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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第六章

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第63話 お姫様とファミレスに行った

「香澄——」


 テスト返却とホームルームが終わると、翼が香澄に声をかけた。


「今日、部活休みだからさ。この後どっか行かねえ?」


 香澄はちらりと翼を見たが、すぐにスマホを取り出していくつかの操作を行い、考え込むように眉を寄せる。


「……十六時に美容院の予約をしているから、その前までなら」

「あ、ああ。それで全然いいよ。美容院って、店員さんがフランクで、店の雰囲気も落ち着いてるって言ってたとこか?」

「えぇ」


 香澄の眼差しは手元のスマホに固定されている。テスト終了から二日ほど経過しているが、二人の温度感は冷え込んだままのようだ。

 翼の気遣うような様子から察するに、話し合いが進んでいないというよりは、原因がわからなくて困惑している、という感じだろうか。


(というか、俺らもこのあと美容院に行くけど……ま、ただの偶然か)


 香澄は翔と付き合っていた当時とは美容院を変えたようだが、そんなミラクルは起こらないだろう。

 というより、できれば起こってほしくない類のものだ。


「草薙君、お待たせー」


 軽い足取りで彩花がやってくる。彼女はすでに、カバンを肩にかけていた。


「双葉、早いな」

「あんまり時間的な余裕もないからね」


 言外に早く支度しろ、とせっついてくるが、余裕はまだある。

 本当に急いでいるのではなく、自分の発案がいよいよ現実になるのが楽しみなのだろう。


「よし、終わった」

「忘れ物はない?」

「大丈夫」

「なら、行こう」


 翔がリュックを背負うと、彩花はスタスタと扉に向かって歩き出す。

 意外と子供らしいとこもあるよな——。

 彩花が聞いていたら確実に怒りそうなことを胸の内でつぶやきながら、翔は彼女の後に続いて教室を出た。




◇ ◇ ◇




「双葉。飲み物、何がいい?」


 案内された席で向かい合わせに座り、料理の注文を済ませると、翔は立ち上がった。

 昼過ぎのファミレスは制服の高校生が多く、明るいざわめきがあたりを包み込んでいる。


「オレンジジュースをお願い。ありがとね」

「おう」


 ドリンクバーへ向かうときも、戻ってきてからも、翔はつい周囲を見回してしまった。


「草薙君。もしかして、初めての店とかちょっと苦手?」

「えっ? い、いや、そんなことないよ」


 制服の袖口を引っ張りながら、視線がまた、明らかにカップルと思われる制服姿の男女へ引き寄せられた。

 楽しみに来ている彼ら彼女らとは違い、翔と彩花がここにいるのは、あくまで効率を重視した結果だ。だから、気にする必要はないと頭ではわかっている。

 それでも、この状況では意識するなというほうが、無理な話だった。


 だが、そんなことは、周囲を気にするそぶりのない彩花には言えるわけがなかった。確実に笑われるし、引かれるかもしれない。


「ただ——覚悟はしてたけど、今日返ってきた分は、あんまり良くなかったからさ」


 翔はそそくさとバッグから透明ファイルを取り出し、解答用紙を彩花から見える向きで並べた。

 英語、地学、古典。魔の二日目の教科は、手応えの通り、全て振るわなかった。


「でも、思ったより悪くないじゃん。全部、平均前後に収まってるし」

「地学も古典も、暗記科目と言えば暗記科目だからな」


 範囲の決まった定期テストは、覚えればなんとかなる設計だ。

 思考力の配点が大きい現代文や数学でなくてよかった。


「古典に関しては、毎回寝落ちしそうになってたのに、よく覚えられたね」

「睡眠学習ってやつだよ」

「とかいって、教科書を抱き枕にして、頬に跡とかつけてそうだけど」

「そ、そんなわけないだろ」


 口元が引きつる。——心当たりしかなかった。


「え……ほんとに?」

「ま、まさか。そんな漫画みたいなことはしないって」


 強めに否定すると、彩花は真剣な顔つきで顎に指を当てた。


「学校では見たことないから……可能性があるとすれば土日か。よし、花音ちゃんに聞いてみよう」

「それだけは勘弁してください」


 翔は太ももに手を添え、サッと頭を下げた。

 花音には写真を撮られている。あんなものを彩花に見られたら、精神的ダメージは計り知れない。


「やだなぁ、冗談だよ」


 彩花はスマホをしまいながら、くすくすと笑っている。

 双葉なら本当にやりかねないし、という文句が翔の喉元から出かかったが、なんとか飲み込む。


「……でも、評定のことを考えると、今回取れなかったのは、ちょっと痛いけどな」

「そうだけど、逆にいえば、次で大幅に上がる可能性も残したわけじゃん。そうなったら、夏休み中に頑張ったんだなって、印象よくなるんじゃない?」

「よし、その方針でいこう」


 翔はパチンと手を打った。

 彩花が「その意気だ」と目元をやわらげ、解答用紙を手に取った。


「じゃあ、早速やろうか」

「了解」


 気合いを入れるようにペンを握った翔の視界には、周囲のカップルの姿はもう残っていなかった。




◇ ◇ ◇




「ここ、このときの草薙君の心境が出ちゃってるよ」


 彩花が英語の設問をペン先でトントンと叩いて、頬を緩めた。


「ん? 何が——あっ」


 示された一文は一見普通だが、よく観察すると “tell” が “hell” になっていた。


「何やってんだ、俺……」

「ここまで動揺してる草薙君、ちょっと見てみたかったなー」

「カンニングだぞ」

「そしたら、私の点数下がっちゃうところだったね」


 翔は「ぐっ」と言葉を詰まらせた。わかっている。まだまだ彩花には敵わない。それでも、本人から言葉にされると、素直に受け入れられなかった。

 無言で睨むように見つめると、彩花は肩をすくめ。「ごめんごめん」と舌を出した。全く反省の色が見られない。


(憎たらしいほどサマになってるな……)


 翔はため息をひとつ落として、グラスに手を伸ばす。

 とはいえ、本当に怒っているわけじゃない。——というより、彩花には感謝しかなかった。


 彼女がいなければ、二日目のショックから立ち直れなかったかもしれないし、そもそもの学力レベルも大して上がっていなかっただろう。

 テクニック面もそうだが、それよりも精神面で、彼女の存在は本当に大きかった。


「双葉。デザートは食べるか?」

「うーん、迷ってるんだよね」


 彩花の指が、メニュー表を弾く。


「ここのティラミス、美味しいんだけど、お金ないからなー……」


 眉を寄せ、唸り声を漏らす。本気で悩んでいるようだが、甘いもの自体には前向きらしい。

 ——それがわかっただけで、翔には十分だった。


「なら、食べ終わってから考えてもいいんじゃないか?」


 そう言いながら、さりげなくスマホを取り出した。

 ティラミスが翔の食べたドリアと同じ値段であることに驚く。ティラミスが高いというよりは、ドリアが安すぎるのだろう。企業努力の賜物だ。


 スマホやタブレットによる注文は、年配の人にとっては大変だろう。

 ただ、今の翔には、とてもありがたかった。

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