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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第六章

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第62話 美容院の予定と、思いがけない提案

 家に着くころには、通知が三つ増えていた。

 彩花から、候補日のリストと予約サイトのリンク、そしてスタンプが届いている。


(いつにも増して、手際がいいな)


 帰ってすぐに調べてくれたのだろう。前後で予約するというアイデアを、かなり気に入ったらしい。

 スタンプは首を傾げたうさぎだった。「どれにする?」と訊かれているみたいだ。


「翔。スマホをいじる前に、手を洗いなさい」

「あ、やべっ」


 意外と汎用性が高いな、と驚いていると、台所から京香の声が飛んできた。

 スマホを伏せてソファーに置き、小走りで洗面所へ向かう。


 手を洗っていると、ブーブーというバイブ音がリビングから聞こえた。

 慌ててうがいを済ませて戻ると、着信はちょうど切れたところだった。画面には「双葉 彩花」の文字が残っている。


 自室に入って扉を閉めるなり、翔は着信履歴から折り返した。


「ごめん、双葉。うがいとかしてた」

『全然いいよ。むしろ、よくできました』

「子供扱いすんな」


 翔が思わず口先を尖らせると、電話口から笑い声が漏れた。

 ……余計、子供だと思われたかもしれない。


『それより、メールよりも決めやすいかなと思って電話したんだけど、大丈夫?』

「問題ない。日程、調べてくれてありがとな」

『うん。やっぱり平日のお昼過ぎは空いてるね』


 明日からはテスト返却で午前上がりだ。社会人や大学生はあまりいないだろう。


『いつがいい? 出来を確認したいから、草薙君が先のほうがいいと思うけど』

「そうだな……双葉的には、筋トレがない日のほうがいいって感じか?」


 送られてきた候補の印に目をやる。

 木曜が○、水金が△。美容院ではなく、彩花側の都合だ。


『うん。予定が詰め詰めなの、あんまり好きじゃなくてさ』

「了解。なら、明後日はどうだ? あっ——でも、十五時半から予約入ってるから、前後で予約するのは難しいか」


 帰宅や昼食の時間を考えると、翔が美容院に着くのは早くても十四時過ぎだ。

 以前は一時間もかからずに終了したが、連番は難しいだろう。


『けど、水曜日と金曜日はジムあるからなー……。あ、じゃあさっ』


 低く唸るような声が、ふっと弾ける。


『草薙君が良ければだけど、学校の後、一緒にお昼を食べない?』

「えっ……あ、美容院の近くで、ってことか?」

『そそ。今調べてみたら、歩いて数分のところにファミレスがあるんだ』


 翔は検索しようとしていた指を止めた。相変わらずの仕事人ぶりだ。


『そこに直行して、軽くテストの振り返りとかしながら食べるのはどう? 効率がいいし、なんか楽しそうじゃない?』

「なるほど」


 ファミレスであれば財布はほとんど傷まないし、移動時間を短縮してテストの復習もできるのなら、時間をお金で買ったと思えば悪くない。


(けど……)


 女の子と二人きりでファミレスに行くなど、いつぶりだろう。

 香澄とは何度か行っていたが、幼い頃に家族ぐるみで連れて行かれた経験のせいで、あまり意識はしていなかった。


『もちろん、無理にとは言わないよ? パッと思いついただけだから』

「——いや、それで行こう」


 考えるよりも早く、翔は了承の返事をしていた。


「ほ、ほら、テストの振り返りは早いほうがいいしさ」

『そうだね。やる気があるようで何よりだよ』


 受話口の向こうの声音が、一段と明るくなった。また子供扱いされているようで、胸の奥がむず痒い。


(……この場合は、生徒扱いか)


 自分の教えた通りに誰かが伸びていくのは、教える側として素直に嬉しいものだ。

 弓弦にサッカーを教えたとき、翔はそれを知った。


『それで、次の髪型はどうするの? マッシュも似合ってるけど、センターパートとかに挑戦してみてもいいんじゃない?』

「あー……今の髪型に慣れてきたら、考えてみるよ」

『する気ないでしょ』


 鋭い切り返しに、翔は息を呑んだ。——図星だった。

 センターパートの自分は、正直なところ想像できない。あれは大学生がやるものだという認識があるし、そもそも似合う自信もなかった。


『やっぱり』


 くすっという息遣いが聞こえた。プロデューサーには、こちらの腹の内など筒抜けのようだ。


『でも、確かに今はその髪型を洗練させていくことが大事だと思うし、コロコロ変えても見栄えは良くないから、しばらくはマッシュのままでいいんじゃないかな』

「だよな」


 翔はホッと胸を撫で下ろした。もし理詰めで説得されたら、泣く泣くセンターパートを試す羽目になっていたはずだ。


『急に元気になったね』

「っ……うるさい」


 頬にじわじわと集まる熱を追い出すように、翔は天井を見上げて息を吐き出した。電話でよかった。


『その代わり、夏休みに入ったら、私の気分でいろいろ試させてもらうから』

「おい、絶対、俺で遊ぶ気だろ」

『そんなことないよ? 似合ってる髪型を見つけるのも、プロデューサーの役目だから』


 もっともらしい理屈の陰で、すっとぼけた笑みを浮かべているのが目に浮かぶ。


『センターパート、七三分け、コーンロウ、ベリーショートとか、しっかり学んでおくから、楽しみにしてて』

「ちょ、ちょっと待て。一個、やばいの入ってないか?」


 電話なのに、翔は思わず立ち上がっていた。


『えっ、七三分け?』

「コーンロウだよ!」

『あ、そっちか』


 白々しい返答に体から力が抜けて、翔は崩れるように椅子に座り直した。お尻の下で、ぎしっとわずかに音が鳴った。


『ふふ。まあ、それは冗談だけど、他の髪型も試してみたいのはほんとだから。覚悟しててね』

「お、お手柔らかにお願いします……」

『考えておこう』


 なぜか尊大なその声色に、翔は平穏な夏休みが送れそうにないことを悟った。


『それと、ちゃんと予約しておいてね』

「もちろん。すぐにやるよ」

『よろしい』


 満足げな声が聞こえる。どうやら、すっかりプロデューサーモードに入っているらしい。


「一応、完了したらスクショを送るよ」

『うん、そうしてくれると嬉しい。じゃ、また明日ねー』

「おう、また明日」


 たっぷり三秒待ってから、通話終了ボタンを押した。


「翔、ご飯よ」


 そのとき、階下から京香の声が飛んでくる。


「了解ー」


 返事をして、翔はスマホのカレンダーアプリを開き、木曜日の欄に『外食(昼)→美容院』と入力した。

 すぐ下の『家族で外食(夜)』という予定が目に入った。少し迷ってから、先頭に『双葉と』と付け足してみる。


「……いや、別に美容院は一緒ってわけじゃないしな」


 すぐに追加した分を削除すると、翔はスマホをベッドに放り投げ、階段を駆け降りた。

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