第76話 弓弦の暴露と、お姫様の思案
先日、第75話を投稿し忘れていたので、本日のお昼に更新しました。
お読みになっていなければ、そちらから先に読んでいただければと思います!
今後は、このようなミスがないように気をつけますm(._.)m
「あ、翔くん——」
事前に決めていた号車から電車に乗り込むと、弓弦の声がした。
そばの手すりに掴まりながら、腕ごとぶんぶん振っている。
その隣では、彩花も控えめに手をひらひらさせていた。
夏休みに入っていることもあり、同じ号車でも二つ続きの空席は見当たらない。
「おはよ!」
「おはよう、弓弦」
弓弦は今日も元気いっぱいだが、周囲を気にしてか、声のボリュームはいつもより抑えめだ。
「草薙君。おはよう」
「おう。——あ、それ、着てきてくれたんだな」
「うん。まあ、せっかくだからね」
彩花が裾を指でつまみ、はにかむように笑う。
淡い青色のカーディガン。以前、夏っぽいという翔の意見を参考にして選んだものだった。
「似合ってるよ」
「ふふ、ありがと。でも、草薙君が選んでくれたんだから、これで似合ってないって言われたら、賠償モノだよ」
「マジか。適当なことは言えないな」
「えっ……適当だったの?」
彩花が目を丸くする。
信じられない、とでも言いたげな表情だ。
「そ、そういうことじゃないって」
「うん、わかってるよ」
「なんだよ……」
今からでも演劇部に入ればいいのに、と翔は思った。
そうなるとプロデュースの時間が少なくなってしまうので、口には出さないが。
「あのね、翔くんっ」
「ん?」
弓弦が翔の腕を引っ張り、嬉しそうに彩花の服を指さす。
「昨日、お姉ちゃん何着も服を並べて——」
「弓弦っ!」
彩花が慌てて弟の口を塞いだ。
「それ以上、一言でもしゃべったら、映画はキャンセルだからね」
「ふぉ、ふぉふぇんふぁふぁい」
弓弦が、くぐもった声を漏らす。
彩花は弓弦を腕の中にがっちりとホールドしたまま、鋭い眼差しを翔に向けてきた。
「草薙君、聞いてなかったよね?」
「ああ。よくわからないけど、とりあえず弓弦を解放してやれ」
「……うん」
彩花はふっと息を吐き、弓弦から手を離すと、その頭をポンと撫でた。
何を言おうとしていたのか、あとで弓弦からこっそり聞き出そうか、という考えが浮かぶ。
けれど、彩花は本気で嫌がるかもしれないし、ほんの思いつきで関係を悪化させたくはない。
翔は湧き上がった衝動を、胸の内で押しつぶした。
◇ ◇ ◇
電車を降りると、弓弦を真ん中にして横一列で並び、駅から映画館の入っているビルへ向かって歩き出した。
弓弦は、スキップ気味の軽い足取りで先へ先へと進んでいく。
「楽しみだねー!」
振り返った表情も、満面の笑みだ。
こちらの頬も、自然と緩んでしまう。
「そうだな。映画館だと迫力もすごいし」
「バトルシーン、早く見たいなー」
弓弦はさらに速度を早めながら、前方のビルを指差した。
「映画館は逃げていかないから、周りをちゃんと見なさい」
「はーい」
彩花の注意に素直に従い、弓弦が歩を緩める。
それでも上半身が前傾姿勢になっているのは、ご愛嬌だろう。
「やっぱり、草薙君もテンション上がる?」
「普通にワクワクしてるよ」
人気作なだけあって、テレビシリーズも普通に面白かった。
今回の制作会社は、戦闘シーンの作画に定評があるらしく、映像面の期待値も高い。
「他には、どんなジャンルを見るの?」
「それこそ戦闘系とか、あとはスポーツ系かな。歴史モノとか、恐竜モノも見るけど」
「ザ・男の子だねぇ」
「男の子だからな」
たまに、男子として見られていないような気がするので、念のために反復しておく。
彩花は「わかってるよ」と苦笑いを漏らした。それから、少しだけ真面目な表情になって、
「じゃあ、恋愛モノとかはそんなにって感じ?」
「いや、興味はあるよ」
「あ、そうなんだ? どんなの?」
そこで、彩花の食いつきが一段階強くなった。
意外だったのか、わずかに身を乗り出すように尋ねてくる。
「普通に青春系は興味あるよ。けど、なんとなく一人で行くのは気まずいし、かといって潤と行くものじゃないから、観てないんだよな」
「そっか……」
彩花はそうつぶやくと、顎に手を当て、まつ毛を伏せた。
どこか難しい表情だが、向こうから振ってきた話題だ。まさか、引かれたわけではないだろう。
翔がそんなことを自分に言い聞かせていると、弓弦がパッと前方を指差して、
「あ、青だ! 渡ろうよ!」
「……え、何?」
「弓弦、待った」
駆け出そうとした弓弦の肩を、翔は掴んだ。
彩花の反応が一瞬遅れていたのが視界に入ったからだ。
「あ、青だったんだ」
点滅し始めた信号を見て、彩花が眉を上げた。
「も〜、お姉ちゃんがぼーっとしてるから」
「ごめんね」
彩花は申し訳なさそうに、両の手のひらを合わせた。
「ま、チケットは取ってあるんだし、飲み物とかポップコーンが完売することは多分ないからさ。安全第一で行こうぜ。弓弦も、青だとしても左右は一回確認するようにな」
「わかった!」
弓弦は返事をしながら、つま先で白線をちょんちょん踏んだ。
彩花が目礼してくる。翔は小さく顎を引いた。
◇ ◇ ◇
映画館は、ショッピングビルの四階だった。
エスカレーターで上がると、映画広告のポスターが壁一面に張り出されている。
「草薙君が興味あるのって、例えばこういうのとか?」
その中の一枚の前で、彩花がふと足を止めた。
「そうだな。ミステリーチックな要素もあって、面白そう」
クラスメイトの男女が入れ替わってしまう、という青春映画だ。
お世辞ではなく、翔も興味を惹かれていた。
「他にはどんなのが好きなの? プロデューサーとして、情報収集しておきます」
彩花がメモに書き込む仕草をする。
「いや、プロデューサーは関係なくないか?」
「何言ってんの。リア充になるのが元々のゴールなんだから、青春映画の好みは最重要項目だよ」
「お、おう」
言われてみれば、関連性はある。
だが、決して最重要項目ではないだろう。
(恋愛映画について話したいだけなのかもな……さっきも、なぜか食いつき良かったし)
少しだけ微笑ましい気持ちになりながら、自分好みの設定について話すと、彩花はふんふん、とうなずく。
本当にメモを取りそうな勢いだ。
表情も、雑談にしては真剣なようにも見える。
まさか本当に、プロデュースの重要項目として捉えているわけではないだろう。
(だけど、男の恋愛映画の趣味なんて聞いても、楽しくないよな……)
だとしたら、彩花の狙いはなんなのだろう——
「ねぇ、いいから早く行こうよ!」
そんな翔の思考は、ふいに腕を引っ張られて、中断した。
その人物——弓弦に悪意などはもちろんなく、待ちきれない気持ちが溢れ出ただけだったのだろう。
しかし、急な衝撃に翔はバランスを崩してしまい、誰かにぶつかりそうになった。
「「あっ……」」
二つの声が重なる。翔と、少女のものだ。
(え、今の——)
翔はどこか聞き覚えがある気がしたが、まずは謝るのが先決だ。
「すみません」
「いえ、こっちこそごめんなさ……っ⁉︎」
相手の少女が、言葉の途中で息を呑んだ。
——それは、顔を上げた翔も同様だった。
「「……えっ?」」
翔と少女は、再び同時に声を漏らした。
「お、お兄ちゃん⁉︎」
「花音、と……北斗君?」
第77話は「妹の自爆と、お姫様の仕返し」です!
彩花さんは、誰に何を仕返しするのでしょうか……




