第67話 お姫様vs幼馴染
「重い……」
首の後ろにじりじりと夕陽が刺さるのを感じながら、香澄はため息を吐いた。
買い物袋の持ち手が左右の手のひらに食い込み、肩や肘で持ち替えても、結局は同じ腕だ。さすがに疲労感を覚えていた。
わかっている。素直に頼らなかった自分が悪い。
翼は「持とうか?」と申し出てくれたのに、「大丈夫」と返したのは自分だ。
(でも、あいつは強引にでも持ってくれたのに……って、私は何を考えてるの。翼は私の意見を尊重してくれただけ。正しいのは翼だわ)
その翼は、買い物が終わると香澄と別れて、部活仲間との自主練に向かった。
出先から練習に直行とは、さすがの向上心だ。
どのみち、香澄はこのあと美容院に行く。
ついて来られても意味はない。
「そんな過保護な扱いなんて求めていないし、そもそも私の柄じゃないもの」
誰にともなくつぶやき、一転して足早に歩き出した。だが——
「……翔?」
正面から歩いてくる翔と彩花の姿を認め、足が止まった。
◇ ◇ ◇
香澄が翔と彩花を見比べ、驚いたように眉を上げる。
「二人揃って、美容院の帰りかしら?」
「ああ」
翔は彩花の前に半歩出て、簡潔にうなずいた。
香澄がその場に留まっているので、仕方なく問い返す。
「もしかして、そっちもこのあと行くのか?」
「……よくわかったわね」
「なんとなくだよ」
やはりというべきか、希を指名していたもう一人の同級生というのは、香澄だったようだ。
だが、わざわざ話題を広げる必要はないだろう。
「そうよ。とは言っても、あなたたちとは違って、一人で行くところだけれど。美容院終わりに買い物デートなんて、洒落てるじゃない」
「ちょっと事情があったんだよ。そういうのじゃない」
いつもより踏み込みが強い。
翔は眉間にシワを寄せ、香澄の買い物袋を顎で示した。
「というか、デートしてたのはそっちだろ」
「まあ……そうだけれど」
香澄はそれを、翔と彩花の視界から遠ざけるようにぐっと引いた。
その視線が一瞬だけ、翔の持つ彩花の荷物に向けられたような気がした。
「その桐生君は、もう一緒じゃないの?」
「えぇ、サッカー部の自主練に行ったわ。すごいわよね」
彩花の問いに対して、香澄が口の端を歪める。
言葉だけ見れば、彼氏自慢に聞こえるが、その笑顔はどこか引きつっていた。
(でも、不満があるのを誤魔化すために褒めるようなタイプでもないよな……)
「翔——」
違和感を覚えていた翔を、香澄の鋭い眼差しが射抜く。
「なんだ?」
「あなたもデートなんかに現を抜かしている暇があったら、翼のように努力をしたほうがいいと思うわ。いくら髪型や服装を整えても、肝心の中身が強くなっていなければ、なんの意味もないもの」
「っ……わかってるよ、そんなこと」
翔は吐き捨てるように答えた。正論だと思うが、香澄に言われる筋合いはない。
というより、いきなりなんでそんなことを言われなければならないんだ。
「——どうして、草薙君が努力をしていないなんてわかるの?」
拳を握りしめる翔の背後から、鋭い声が放たれた。——彩花だった。
香澄はたじろぐように息を呑んだが、すぐに目を細めて彩花を見る。
「何が言いたいの? 双葉さん」
「言葉通りだよ。赤月さんは草薙君が普段どんな生活をしてるかなんて、全然知らないじゃん。それなのに、どうして彼が努力してないなんて言い切れるの?」
「そ、それは……」
香澄が言い淀み、間を誤魔化すように唇を舐める。けれど、彩花の勢いは止まらない。
「草薙君はすごく努力してるよ。髪型や服装だけじゃない。筋トレも勉強も頑張ってる。その証拠に、顔立ちも少し変わってきた。親しくなってから二ヶ月も経ってない私でもわかるんだから、赤月さんが気付いてないとは思えないけど」
彩花の挑発するような言葉に、香澄のまぶたが震えた。
「赤月さんからすれば、それでもまだ桐生君には敵わないって思ってるのかもしれないし、事実としてはそうなのかもしれない。草薙君が頑張り始めたのは、ここ最近のことだからね。けど——」
彩花は語気をわずかに強め、翔の横へ進み出ると、その腕にそっと指先を添えた。
「それでも、頑張っているのは事実だから。それは赤月さんにも否定させないよ」
「っ……」
香澄の肩がぴくりと跳ねた。
彩花はふっと息を吐き出し、眼差しを和らげて続ける。
「それに、そもそも今は私から誘ったんだから、どちらかというと現を抜かしているのは私のほうだしね。——それより赤月さん、そろそろ予約の時間じゃないの?」
彩花が腕時計の盤面をトントンとつついた。
「……そうね。邪魔したわ」
香澄は絞り出すようにそう言うと、翔とも彩花とも視線を合わせることなく、足早に横を通り抜けていった。
袋の持ち手を握る指先は、先程よりも赤みが濃くなっていた。
(あいつ……)
翔はその背中を振り返り、眉を寄せた。
——そんな彼の横顔を、彩花がじっと見つめていた。




