、渡されたマイクを握りしめ、立ち上がると同時に歌い始める。

 しかし、音程バーには何も反映されない。


「翔。マイクってのは、電源入れねーとダメなんだぞー」

「お前がつけとけよ!」


 翔が咄嗟に言い返すと、彩花がくすくすと口元を抑えた。

 目元が柔らかな弧を描いている。


「っ……」


 翔は、必要以上に画面を凝視した。

 心臓の鼓動が、耳の奥で鳴り響く。マイクに音が入ってしまわないか、少しだけ心配になった。


(……女の子とカラオケなんて、慣れてないからな)


 椅子に座り直し、背筋を伸ばす。

 そして、音楽に合わせて、少しだけ大きめの声でマイクに向かって歌い始めた。

第82話は「親友のスタンス」です!

一件落着したかのように思われた翔君と彩花さんのすれ違いでしたが、潤君は何やら真剣な表情で琴葉さんと部屋を出ていき……?

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― 新着の感想 ―
>(……女の子とカラオケなんて、慣れてないからな) 幼馴染の彼女がいたのに? 将暉による寝取られエンドかと思ったのに仲直りしちゃった。 まだ可能性はゼロじゃない?
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