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第6話 お姫様は意外と強引です

「ふ、双葉? なんでここに……」

「ふふ、ドッキリ大成功ってやつかな。やっぱり、写真よりも実物を見るべきだと思ってさ」


 どうやら偶然ではなく、元々お忍びで来る予定だったらしい。


「でも、友達と予定があるって言ってなかったか? ちらっと聞こえてきたけど」

「こうしてクラスメイトと会ってるんだから、大枠は間違ってないんじゃない? あの人たちに詳しく説明する必要もないしね」


 あっさりした口調だ。

 プロデューサーとしての責任感なのか、誘いを断る口実がほしかったのか。おそらく両方だろう。


「にしても、なかなかいい感じになったね。クラスの人が見たら、一瞬草薙君だってわからないんじゃない?」

「顔をよく覚えてないから?」

「そ、そういうことじゃないよっ、結構雰囲気変わったって意味!」


 あわあわと手を振る様子に、堪えきれずに吹き出してしまう。


「大丈夫、わかってるよ」

「……やっぱり、意地悪だよね」

「そんなことないだろ」


 そっちが素直すぎるだけじゃないか——。

 そのツッコミは、胸の奥でそっとつぶやくだけにしておく。


「でも、そんなに変わった?」

「うん、かなり。前髪軽くするだけで、ちょっと爽やかになった……っていうか、普通にかっこいいよ?」

「そ、そっか」


 社交辞令だとわかっていても、やはり照れてしまう。


「と言っても、まだまだ序の口だけどね」

「うっ……まあ、髪型だけで化けるなら、苦労しないよな」

「そういうこと。やるからには徹底的にやるからね——というわけで、次は服装かな。オシャレ着とかある?」

「今日着てるようなのばっかだな」


 基本、白か黒の無難なシャツと、同じようにシンプルな羽織ものしか持っていない。

 パーカーやダウンなどは一応持っているが、しばらく出番はないだろう。


「基本はそういうのでいいと思うけど……夏とか秋に向けて、買い足す予定は?」

「一応、一通り買おうとは思ってる。夏休みは毎日私服だしな」


 悲しいことに、去年と同じサイズを買うことになるだろうが。


「ちょうどいいね。じゃあ、いこっか」

「えっ、どこに?」

「服、買いに行くんだよ。せっかくセットしてるんだし、女子目線の意見も必要でしょ……って、いきなり言われても難しいか。また後日にしたほうがいい?」

「い、いや、後日っていうか、そこまでしてもらうのは申し訳ないって」


 さすがに甘えすぎだろうと思って辞退する。

 しかし、彩花も引き下がらなかった。


「いいの。私がプロデュースするって言ったんだから。発言には責任持たないとでしょ?」

「それはそうだけど、別に無理しないでいいんだぞ」

「無理じゃないよ。やりたくてやってるだけだし」


 彩花が唇を尖らせ、そっぽを向く。どこか意地になっているようだ。

 この角度では、平行線になるだけだろう。


「でも、いいのか? 学校のやつらに俺と一緒にいるとこ見られたら、面倒なことになるかもしれないぞ」

「全然いいよ。……あっ、草薙君はいや?」

「そんなことないよ」


 小さな声で問われ、翔は慌てて首を振った。

 男子からの嫉妬を考えると、胸が少しざわつく。それでも、あくまで可能性の話だ。


「アドバイスしてくれるなら、正直ありがたい。ちょうど、持ち合わせもあるし」

「そっか。じゃあ、このまま行っちゃおう」


 彩花はくるり踵を返し、着いてきてと言わんばかりにスタスタと歩き出す——が、すぐに足を止めて振り返り、ニヤリと口の端を上げる。


「言っとくけど、私は厳しいからね?」


 ……やっぱり、遠慮しておくべきだったかもしれない。




◇ ◇ ◇




 駅前のショッピングモールに着くと、彩花は一直線に服屋へと進んでいった。

 予算的にも、大衆向けの値段の張らないところだ。


「じゃあ、まずはトップスからかな。ちょっと待ってて」


 そう言うなり、彼女は店内を軽やかに歩き回り、次々と服を手に取っていく。

 色味や形を迷いなく判断しながら、翔の胸元にあてがっては首をかしげ、別の服と入れ替える。その動作に迷いはなく、翔はマネキンのように棒立ちするしかなかった。


「はい、これとこれと……あとこれも着てみて」

「お、おう」


 両手いっぱいに押し付けられた服を抱え、試着室へと押し込まれる。

 カーテンを閉めた瞬間、思わず小さなため息が漏れた。


(なんか……完全にペース握られてるな)


 それでも、彩花の真剣な目を思い出せば、文句など言えるはずもなかった。どころか、何かしらお礼をするべきだろう。

 彼女は遠慮するだろうが、さすがに申し訳ないし、ちっぽけながら男のプライドもある。隙間時間に、近くのカフェでも調べておこう。


 全体的に、彩花が選んだものはシンプルだ。翔の趣向を考えてくれたのかもしれないが、好んでいるというよりは、他を知らないだけである。

 ゆえに、似合っている自信はない。髪をセットしているため多少はマシだが、鏡に映る少年はなんとも平凡だ。


「どう、かな?」


 そっとカーテンを開けると、腕を組んだ彩花の視線が突き刺さる。

 一瞬、その目が少しだけ柔らかくなった。


「うん、悪くない——と、言いたいところだけど、表情が自信なさすぎ。あと、猫背を治して。それじゃあせっかくの服が台無しだよ」

「あっ、ハイ」


 すぐさま背筋を伸ばし、胸を張る。


「そうそう、それ! 今のほうが全然いいじゃん。鏡、見てみてよ」


 なるほど。自信がありそうとまではいかないが、先程よりは幾分男らしい。


「姿勢って、けっこう大事なんだな」

「そうだよ。服よりまず、人間の形が整ってないと」

「確かに」


 内面にも言えそうなことだ。

 次の服に着替え、意識的に背筋を伸ばしてから、再びカーテンを開ける。


「今度はどうだ?」

「うん、いいんじゃない。ちょっと肩張りすぎだけど」

「うす……」

「あっ、縮こまった」


 仕方ないだろ、と胸の内でこぼす。

 気合いを入れすぎたと言われたようで、穴があったら入りたかった。


 実際には穴などあるわけがないので、とりあえずカーテンの奥に引っ込んだ。




◇ ◇ ◇




 店を出ると、夕暮れの光がガラスに反射してきらめいていた。


 結局、トップスとボトムスを二着ずつ購入した。

 かなり痛い出費で、彩花もボトムスは一着でもいいのではないかと言ってくれたが、戒めのためにもあえて身銭を切った。


「やる気があるようで、プロデューサーは嬉しいよ」


 腕を組みながらウンウンとうなずく彩花の表情は、どこか充実していた。

 それでも、それに甘えていいのかは別の話だ。


 少しだけ鼓動が早まるのを感じながら、口を開く。


「なぁ、双葉。この後、ちょっと時間あるか?」

「うん、あるけど……どうしたの?」

「近くにカフェがあるから、寄ってかないかと思って。色々付き合ってもらったし、お礼ってことで」

「えっ——」


 彩花が口をポカンと空けて固まった。

 次の瞬間、唇を緩ませてクスクスと笑う。


「草薙君って、意外と積極的なんだ?」

「そ、そういう意味じゃないって。ただのお礼だから」

「ふふ、わかってるよ。そこまで必死に否定しなくてもいいって。でも、そういう気遣いができるところは、やっぱり草薙君のいいところだと思うな」

「……そうか」


 なんて返せばいいのかわからず、素っ気ない返事になってしまった。


「そうだよ。じゃあ、せっかくだし甘えさせてもらうね。——今後の計画も立てないとだし」


 彩花の瞳がギラリと光る。

 翔はもう、無理をするなとは言わなかった。


(本当に進んでやってくれてるみたいだし、その分、お礼をすればいいだけだもんな)


 カフェだって安くはないが、香澄とのデート代も多くは翔が出していたため、元々出ていく予定だったものだ。


(……あれ?)


 ふと違和感を覚え、胸に手を当てる。

 これまではずっと、香澄のことを考えるたびに刺すような鋭い痛みに襲われ、呼吸がしづらくなっていたというのに。


 言うまでもなく、彩花の存在が大きいだろう。

 彼女が引っ張ってくれていなければ、まだ前を向くことすらできていなかったかもしれない。


「どうしたの? 体調悪い?」

「いや……ケーキ、二個食べてもいいぞ」

「えっと、太っちゃうから気持ちだけもらっておくね」

「はは、それはそうだな」


 口元を引き攣らせる彩花を見て、自然と笑いが漏れた。


「っ……」


 彩花はほんの一瞬、目を見開いたが——すぐにふっと表情を和らげた。

 その温かい視線に、翔の顔が熱くなる。慌てて背を向けた。


「ほ、ほら、早く行こうぜ。遅くなっちゃうし」

「ふふ、そうだね」


 軽やかな声を背中に受けながら、早足で歩き出す。

 頬を撫でるそよ風が、やけに心地よかった。

20時ごろに第7話も公開予定です!

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