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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第七章

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第73話 お姫様の怒りと不安

「こんなの、絶対おかしいよ——」


 彩花が苛立たしげに、ジムのベンチに広げた翔の成績表を指ではじいた。


「篠原さんが四で、二回とも篠原さんよりも点数を取ってた草薙君が三なんて、筋が通らないよ。内申点は受験にも直接響くのに……こんなことしてるから嫌われるって、気づかないのかな」


 喉の奥で押し殺すようにそう吐き捨て、彩花は思いきり顔をしかめた。


(すごいな。それでも美人だ)


 翔が場違いな感心をしていると、彩花の鋭い眼差しがこちらを射抜く。

 翔は慌てて表情を引き締めた。


「草薙君。せめて理由を聞きに行ったほうがいいよ。私も付いていくから」

「気持ちは嬉しいけど、やめておくよ。遠藤にとっては俺のほうが不真面目に見えてたって言われたら、それまでだから」

「でも、草薙君は一回も遅刻してないし、提出物だってちゃんと出してたでしょ。篠原さんを悪く言うつもりは全くないけど、彼女よりも草薙君のほうが評価が低いのは納得できないよ」

「まあな」


 それは翔も同意見だし、翔だけではない。

 葵本人や小春ですら、「ウケるんだけど」「笑えないレベル」と評していたし、美波も「スキャンダルだ」と眉をひそめていた。


「けど、結果は変えられない以上、気にするだけ損だから」

「それは、そうかもだけど……じゃあ、どうするの?」

「決まってるよ。提出物とか発言もそうだし、発表とかもしっかり準備して、評価せざるを得ないくらいの点を取る」

「……大人だね」


 彩花が小さくつぶやきながら、再び翔の成績表を指ではじく。

 威力は先程よりもずっと弱い。


「そうやって、双葉が怒ってくれるからだよ」

「……えっ?」

「俺も、完全に切り替えられてはないよ。普通にむかついたし。だけど、自分じゃどうしようもない部分だし、何よりもさ」


 そこで言葉を切り、困惑したような表情の彩花に正面から向き直る。

 鼓動がわずかに早まるのを感じながら、それでも、これから伝える言葉に想いをのせるように、翔は笑みを浮かべた。


「——遠藤よりもずっと近くで見てくれてた先生が評価してくれるなら、それでいいかなって」

「っ……!」


 彩花の肩が、ぴくりと跳ねた。

 彼女は頬を赤らめながら、慌てたように顔を背けた。


「……先生じゃなくて、プロデューサーだから」

「はは、そうだな」


 翔が肩を揺らすと、間髪入れずに拳で突かれた。


「いたっ、なんでだよ?」

「なんかむかついた」

「プロデューサーはプロデューサーで、理不尽なんだよな——ごめんって」


 伸びてきた手首を軽く掴んで受け止めると、彩花はふん、と翔の腕を払った。

 そして、更衣室の扉の向こうへ消えた——が、すぐに小走りで戻ってくる。


 何事かと思っていると、ベンチに置いていた袋に手を伸ばした。

 手ぶらで更衣室に行こうとしていたらしい。

 袋を抱える彼女の顔は真っ赤だ。


「……ぷっ」


 翔は腹の底から込み上げる笑いを堪えきれず、噴き出した。


「っ……このあと、覚悟しなよ」


 彩花は潤んだ目元で翔を睨みつけると、バタン、と大きな音を立てて扉を閉めた。




◇ ◇ ◇




「よし、ラスト!」

「くっ……」


 翔は、胸のすぐ上で止めたバーを、背中の筋肉まで使って押し上げた。

 そして、ラックに戻そうとした瞬間——


「もう一回!」

「はっ⁉︎ うぐっ……!」


 反射で再び下ろしてしまった。腕と胸が悲鳴を上げる。

 呼吸を絞り出しながら、なんとか押し切った。


「ベンチプレス、おかわり!」

「おかしいだろ……!」


 歯を食いしばりながら、ヤケクソで腕を伸ばし切る。


「ほら、もう一回——」

「無理!」


 翔は叫びながら、最後の力を振り絞り、ラックにバーを残した。

 ガチャン、という金属音を聞きながら、ベンチに背中を預けて胸を大きく上下させる。


「仕方ないなぁ。合格にしてあげよう」

「……俺と双葉で、ラストの定義が違う気がするんだけど」

「理不尽に耐えることで、人は強くなるんだよ」


 彩花はどこかスッキリした顔をしている。

 先程の仕返しなのかもしれない。


(あれは単に双葉がおっちょこちょいだっただけなのに)


 まさに理不尽である。


「まあ……なんだかんだでできたってことは、今後はこれを基準にするべきだよな」

「えっ——」


 仰向けのまま、独り言のようにつぶやくと、彩花が息を呑む気配がした。

 顔だけをそちらに向ける。


「双葉、どうした?」

「いや、前までの草薙君なら絶対そんなこと言わなかったからさ。強くなったな、って」

「ま、数多の理不尽に耐え抜いてきたからな」

「っ——」


 翔がニヤリ、と口の端を持ち上げてみせると、彩花はハッと目を見開いた。

 かと思えば、膝の上で拳を握りしめ、うつむいてしまう。


(えっ、なんで?)


 翔としては、話の流れを汲んだ軽い冗談のつもりだったので、その反応に戸惑った。


「双葉、どうし——」

「ねぇ」


 張り詰めた声に遮られる。

 翔は思わず起き上がり、背筋を伸ばした。


「正直に答えてほしいんだけど……これまで、私といて嫌だなって思うこと、あった?」

「えっと……急にどうした?」


 翔は首をひねった。なぜ、突然そのような話に飛躍したのだろう。


「ほ、ほら……私って、たまに調子に乗っちゃうときとか、あるじゃん」

「ああ。確かに、謎にテンション上がるよな」


 他にも、理由もわからずに不機嫌になっていたり、かと思えば気づくと元気になっているときもあった。

 面倒とまでは思わないが、何度も振り回されたのは確かだ。


「な、謎には余計だけど……筋トレもそうだし、買い物とか髪型も、無理やり決めさせちゃったりとかしたから……嫌じゃなかったのかな、って」

「ああ……なんだ。そんなこと気にしてたのか」


 翔は思わず、詰めていた息を吐き出した。


「そ、そんなことって……私は、真剣に聞いてるんだけど」


 口調こそ強いが、こちらを伺う瞳は、不安定に揺れている。

 翔は目元を和らげ、ゆっくり首を振った。


「嫌じゃなかったよ、全部」

「……ほんとに?」


 彩花が眉を寄せる。納得していないようだ。


『ダメだよ。ちゃんと言葉で伝えないと、伝わるものも伝わらないんだから』


 脳裏に、彩花に言われた言葉が浮かんだ。

 翔はそっと呼吸を整えた。


「正直に言うと、買い物とかに関しては、もちろんプレッシャーを感じるよ」

「っ……」


 彩花の肩がぴくっと震えた。

 翔はすぐに「けど」と続けた。


「頼ってくれるのは嬉しいし、筋トレも自分の成長に繋がるから従ってるだけ。双葉も本当の無理は言わないしな。——だから、双葉といて嫌だったことなんて、一回もないよ」

「っ……なら、いいけど」


 彩花は手元をいじりながら、小さな声で答えた。

 耳先が、ほんのり火照っているように見える。


(ちゃんと伝わった……って、ことだよな)


 翔の顔にも、じわっと熱が集まる。


「……前にも言ったと思うけど、なんでそっちが恥ずかしがるの」


 彩花がちらっとこちらを見て、じっとりした視線を送ってきた。


「うるさい。それを言うならそっちこそ、前に香澄と会ったとき、マジで感謝してるって伝えたと思うんだけど」

「そ、そうだけど……それとはまた別じゃん」


 そこまで気にしてくれていた、ということなのだろう。

 翔の胸の奥が、ぽっと温かくなった。


「最近の双葉、ちょっと丸くなったよな」

「——よし、もうワンレップ行こうか」

「マジで勘弁してください」


 反射で頭を下げると、彩花がくすっと息を漏らした。


「って、く、草薙君っ!」

「ど、どうした?」


 焦った声を上げる彩花に、翔は身構えた。

 まさか、他にも何か不安に思っているのか——


「丸くなったって……体型の話じゃないよね?」

「そんなわけないだろ」


 全身から力が抜けて、翔はベンチに倒れ込んだ。




 ——数十分後。


「それでは、第一回・新ヘアスタイル挑戦会を始めます」


 彩花がワックスを手にすり込みながら、洗面台の前の椅子に座る翔の背後に立った。

 口調こそ畏まっているが、声は弾んでいる。


『この後、家に帰るだけだもんね?』


 シャワーを浴びる前の、悪巧みをする子供のような彩花の表情が脳裏に浮かび上がった。

 一体どんな髪型にされるのか、翔は不安で仕方がなかった。


(……さすがに、コーンロウにされることはないだろ)

翔君(の髪型)は大丈夫なのでしょうか……

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― 新着の感想 ―
なんとかっていう教師、今のところ話の本筋に関係ないくせに不快感だけばら撒いていくキャラになってるんですけどなんで存在してるんです?
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