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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第七章

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第71話 お姫様は親友に不満があるようです

「はい。じゃあ、全員ちゃんと間違い直しはしておくように。補習組はちゃんと来いよ」


 メガネをくいっと上げて遠藤が出ていく。

 実質、夏休み突入だ——一部の例外を除いて。


「潤……」

「マジか……」


 潤の答案を前に、翔と美波は絶句した。

 ちなみに今は翼が自席にいるので、美波は葵の席を使っている。


「いやぁ、さすがの俺もびっくりだったぜ!」


 照れたように頭を掻く潤の現代文の答案用紙の右隅には、十四という数字。

 赤点どころか、青点である。


「こいつ、赤信号を無視してたわけじゃなくて、ただただ青信号を渡ってただけだった……」

「さすがに、この可能性は見落としてたな……」


 賢明なのか馬鹿なのかわからないが、潤は全教科で三十点超えを目指すのではなく、なるべく赤点の科目数を減らすことに注力していた。

 一番苦手で、暗記科目よりも点数が伸びにくい現代文は、最初から捨てると宣言していた。それにしても、である。


「けど、補習はこれと地学だけだったぜ?」

「よかったな。副教科が直しだけで」


 もし家庭科やら音楽やらが補習対象だったら、潤は終業式まで毎日補習を受ける羽目になっていたかもしれない。


「潤、お前のも見せろよー」


 野球部のクラスメイトが、解答用紙をひらひらと振っている。


「おう、今行く——あっ」

「わっ」


 振り返った潤と、こちらに歩いてきていた彩花が、ぶつかりそうになる。

 しかし、潤が持ち前の反射神経で華麗に回避したため、両者が額にコブを作ることはなかった。身長差的に、彩花が潤の鼻に頭突きを食らわせていた可能性のほうが高そうだが。


「双葉、悪い。大丈夫か?」

「うん、平気。こっちこそごめんね」


 潤と謝り合った彩花は、今度は無事にすれ違い、翔と美波の間までやってくる。


「彩花殿。おかえりなさいませ」

「今度は何?」


 恭しく頭を下げた美波に、彩花が呆れたようにため息を吐いた。


「いえいえ、クラス一位にはこれくらいの敬意を払わないと。ほら、草薙君も」

「やらなくていいからね」


 翔に向けられた美波の手のひらを、彩花がパシッと叩き落とした。


「それより草薙君、最後はいい形で終われた?」

「七十二点だったよ」

「えー、すごいじゃん」


 彩花がぱちぱちと小さく拍手する。

 自分より潤一人分も高得点な相手に褒められているのに、悪い気がしないのは、素直に祝福してくれているからだろう。


「答案、見ていい?」

「え? まあ、いいけど」

「じゃあ、失礼して」


 彩花が膝に手をつき、机に置かれている答案を覗き込んだ。

 ふわっとシャンプーの香りがただよってくる。自然と、翔の背筋が伸びた。


 彩花はどこか難しい表情を浮かべている。二次試験で面接官と対峙したような緊張感だ。

 ペーパーテストよりも、面接のほうが緊張したのを覚えている。


 ふと、彩花の奥から視線を感じた。

 美波が頬杖をついてニヤニヤしていた。


『恋人持ちにしちゃいけない距離感っていうのは、わかってたんだなって』


 琴葉の声が頭で反響し、顔に熱が集まる。

 息を詰めた気配に気づいたのか、彩花が顔を上げた。


 自然と至近距離で見つめ合う形になり、鼓動が跳ねる。


「草薙君、どうしたの?」

「な、なんでもない。それより、どうだった?」


 意味もなく足元のバッグをいじる。

 頭上で、彩花が小さく息を吐いた。


「うん。記述もまとまってて読みやすかったよ。——それに、わざと採点ミスをしたりはしなかったみたいだね」


 彩花が翔に勉強を教えていることは、美波すらも知らないはずなので、学校で答案用紙を見せろと言ってきたのには、意外感を覚えていた。

 遠藤が不当に翔のテストを減点していないか、警戒していたようだ。


「さすがに、そんなことはしないだろ」

「どうだろ。遠藤ならやりかねないと思うけど。さっきだって、草薙君だけを目の敵にしてたし」

「あれ、ほんとにひどかったよね」


 美波が小馬鹿にするような笑みを浮かべると、彩花も腕を組み、苛立ったように指先で自らの腕をトントンと突いた。


「思い出したら、なんかムカムカしてきた……。よし、ちょっと抗議してこようかな」

「双葉、落ち着け」


 今にも歩き出しそうな彩花を、翔は慌てて腕で制した。


「元はと言えば、授業の邪魔をした俺が悪いんだから」

「それは、そうだけどさ」


 彩花は唇を尖らせ、髪の毛をくるくるいじる。

 とりあえず、突撃は思いとどまってくれたらしい。


 翔は胸を撫で下ろした。

 自分のせいで彩花まで目をつけられたら申し訳ない。


(……いや、ある意味、目はつけられてるのか)


 以前、遠藤はわざわざ女子の彩花を指名して、重い荷物を職員室まで運ばせようとしていた。

 彩花ではないが、思い返すと腹が立ってきて、翔は咄嗟に自分の答案用紙を掲げた。


「というか、すごいって言っても、双葉と吉良には負けてるしな。まだまだ頑張らないと」

「彩花に勝てないのは仕方ないって」


 美波がお手上げというように、両手を広げてみせた。


「美波だって、本気なら一位を狙えるくせに」

「いやいや、八十点台と七十点台の間には、容易に越えられない壁があるのだよ」

「またそうやって、はぐらかすんだから」


 彩花がほんのり眉を寄せたところで、担任が入ってきた。


「はい。ホームルーム始めるから、席につけー」

「ほら、彩花。怒られちゃうよ?」

「……わかってるよ」


 彩花はわずかな不満を表情に残したまま、席へ戻って行った。


「草薙君」

「なんだ?」

「彩花の相手は任せたよ。君ならいずれ、あの子と渡り合えるかもしれない」


 美波は芝居がかった台詞にウインクを添えて、自席に腰を下ろした。

 彩花は真剣勝負を望んでいるのに、当の美波にその気はないようだ。


 そういえば今朝も、どこか大袈裟に彩花を持ち上げていた。


(なんで、吉良は双葉と競わないんだろうな)


 客観的に見て、美波は彩花と渡り合えるだけのものを持っている。

 勉学だけでなく、容姿などにも言えることだ。競争を嫌う性格にも見えない。


 それなのになぜ、彩花の勝負は避けようとするのか——。

 その違和感の正体は、このときの翔にはわからなかった。

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