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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第五章

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第57話 四人での勉強会③ —お姫様に足を踏まれた—

「俺と潤、双葉と琴葉が隣同士のほうがいいよな」

「だね」


 彩花がうなずき、躊躇いなく翔の正面に腰を下ろす。潤と琴葉に気を遣ったのだろう。

 全員が腰を下ろすと、琴葉が翔と彩花に対して、頭を下げた。


「ごめんね、二人とも。ウチの潤が迷惑をかけて」

「おい、なんで琴葉が謝るんだよ?」


 不満そうな潤に、琴葉は視線だけを流した。


「レギュラークラスのくせに補習で練習に参加できないかもしれない困った部員の面倒を見てもらってるんだから、マネージャーとしては心苦しい限りだよ」

「ぐっ」


 部活を引き合いに出されては、潤は強く出られないようだ。

 翔は追い打ちをかけるか迷ったが、潤のやる気を削いでしまっては元も子もない。


「ま、教えるのも勉強になるからな」

「そうそう。嫌なら断ってるしね」


 彩花がパシッと手を叩く。音に合わせて、机の上の空気がキュッと締まった。


「それじゃあ、早速やろっか。基本的には、草薙君が緑川君に付く感じでいい?」

「おう。双葉に迷惑はかけられないからな」


 それに、「教えるのも勉強になる」というのは嘘じゃない。感覚でやっていた処理を改めて言語化する必要があるので、頭の整理になるのだ。


「おい、翔。なんかわかんねーけど、俺のことバカにしてねーか?」

「その調子なら、国語の文章題は大丈夫そうだな。よし、数学のワークとノートを出せ」

「……誤魔化された気がするんだが」

「細かいことは気にすんな……って、相変わらず潤のカバンの中は汚いな」


 ワークの端は折れていて、ぐしゃぐしゃになったプリント類も見え隠れしている。

 翔が反射的に眉を寄せると、潤は「ほっとけ」とそっぽを向いた。


「そういう草薙君も、あんまり綺麗じゃないけどね」

「ほっとけ」


 顔を背けてから、潤と同じ反応をしてしまったことに気づいて、口をへの字に曲げた。

 琴葉がこちらに向かって、ニヤリと瞳を細める。


「琴葉、うるさい」

「なにも言ってないよ。それより——」


 琴葉は頬杖をついて、彩花の顔を覗き込んだ。


「彩花は翔のカバンの中、把握してるんだね」

「えっ?」


 彩花が声を裏返らせた。


「あ、いやっ……別に同じクラスだし、ここからでも見えるもん」


 それは嘘だ。今の彩花の視界に翔のカバンは入っていない。

 しかし、琴葉にその矛盾を知られれば、面倒な事態になるのは目に見えている。翔はそっと足でカバンを押して、彩花の視界に収まる位置まで移動させた。


「そ、それより琴葉、私たちはどうする? とりあえず、お互いにワークを進める感じでいい?」

「うん。それでいいよ」


 琴葉の成績は知らないが、この様子なら大丈夫なのだろう。

 ——そんな悠長に考えられていたのは、始まってから数分間だけだった。




「なぁ……琴葉」

「なに?」


 翔がおずおずと声をかけると、琴葉はペンを握ったまま、現代文のワークから顔を上げた。


「一応聞くけど、具合が悪いわけじゃないよな?」

「もちろん。この上なく健康だよ」


 琴葉がピースをした。その動きは軽やかで、血色も良い。

 翔としても、本当に体調を心配したわけではなかった。


「その割には、さっきからペンを手の中で温めてるだけのように見えるんだけど」

「ふっ」


 琴葉はペンを置き、チッチッチ、と指を振った。


「翔、それは違うよ」

「はっ?」

「解いていないんじゃない。——解けないんだ」

「さっきの余裕はなんだったんだよ⁉︎」


 思わず叫んでしまうが、彩花と潤も驚きはしなかった。翔と同じように、琴葉のことが気になっていたのだろう。


「それなら、俺か双葉に言ってくれればよかったのに」

「いや、まあ、頑張ればなんとかなるからね」


 一転して、琴葉の歯切れが悪くなる。

 先程の反応を見ても、解けないこと自体に恥ずかしさを感じているわけではなさそうだが。


「ね、琴葉——」


 彩花がゴソゴソとカバンを漁る。


「よかったら、一緒に解かない?」

「えっ……」


 現代文のワークを掲げて白い歯を見せる彩花に、琴葉の瞳が揺れた。しかし、彼女はすぐに首を横に振る。


「いや、さすがに申し訳ないよ。彩花は今回も、学年一位を狙ってるんでしょ?」

「まあ、一応ね」

「だったら、気にしないで」


 即答だった。

 どうやら、琴葉は彩花に迷惑をかけたくなかったから、虚勢を張っていたらしい。


「私は赤点を回避できればいいし、最悪、解説を見ればなんとなくはわかるから」

「そう? でも、このワークの解説って、ちょっと雑なときない? 私も前、意味わかんなくてイライラしたし」

「まあ、そうかもだけど……」


 ワークの解説があまり優しくないのは、翔も同意見だ。

 ある程度は理解している人のアシスタントにはなっても、まったくわからないときの先生にはなってくれない、という印象がある。


「それに、人に説明すると頭の整理がつくから、むしろ一緒に勉強したいんだけど、どうかな?」

「そ、そっか……じゃあ、お願いしていい?」

「もちろん」


 彩花がこくんとうなずく。琴葉の頬に薄っすら色が差し、はにかむような笑みがこぼれた。

 よく見ると、彩花の耳先にも、ほんのり熱が宿っているように見える。気恥ずかしそうに微笑むその表情は、翔には新鮮だった。


「お前も偉そうなこと言えねえじゃねーか」


 ここぞとばかりの潤の口撃に、翔はハッと息を呑んだ。

 自分に向けた言葉だと思ったから、ではない。


(なにまじまじと見てんだ、俺……っ)


 吸い寄せられるように二人を、彩花を見つめていたことに気づいて、翔は咳払いをした。


「でも、私は赤点を取ってないし、宿題をちゃんと出してるよ。——誰かさんと違ってね」

「くっ」


 一方、矛先を向けられた張本人の琴葉には効果がなかったようで、切れ味の鋭いカウンターを浴びせている。

 黙り込む潤と、得意げな琴葉を見て、彩花がふっと眉尻を下げる。


「二人とも。双葉が呆れてるぞ」

「ちょ、そんなことないよっ」


 彩花は変なことを言うな、というように翔を睨んでから、琴葉と潤に向き直る。


「ただ、本当に仲良しだなって思っただけだからね」

「それは、それこそ宿題を出すくらい、当たり前のことだよ」


 琴葉が腕を伸ばし、潤の指に軽く触れてから、そっと包む。

 潤は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに目元が柔らいだ。


「っ……!」


 彩花が息を詰め、ぎしっと動きを止めた。頬がじわじわ上気していく。

 季節は初夏だが、今の彼女ほどの色味を持つイチゴは存在しないかもしれない。


「双葉。早めに慣れたほうがいいぞ」


 これでも二人は自然体なので、いちいち反応していては胸焼けを起こすだけだ。


(とはいえ、琴葉はいつもより積極的な気もするけど……多分、俺のせいだろうな)


 推測が正しければ、責任の一端は翔にある。そこまで大袈裟な話ではないが、強く出ることはできない。

 だから、彩花には申し訳ないと思いつつも、止める気はなかった。


(その代わりと言っては、なんだけど)


 秒針の音がやけに大きく響く中、翔は彩花の真似をして、手を叩いた。


「ほら、それより勉強しようぜ」

「あ、そ、そうだね!」


 彩花は声を上擦らせて同意し、勢いよくシャーペンを手に取った。

 そして、ペン先がノートに触れた瞬間——


 パキン。

 小気味良い音を立てて、芯が飛び散った。


「……ぷっ」


 シャーペンを握りしめたまま再び茹で上がる彩花を前に、とうとう堪えきれなくなり、翔は噴き出してしまった。

 ——直後、足の指に鈍痛が走った。


「いてぇ⁉︎」


 翔が悲鳴を上げても、彩花は素知らぬ顔で、カチカチと新しい芯を出している。

 笑ってしまった翔にも非はあるのだろうが、さすがに今のは彩花の自滅という側面が大きいだろう。


「理不尽だ……」

「草薙君?」

「いえ、なんでもありません」


 翔が間髪入れずに首を振ると、彩花は小さく笑みを漏らした。しかし、すぐに口元を手で覆い、眉を寄せてみせる。

 まだ許してないから、とでも言いたげな態度だ。


「……前に、琴葉も言ってたけどさ」


 静寂の中、潤がため息混じりに切り出した。


「お前らも、他人のこと言えないくらい仲良いだろ」


 呆れたような潤の言葉に、翔の体がじんわりと熱を帯びた。

 きっと、痛みに対する人体の防衛反応だろう——。

 そう自分に言い聞かせている最中に、再び足の指を襲った衝撃は、先程よりもずっと弱かった。

予想以上に膨らんでしまい、あと二、三話ほど勉強会が続きますが、ご容赦ください!(想定の倍以上になってしまいました……笑)

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