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第46話 妹の恋路と、少しだけ未来の話

 店内に入ると、甘い香りがふっと鼻をくすぐる。

 すぐ近くで棚の整理をしていた女性の店員が、翔を見ると「あっ」と口を開いた。


(やばっ、昨日の人……!)


 体温が上昇するのを感じながら、翔が会釈をすると、女性は一瞬だけ彩花を見てから、なにかを察したようにグッと親指を立てた。

 余計なお世話だが、昨日の彼女の社交性を考えると、話しかけないでくれただけありがたいと思うべきだろう。


「あの店員さん、知り合い?」


 少し遠ざかったところで、彩花がこそっと尋ねてきた。


「いや、前にいろいろ教えてもらったことがあってさ」

「そうなんだ。なにを買ったの?」

「あ、えっと……UVとか」

「いいじゃん。今は男子も塗るのが普通になってるよね」


 どこか励ますような口調だった。翔が日焼け止めを買ったのを恥ずかしがっていると解釈したのだろう。

 それはそれで照れくさいが、真相を知られるよりはマシだ。


「それより、お菓子コーナーってどこだ? 向こうかな」

「多分。けっこう奥にあること多い気がする」


 翔が奥に向かって歩き出すと、彩花も着いてきた。

 最奥まで進んだところで、彩花の白い指が「お菓子」と書かれた看板を指差す。


「ほら、やっぱり」

「ほんとだ——お、あった」


 翔がいつもの緑色の箱に手を伸ばしたとき、鼻先に金色の箱が差し出された。


「これ、八十六パーセントだって。なんか、より集中できそうじゃない?」

「確かに」


 カカオの濃度が上がるほど、効果は高そうだ。

 それに最近、七十二パーセントの苦味には慣れてきて、甘さすらも感じられるようになっている。


「でも、最近はチョコも高いね」


 彩花が眉をひそめた。裕福な家庭で育ったのにも関わらず、一般家庭と同じような金銭感覚を持っているのはすごいと思う。真美の教育方針だろうか。


「まあな。けど、母さんもちょいちょい買ってきてくれるし、自分で買ったほうがやらないとってなるからな。必要経費だよ」

「さすがだね。それでこそ、私たちの『K.K』だ」

「いつの間に代表になったんだよ」

「いいのいいの」


 彩花は笑い声をこぼしながら、金色の箱をかごの中に入れた。


「——おっ」


 レジへと向かう道すがら、ふと彩花が足を止める。


「どうした?」

「草薙君。これも買いなよ」


 そう言って彼女が手を伸ばしたのは、プロテインの袋だった。


「いや、プロテインは間に合ってるし……というか、一キロ約一万円は高すぎるだろ」

「えっ、必要経費じゃないの?」

「じゃないです」


 前言撤回。筋トレに関することだけは、培われたはずの金銭感覚は働かないらしい。

 ほとんど家にいないのにホームジムを作ってしまう父親を持つだけのことは、あるようだ。




◇ ◇ ◇




「——あっ」


 店を出たところで、前方に見慣れた背中が見えて、翔は思わず声を漏らした。


「どうしたの?」


 彩花が小声で尋ねてくる。

 翔は「あれ」とだけ告げ、前方を指さした。


「えっ、花音ちゃんと……男の子?」


 街路樹の陰の向こう、花音の隣を歩いているのは北斗だった。


「もしかして、そういう感じ?」

「いや、付き合ってはないはずだけど、小学校のころから仲いいんだよ」


 二人は肩を並べ、時おり顔を見合わせながらゆったり歩いている。

 花音曰く「絡まれてる」らしいが、今見る限りではただの仲良しだ。


「えー、あれはけっこうあるんじゃない?」

「……かもな」


 声を弾ませる彩花に、翔は曖昧な返事をした。

 彼女に気づかれない程度に、ほんの少しだけ距離を空ける。


「あれ、もしかして草薙君——」

「な、なんだよ?」


 背中を冷たい汗が流れる。


「花音ちゃんに、男ができてほしくないんでしょ」

「……へっ?」


 ビシッと指を突きつけられ、翔は一瞬ぽかんと固まった。


「あぁ、いや、別にそういうわけじゃないよ」

「あれ、違うの?」

「むしろ、さっさとくっつけって思ってるよ。思う存分、いじれるわけだし」


 家族の恋すら応援できないほど、こじらせてはいない。


(……双葉が気づいてないなら、いいか)


 反応が面白いのでつい揶揄ってしまうことはあるが、自爆をするつもりはない。


「あんまりしつこくしたら、嫌われちゃうよ? 女の子はあのくらいの年頃から、だんだん難しくなるんだから」

「わかってるって。いざってときまで、このネタも取っておくつもりだし」


 翔はニヤリと笑いながら、歩く速度を落とした。


「悪い顔してるなぁ。ま、いいけどね」


 彩花が呆れたように笑い、翔にペースを合わせる。

 しかし、だんだん草薙家が近づいてくると、その表情が強張り始めた。いよいよ玄関の前に立つと、目に見えて肩が強張る。


「いらっしゃい、彩花ちゃん」

「はいっ、お邪魔します!」


 京香の出迎えに対して、彩花は声を跳ねさせながら、背筋をぴんと伸ばした。

 まだ二回目だ。慣れるまでは、しばらく時間がかかるかもしれない。


「ゆっくりしていってね」


 京香は彩花に笑いかけてから、翔に視線を移した。


「花音が、彩花ちゃんに会いたいから、勉強が終わったら声掛けてって」

「了解」

「でもあの子、帰ってすぐにそそくさと自分の部屋に行ったけど、なにか急ぎの用事でもあったのかしらね?」


 京香がふと、首を傾げた。


「どうなんだろうな」


 翔は曖昧な返事をすると、隣を見た。

 ちょうどこちらを向いていた彩花と目を見合わせ、同時に口元を緩めた。




 リビングでノートを広げると、翔は買ってきたチョコを食べてみた。

 最初に苦味がくるが、その後にほのかな甘みも感じられた。


「どう?」

「意外にいけるぞ。双葉も一個、食べてみるか?」

「うん、ありがと——にがっ!」


 噛んだ瞬間、彩花は顔をきゅっとしかめ、肩をすぼめた。

 翔は耐えきれずに吹き出してしまった。


「……バレンタインで、とびきり苦いチョコ作ってあげようか?」

「悪かった」


 素直に頭を下げると、彩花はじとっと視線を寄越し、それから視線を逸らした。

 小さく息を吐き、頬をほんのり膨らませている。


 ——バレンタイン、くれるつもりなのだろうか。

 ただの冗談の可能性だってあるのに、少しだけ鼓動が早くなった。




◇ ◇ ◇




「よし、今日はここまでにしよっか」


 彩花がテキストを閉じて、パチンと手を叩いた。


「おう。じゃあ、花音を呼んでくるな」

「よろしくー」


 翔は階段を上がると、花音の部屋の扉をノックした。


「はい?」

「勉強終わったけど、お前はどうする?」


 花音が答えるまで、少しの間があった。

 もしかして、北斗とメールでもしているのだろうか。


「忙しいなら、別に無理しなくていいぞ」

「いや、彩花ちゃんに会いたいのはやまやまなんだけど、二人の時間を邪魔するのは申し訳ないというか」

「了解、忙しいみたいだって言っておくわ」

「すみません。すぐに行きます」


 部屋の中から、ガタタという物音が聞こえた、次の瞬間——


「いたぁ⁉︎」


 悲鳴のような叫び声が漏れてきて、翔はくつくつと肩を震わせながら、階段を降りた。

彩花さんにハイカカオは早かったようです笑

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