第77話 妹の自爆と、お姫様の仕返し
「お、お兄ちゃん⁉︎」
「花音、と……北斗君?」
翔がぶつかりそうになった女の子は、妹の花音だった。
その隣を歩いていた、花音の幼馴染の北斗も、目を丸くしている。
驚いているのは、彩花も同様なようだ。
だが、その瞳はすぐにイタズラっぽく細められた。
翔と彩花は以前、花音と北斗が一緒に帰る姿を目撃している。そのことを思い出したのだろう。
翔も、花音の今朝の様子から、北斗と出かけるのではないか、とは予想していた。
だが、まさか電車だけでなく、行き先まで被っていたとは。
「翔さん、久しぶりっす」
北斗が近づいてきて、軽く頭を下げる。
翔も「久しぶり」と返した。
幼いころは、よく彼と花音の公園遊びに付き合わされたものだ。
面倒に感じることもあったが、花音や北斗に対して悪感情を抱いてるわけではない。
「北斗君、だいぶ大きくなったね」
「成長期っすから。それよりデート……すか?」
北斗が彩花に続いて弓弦に視線を向けながら、首を傾げた。
「花音ちゃん。ちょっと久しぶりだね」
「お、お久しぶりです」
彩花が花音に話しかけるのを横目に、翔は首を横に振った。
「ううん、ちょっとした子守りのお手伝い」
「はあ……」
「そっちこそ、デート中?」
釈然としない表情の北斗に、翔は聞き返した。
「いや、別に、俺たちもデートじゃないっすよ。たまたま予定が合ったから、映画でも観るかってなっただけっす」
「そうなんだ」
翔は端的な相槌を打つに留めた。
言いたいことは山ほど、というわけではないが、せいぜい丘くらいはあった。
だが、互いの異性関係について、その異性本人がいるところでは揶揄わないというのが、花音との取り決めだ。
「ほ、北斗。そんなのいいから、行こ……あっ」
彩花から解放されたらしい花音が、北斗の腕をぐいっと引っぱる。
しかし、ふいに自分の手元をハッと見つめた。その頬が、みるみるうちに赤くなる。
「っ、……!」
花音は北斗の腕を振り払うと、そのままそっぽを向き、ズンズン奥へ歩き出した。
「あ、おいっ、いきなりどうしたんだよ——すんません。俺、行くっす」
「おう。妹をよろしくな」
北斗は小走りで花音を追いかけていった。
その背中を見送りながら、彩花は顎に手を当てて、どこか難しい顔をしている。
「ごめんな、双葉。あんまり気分の良くないものを見せちゃって——」
「草薙君」
「な、なんだ?」
真剣な声音に、翔は背筋を伸ばした。
彩花はまっすぐ前を向いたまま、きりっとした表情で口を開く。
「あの二人で、恋リアを撮ろう」
「妹を見世物にする兄がいるか」
「子供の顔で再生数を稼ぐ親ならいるじゃん」
「それがダメなんだよ」
翔はため息混じりにツッコミを入れた。
「安心して。草薙君がそんなのしようとしたら、お父さんに更生プログラムを実行させるから」
「父親を機械みたいに言うな。というかそんなの、絶対死ぬまで筋トレさせられるだろ」
「もちろん」
翔は、当たり前だと言うようにうなずく彩花に脱力してしまいながら、隣で成り行きを見ていた弓弦の頭に手を乗せた。
「翔くん?」
「まずはチケットを発券してから、飲み物とポップコーンを買いに行こうぜ」
「——うん!」
少し退屈そうにしていた弓弦の瞳が輝いたので、万事解決だろう。
◇ ◇ ◇
映画を観終わって、場内の明かりが戻る。
エンドロールが終わると、翔たちは他の観客と一緒に、シアターを後にした。
花音と北斗の姿は見当たらなかった。
「めっちゃ楽しかったねー!」
弓弦が大きく伸びをした。
「だな。最後の別れのシーン、普通にジーンときた」
「迫力もすごかったね。色も鮮やかだったし」
映画館を出ると、同じフロアにゲームセンターがあった。
体に振動が伝わるような映画館の音響とは違う、機械と人の声のざわめきが広がっている。
「ね、クレーンゲームやっていい? お母さんからお菓子に使っていいって、言われてるんだ〜」
弓弦がどこか得意げに、ポケットから五百円玉を掲げた。
その視線の先の明るい色とりどりのネオンの下には、有名どころのお菓子の箱が、ガラス張りの向こうに並んでいる。
「お菓子なんて、普通にコンビニで——」
「双葉」
翔は咄嗟に、たしなめようとする彩花の肩を掴んだ。
「っ……!」
彩花はびくりと肩を跳ねさせると、振り返り、驚いたように翔の手を凝視した。
肩がわずかにこわばるのを感じて。翔は慌てて手を離した。
「あ、ごめん。驚かせて」
「う、ううん……別に大丈夫だけど」
彩花はぎこちなく首を振った。
一瞬だけ翔の触れた箇所をちらっと見てから、翔に向き直る。
「それより、なに?」
「ああ、いや、俺もこれやったことあるからさ。弓弦にも、とりあえずやらせてあげてもいいんじゃないかなって」
効率だけを考えれば、コンビニで買うほうが、早いし確実だ。
ただ、小学三年生にそれを求めるのは酷だし、失敗から学ぶこともあるだろう。
「……確かに、それもそうだね。弓弦、やるからには頑張れ」
「わかった!」
弓弦が拳を握り、意気揚々とクレーンゲームの前に立つ。
(咄嗟に肩を掴んじゃったけど、嫌がられたかな……)
翔が弓弦の背中を見つめながら、先程の彩花との距離感を思い返していると、ふいに背後から、肩をトントンと叩かれた。
振り向いた瞬間、何かがむにゅっと頬に食い込んだ。
——彩花の指だった。
「えっと……双葉、どうした?」
「っ、別に」
彼女は頬をほんのり染めて、そっぽを向いた。
(さっきの仕返し……か?)
それにしては、表情にどこか不満の色が混じっているように見える。
それに、彩花にしては少々動機が子供っぽすぎる気がした。
ただ、それとは別に、頬に触れられたこと自体には、もっと驚くべきだったのだろう。
——実際には、女の子にそういうことをされた経験がなくて、うまく反応できなかっただけなのだが。
整えられた爪先は、当たり前だが痛くはなかった。
それなのに、頬に残るひんやりとした感触は、なかなか消えてくれなかった。
第78話は「お姫様との初めての……」です!
一体、翔君と彩花さんの間に何があったのでしょうか⁉︎
※「ハジメテ」ではございませんので、ご了承ください。




