表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/48

第47話 妹からの直球質問と、わずかな違和感

「うわっ、草薙君、何してんの⁉︎」


 翔のキャラクターが放ったボウリングのボールが一直線に転がり、ピンを全て飛ばすと、彩花が悲鳴にも似た声をあげた。

 ずっと守ってきた首位の座から彼女が陥落し、同時に翔の勝利が決まった瞬間だった。


「よしっ、逆転!」

「うわ、大人げな……」


 ガッツポーズを決める翔に、花音が呆れたような半眼を向ける。

 画面では翔のキャラがボールを掲げてはしゃぎ、彩花と花音のキャラは肩を落としていた。


「ストライクじゃなきゃ良い場面で、ストライク取る……?」

「悪い。めっちゃ集中した」


 十ピン全てを倒さなければ、彩花の勝ちだった。手を抜こうかという考えはよぎったが、翔は真っ向勝負を選択した。

 謝罪をするように両手を合わせると、彩花がムッと眉を寄せる。


「弓弦には、手加減してあげたくせに」

「でも、逆に双葉は嫌がるだろ」

「っ……」


 彩花が無言でペチンと翔の太ももを叩いてくる。


「いてっ、あざになったら筋トレできなくなるって」

「打撲くらいじゃ休ませないよ?」

「鬼すぎる」


 こういうところが、翔が師弟関係と言い出した要因である。

 もちろん、ただの冗談であることはわかっているが。


(前にちょっと無理しようとしたとき、プロじゃないんだから休憩優先だって怒られたもんな……)


 青汁が出てこなかったということは、本気で怒っていたのだろう。このくらいは大丈夫、などと言える雰囲気ではなかった。

 ——どのみち、やはり師弟関係なのではないか、と翔は思った。


「ねぇ、彩花さんも上手くなってきたし、もう一戦やらない?」

「いいぞ」

「うん、やろう。次は勝つからね」


 彩花が袖をまくる。最後の最後で翔にまくられて、俄然やる気が出てきたようだ。

 こういうタイプなら、やはり手加減の必要はなかったと言っていいだろう。


「次は俺、双葉、花音の順番か」

「そうだね」


 再設定を済ませ、翔が一球目を投じようとした瞬間——花音がポツリとつぶやいた。


「二人って、付き合ったの?」

「「……へっ?」」


 翔と彩花の声が重なった。操作が狂い、ボールが無情にもガターへと吸い込まれていく。


(つきあ、俺と双葉が? えっ……?)


 混乱の最中、翔が思わず隣を見ると、彩花もまたこちらを向いていた。

 ——視線が交差した瞬間、同時に顔を背けた。花音がごくりと唾を飲む。


「えっ……ほんとに?」

「そ、そんなわけあるか。びっくりしただけだよ」


 翔は慌てて反論した。

 事実、付き合っていないのだから、後ろめたさを感じる必要はない。


「えー、でも今の反応、絶対なにかあったでしょ」

「なんもないって。というか、そういうお前だって、北斗君と帰ってただろ」

「はっ? な、なんで知ってんの?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべていた花音は、一転して狼狽の表情を見せた。


「さっき、後ろ姿を見かけてさ。仲良さそうだったぞ」


 忙しなく瞬きをする妹に、今度は翔が口の端を吊り上げてみせた。


「……別に、あいつが勝手に着いてきただけだし。二人と違って、約束してずっと一緒に帰ってるわけじゃないから」

「だから、俺らはそういう関係じゃないって」

「こっちも全然違うよ」


 互いの視線が交差して、その場を静寂が支配した。

 花音が眉を寄せる。翔も目を細めた。逸らしたほうが負け——そんな気がした。


 しかし、やがて、彩花がずっと黙っていることに気づいた。

 唇を引き結び、手元のコントローラーをじっと見つめている姿に、背中を冷や汗が流れる。


「っ双葉、ごめん! 勝手に言い合って……」

「あっ……ごめんなさい。調子乗りました……っ」


 花音もハッとした表情になり、兄妹は揃って頭を下げた。


「……ううん、別に大丈夫だよ」


 彩花は瞳を閉じてふっと息を吐き、ゆっくり首を振ると、ほんのり口角を上げた。


「それよりほら、続きやろ?」

「お、おう」


 テレビにあごを向ける彩花の表情は、むしろ柔らかいくらいだ。

 ——それでも、答える前の一瞬の間が、妙に翔の心に残った。




◇ ◇ ◇




「あっ、やべ……」


 歩いていた反動で、翔が手に持っていたコップの水が揺れ、床に小さな水滴を作った。


「翔、こぼしたの?」

「うん、ごめん」

「ちょっと待ってて」


 京香が洗面所に向かう。雑巾を取りに行ってくれたのだろう。


「そんなに焦らなくても、勝手に始めたりしないよ」


 トイレから戻ってきた彩花が、横を通り過ぎながら、口元を緩めた。

 口調に気負いは感じられない。揶揄ってくるのも、いつものこと。そのはずなのに——


(やっぱり、なんか距離があるな……避けられてるわけじゃないけど……)


 物理的な接触もなければ、拳一つ分、いつもより遠い気もする。

 まるで、出会ったばかりのようだ。


「翔、はい」

「あぁ……ありがとう」


 翔はため息を吐くのを堪え、目の前に差し出された雑巾を受け取った。

 照明を受けて光っている床にそっと押し当てると、水がじんわり染み込んでいって、雑巾の中央に黒い影を作った。


「よし——彩花さん。二人でやりましょうか」

「花音ちゃん、悪女だねぇ」

「フラグを立てたのは彩花さんですよ?」

「ふふ。確かに」


 花音と彩花が笑い合う。いつもの距離感だ。

 太ももを叩いてきたりと、翔に対してもそうだった——花音と軽い口論をするまでは。




◇ ◇ ◇




「翔、彩花ちゃんを待たせないようにね。暗くなったら危ないし」

「わかってるよ」


 ゲームが一段落してから、彩花を送る前に、翔は自室に向かった。


「はあ……」


 一人になると、抑えていたものが漏れ出してしまう。

 ふと視線を上げると、ベッド脇の水色の巾着袋が視界に映った。手に取ると、心の声が聞こえてくる。


 ——無理に今日じゃなくてもいいんじゃないか。

 ——もっと適切なタイミングがあるかもしれない。


 昨日はあまりの軽さに頼りなくなったが、今はなぜかずっしりと重みを感じる。

 翔は無意識のうちに、袋をベッドに戻しかけていた。


「……いや、ダメだ」


 声に出し、思い切ってベッドを離れる。

 言い訳はいくらでも思いつく。けど、いちいち逃げていたら、身動きが取れなくなってしまう。

 彩花に出会う前の翔が、まさにそうだった。


 明日の土曜日は、筋トレも勉強会もない。一度でも逃げてしまったら、きっと次も勇気なんて出ない。

 ——今日だけが、唯一のチャンスだ。


 胸の鼓動が早くなるのを感じながら、袋の取っ手を握り直す。

 そして、用意していた手提げの中に、割れ物を扱うようにそっと入れた。


「……よしっ」


 一つ息を吐き出し、部屋の扉に向かって歩き出す。

 銀色に反射するドアノブは、いつもより少しだけ冷たかった。

いよいよです……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ