表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/73

第54話 お姫様とのストレッチ

 二日目の一限は英語だった。前夜に確認した箇所が素直に出てくれて、手が止まらない。


『これから、一年生のリスニングテストを始めます』


 スピーカーから機械の音声が流れる。

 翔はリスニングのページを開きながら、上から順番に埋まっている解答用紙を見て、小さく拳を握った。


 ——しかし、順調だったのはそこまでだった。

 リスニングの中盤、二択で迷っているうちに、次の設問の冒頭を取り逃してしまったのだ。


(しまった。これじゃ、答えようがない……!)


 わからないものは飛ばして、次に備えるべきだと頭では理解していた。

 それでも、急かすように英文がスピーカーから流れ続ける間に気持ちを切り替えることは、容易ではなかった。

 

『以上で、リスニングテストは終了です』


 抑揚のない機械的な声と、プツッというスピーカーの切断音。

 静かな教室に、自分の呼吸だけが響く。


(最後のほう、全然わかんなかった……っ、でも、今はとにかく次に行かないと)


 空欄を適当に埋めて、長文へと目を走らせる。しかし、単語の意味は取れるのに、文章になると何を言っているのか理解できない。

 同じ行を往復しているうちに、無情にも時計の針だけが進んでいった。


「そこまで」


 試験監督の声が聞こえたとき、翔の解答用紙のいくつかの欄は、空白のままだった。


 どうしてウジウジと悩んでしまったのか、なぜすぐに立て直せなかったのか——。

 考えても仕方のない反省が、二限の地学でも三限の古典でも脳内をぐるぐると巡っていた。




◇ ◇ ◇




「はぁ……」


 マットスペースで股関節を伸ばしていると、思わずため息が漏れた。


「どうしたの? 元気ないじゃん」


 彩花が腰を落として、覗き込んでくる。


「……いや、別に」

「あんなおっきなため息を吐いてるのに、それは無理あるよ。そもそも、帰ってるときから少しおかしかったし」


 隠しているつもりだったが、プロデューサーには筒抜けだったらしい。

 誤魔化すのを諦めて、翔は短く事情を話した。リスニングで迷って次を取り逃し、そこから真っ白になってしまったこと。引きずったまま地学も古典も手応えがないこと。


「ごめん……せっかく色々教えてくれたのに」

「なるほど。そういうことか」


 うつむく翔の頭上から、彩花の納得したような声が聞こえた——次の瞬間。

 軽い衝撃が、翔の脳天を襲った。


「えっ?」


 反射的に顔を上げると、手をチョップの形にしたまま、彩花がこちらを見下ろしていた。


「言ったじゃん。普段できるのと、テストで点を取るのは別物だって。まだ挽回できるんだから、そんなに気にすることないよ」

「……うん」


 頭ではわかっている。試験はまだ半分を消化したところだ。

 けれど、どうしても胸の奥にモヤモヤが晴れない。彩花ならこんなミスはしないだろうし、したとしてもすぐに切り替えるんだろう、なんて考えてしまう。


「草薙君、見て」


 不意に、目の前にスマホが差し出される。

 画面の中では、空のアイスカップが二つ並んでいた。


「えっと……これは?」

「誕プレくれた日、一個だけ食べるつもりが、気づいたらこうなってたんだ。弓弦のイタズラかなって思ったんだけど、どうやら私がどっちも食べたらしいんだよね」


 彩花が肩をすくめ、へにゃりと笑った。

 翔は、彼女が「アイスは食べても一個だけ」というルールを自分に設けていたことを思い出して、目を丸くした。


「双葉でも、失敗することがあるのか」

「もちろん。完璧な人間なんていないんだから」

「あっ……確かに」


 言われてみれば、当たり前のことだ。

 どうやら、できるようになってきた気がして、自分に期待しすぎていたらしい。


「ごめん。俺、努力を舐めてたみたいだ」

「ふふ、そんな簡単なものだと思われたら困るよ」


 彩花がおどけたように指を差してくるが、どこか真剣な表情だ。プライドを持てるくらいの努力をしてきたのだろう。

 学年、もしかしたら学校随一の才色兼備ぶりは、弛まぬ努力によって作られたものであることは、もう翔にもわかっていた。

 

「よし。切り替えて、今からもう一回スイッチ入れるよ」

「おっ、いい表情になったね。じゃあ、まずは私のストレッチを手伝ってもらおうかな」

「おう……えっ?」


 流れで了承しかけて、翔は固まった。

 彩花はマットに座り、両脚を伸ばして前屈の姿勢を作ると、肩越しに振り返った。


「ほら、背中押してよ」

「いや、その……」


 彩花は普通のトレーニングシャツを着ていて、肌の露出が多いわけでもない。

 それでも、服越しとはいえ女の子の体を触るのは、やはり躊躇いがあった。意識してしまっていること自体も、なんだかむず痒い。


「あー、アイス二個も食べたこと知られちゃって、恥ずかしいなー」

「……わかったよ」


 わざとらしい声色に、翔は肩をすくめた。本当に恥ずかしいなら、もう一度言わないはずだ。


(双葉からお願いしてきたんだから、セーフだよな)


 心のうちで言い訳をしながら、彩花の肩甲骨あたりに手を添えた。

 手のひらに体温と筋肉の薄い張りが伝わってきて、思わず息を呑んでしまう。


「えっと……こんな感じでいい?」

「うん。もうちょっと、強くしてくれていいよ」

「お、おう」


 そっと体重を乗せると、ほんのり汗ばんだ白いうなじに視線が吸い寄せられる。

 慌てて目線を上げて、壁際の器具へと逃した。


「九、十——はい、ありがと」


 彩花がゆっくりと上体を起こす。

 その瞬間、翔は無意識に肩の力を抜いていた。こぼれた吐息は、いつもより少し熱がこもっている気がした。


「じゃ、次は私の番だね。草薙君、座って」

「……おう。頼む」


 当然のように言われて、断る気力は残っていなかった。幸い、同じように背中を押してもらう程度だ。心臓の鼓動が伝わることはないだろう。

 前方を向いて待機するが、なかなか背中に手が添えられる感触はやってこない。


「双葉? どうし——ふぐっ」


 振り返ろうとして、まるで自分のほうを振り向かせないかのように、手のひらで頬を押される。


「て、手汗を拭いてただけだからっ。ほら、押すから前向いて」

「お、おう」

「押す場所、ここでいい?」

「ああ、そこで」


 翔は前方を向いたままうなずいた。

 ほんの一瞬の間を置いて、彩花の手のひらにぐっと力が入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ