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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第五章

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第53話 専属家庭教師

「よっ、翔!」

「おう。朝からテンション高いな、潤。なにかあったのか?」


 第二回定期テスト一日目の朝。本番に遅刻未遂などというミスを避けるため、早めに登校して復習をしていた翔の元に、潤が軽快な足取りで近づいてきた。

 起きているときの彼は常に元気だが、今朝はいつにも増してエネルギーに溢れている気がする。


(まさか、あの潤が勉強を——)


「そりゃ、早く帰れるからな!」

「期待した俺がバカだった」


 テスト期間中も、潤から届くのはゲームか漫画の話ばかりだったことを思い出し、翔はため息をひとつ落とした。

 自分が頑張り始めたからといって、他人に努力を強制するつもりはないし、琴葉と同じ高校に通うために受験期だけは頑張ったらしいので、やればできる子なのだろう。

 それでも、ここまで無関心だと、さすがに心配になってしまう。


「それに、テストが終わればようやく部活も再開だしな! 返却終わってから終業式までの一週間くらいは、ほぼ休みなんだろ?」


 テスト終わったら夏休みって感じだよな、と声を弾ませる潤に、翔はため息混じりに訂正を加えた。


「赤点を取って追試、なんてことさえなければだけどな」

「……へっ?」


 潤が口を半開きにして、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「おい、翔……今日はエイプリルフールじゃないぜ……?」


 その声は震えていた。

 大方、休みがあると聞いて舞い上がっていて、その後の注釈は耳に入っていなかったのだろう。


「もしそうだったら、テストもないし、俺たちは知り合ってもないな。入学してすらないんだから」

「くっ、翔、助けてくれー!」

「わ、ちょ、くっつくな!」


 突然覆い被さってきた潤を、翔は全力で引き剥がした。大型犬みたいな勢いだが、残念ながら人間だ。体格の良い男に抱きつかれて喜ぶ趣味など、翔は持ち合わせていない。

 どこからか「ごちそうさまです」という声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。


「でも、俺にはお前しかいないんだよ〜……」

「ワークのまとめでも読んどけば、多少は頭に入るだろ」


 今度は仔犬のように縮こまっている潤をしっしっと追い払い、翔は机に広げていた参考書に視線を戻した。




◇ ◇ ◇




「調子、良さそうだね」


 声に顔を上げると、二つ前の席から美波が半身だけこちらへ向けていた。二人の間の机——翼のものだ——に片腕を乗せている。

 テストのときは出席番号順になるため、吉良美波、桐生翼、草薙翔という席順だ。美波の隣は青木という男子で、その後ろ、翼の隣は香澄だ。


 今はもう、翼と香澄が一緒に勉強をしていても気にならないが、もしもテストの直前にフラれていたら、潤と一緒に補習を受ける羽目になっていたかもしれない。

 しかし、実際には美波の言う通り、翔はここまでの三教科に一定の手応えを感じていた。


「顔に出てたか?」

「うん。今は彩花じゃなくてもわかったよ——って、噂をすれば」


 美波の視線の先には、ひらひらと手を振りながらこちらに向かって歩いてくる彩花の姿があった。


「美波ー、テストどうだった?」

「まあ、可もなく不可もなくって感じかな」

「そんなこと言いながら、毎回しれっと高得点取るじゃん」


 彩花が唇を尖らせる。

 翔は美波の成績を知らないが、しれっと高得点を取るという表現は、彼女のイメージに合っているような気がした。


「いえいえ、主席殿に比べれば、大したことはございませぬ」

「ちょっと、その呼び方やめてよ」

「だって事実だし。ね、草薙君?」

「俺を巻き込まないでくれ」


 お姫様と呼ばれることに比べれば嫌がってはいなさそうだが、悪ノリをすると後が怖い。

 不服そうにしていた彩花が、不意に翔を見て、何かを察したように頬を緩める。


「草薙君は、手応えアリって感じだね」

「まあ、やった分の実力は出せたと思うけど」


 そんなに得意げな表情をしていたのだろうか、と照れくさくなり、少々ぞんざいな口調になってしまった。

 しかし、彩花は気にした様子もなく、白い歯を見せて親指を立てる。


「すごいじゃん。それって、なかなかできることじゃないよ」

「それは大袈裟だろ」


 主席で合格し、第一回の定期テストでも一位の彩花に言われても、皮肉とまではいかないが、過剰に誉められているように感じてしまう。


「いや、大袈裟じゃないと思うよ。彩花は頑張り始めてすぐのテストでコケて、メソメソしてたし」

「ちょ、メソメソなんてしてないよ。変なこと言わないでっ」


 ニヤリと笑う美波の二の腕のあたりを、頬をほんのり染めた彩花がポカポカ叩いた。

 子供っぽい抗議に、自然と翔の口元がほころぶ。すると、彩花がこちらをじろりと睨んできた。


「草薙君。なに?」

「い、いや、なんでもないよ。双葉でも、そういう時期があったんだなって」


 意外とおっちょこちょいなのは知っているが、勉強でつまずいている彩花は、現在の姿からは想像できない。


「そりゃ、最初から完璧にできる人なんていないよ。だから、草薙君もこの後の三日間、油断しないようにね」

「わかってる」


 もちろん、全てがうまくいくとは思っていない。しかし、一日目はこうして実力を出せたし、こんなに勉強したことはなかった。

 なんだかこの後もできるような気がする——。このときの翔は、そんな確信に近い予感を抱いていた。


「なんか今の言い方、先生みたいだね。草薙君の専属家庭教師になってあげれば?」

「いや、同学年の家庭教師とか、聞いたことないでしょ」

「彩花ならできると思うけどなー。特に男子からの需要はすごそうだし。ね、男子代表・草薙君?」


 美波が翔に目を向けながら、むにっと彩花の頬をつまむ。

 すべすべして触り心地が良さそうだ。翔に触る機会は来ないだろうが。


「俺が代表なわけないっていうのは置いておいて、応募は殺到しそうだな」

「こんな美少女に教えてもらえるなんて、男子からしたらロマンだもんねー」

「まあ……そうだな」

「草薙君。無理に乗っからなくていいよ」


 翔が曖昧にうなずくと、美波の指を引きはがしながら、彩花がわずかに眉を寄せた。


「いや、俺は普通に思ったままのことを言っただけだよ」

「あっ、そ、そう……」


 真面目な口調で答えると、彩花は急に勢いをなくして、瞳を泳がせ始める。


(美少女なのは誰が見ても明らかだし、言われ慣れてるだろうに)


 特別なことを言ったつもりはなかったのだが、なんだか胸がざわついて、翔は咳払いをした。


「彩花。草薙君がぜひともご教授お願いします、だって」

「言ってないでしょ」

「変な翻訳するな」


 彩花と翔の声が、ぴたりと重なった。


「おお、さすがのコンビネーションだねぇ」

「……別に、同じこと言ったわけじゃないだろ」


 頬が熱くなるのを自覚しつつ、美波から視線を逸らす。

 横目で彩花の様子をうかがうが、ちょうど翔と反対方向を向いていたため、どんな表情を浮かべているのかはわからなかった。

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