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第43話 お姫様の地雷を踏んでしまった

「それなら、私に伝えてくれてもよかったのに」


 それが、昨日の一部始終を聞き終えた彩花の第一声だった。

 翔はハッとなって、足元に視線を落とした。


「……ごめん、注意されたばかりなのに」

「えっ? あぁ、違うよ。草薙君じゃなくて、美波ね」

「あっ、そっちか」


 胸を撫で下ろす。髪のセットと違って自発的な行動ではないためか、報告義務は発生しなかったようだ。

 けれど、彩花は頬をふくらませたまま、むっつり黙っている。思ったより、隠されていたことが不満らしい。


「さっきの吉良、なんか楽しそうだったし、シンプルにイタズラ心じゃないか?」

「それは……わかってるけど」

「悪気はないと思うぞ。前も、変な写真送ってきたんじゃなかったっけ?」


 翔は過去の出来事を引っ張り出して、宥めにかかった。

 美波の肩を持つというより、彩花に拗ねられていると居心地が悪いのだ。


「あれ、そんなことあったっけ?」

「ほら、双葉の服を買いに行って、潤と琴葉に会った日の帰りだよ」

「あ——そういえば、そんなこともあったね」


 彩花は合点がいったように、手をぽんっと打った。

 どこか慌てているように感じたのは、忘れていたことに罪悪感を覚えているのだろうか。


「まあ、終わったことだし、草薙君の安全が確保されたならいいけどさ。にしてもすごいよね、あのしつこい人たちを言うこと聞かせるって」


 彩花自身、浩平には何度も遊びに誘われていたから、余計にそう感じるのだろう。


「器用なんだろうな。頭も良さそうだし」

「だね。中学のときも、私一人だったら絶対もっとやばいことになってたよ」

「かもな」


 これまでを振り返っても、彩花は断り方が正直だ。遠回しに相手を誘導するのは、あまり得意ではないように感じる。

 逆に、そういうことが得意な美波だからこそ、彩花の右腕的な立ち位置がハマったのだろう。


「他には、なにを話したの?」

「いや、特に大したことは。なんで?」

「そんな深い意味はないよ」


 彩花は肩をすくめ、髪を耳にかけ直した。


「ただ、他の女の子とどんな話するのかなって、気になっただけ」

「誰がコミュ障だよ」

「そ、そういう意味じゃないって」


 彩花は両手をぶんぶん振った。


「うん、わかってるよ」

「っ……いじわる」


 翔が笑いを堪えながらうなずくと、彩花は耳の先をほんのり染めながら、二の腕のあたりを小突いてきた。

 最近はしつこいと思って少し控えていたが、やはり彼女は揶揄い甲斐がある。


「でも、確かに自然体で話せる女子って、双葉くらいだからな。吉良は自分から振ってくれたけど——って、双葉っ、前!」

「わっ⁉︎」


 彩花はなぜか呆けたようにこちらを見ていて、直径五十センチほどの水たまりに突っ込みそうになっていた。

 咄嗟に手を伸ばしてその手首を引くと、彩花は小さく悲鳴を上げてよろめき、靴裏がアスファルトを擦る音がした。


 肩に手を添えて体勢を整えさせる。

 鼻先にほんのり甘い香りが、指先にしなやかな弾力が伝わってきて、翔は息を呑んだ。


(女の子って、やっぱり柔らかいよな……って、そうじゃなくてっ)


「ごめん、急に引っ張って。怪我はないか?」

「う、うん……ありがと」


 彩花の声は消え入りそうだった。

 うつむいているため、表情は見えないが、指先がぎゅっとスカートの端をつまんでいる。


 これは、不可抗力だろう。

 そもそも、容易く視認できるはずの水たまりに気づかないのは、普通じゃない。


「双葉。ぼーっとしてたけど、体調でも悪いのか?」

「えっ? ——ううん、全然」


 彩花はきょとんと目を丸くしたあと、すぐにブンブン首を振った。

 この様子なら大丈夫そうだな、と翔は肩の力を抜いた。


「よく考えたら、私も草薙君以外の男子とは全然しゃべってないなって思ってさ」

「双葉はなかなか厳しい人選を強いられてるからな」

「まあね」


 浩平ほど露骨でなくとも、クラスの男子の多くは、隙あらば彩花に近づこうとする。班活動の雑談で、さりげなく恋バナに巻き込まれているのを何度か見た。

 美波も言っていたように、彩花は中学時代の経験から、そういうタイプとは距離を置きたがっているようだ。


「でも、話してみたらいいやつだって、けっこういると思うぞ」

「多分ね。けど、そんなに他の人と仲良くなりたいわけじゃないから」


 少しだけ素っ気ない口調だ。

 フォローしたつもりが、地雷を踏んだのかと身構えると、彩花は目尻を下げて、いたずらっぽく笑った。


「そもそも、私たちにいっぱい友達がいたら、筋トレも勉強会もできてないし」

「確かに。俺なんて、潤くらいしか遊ぶ相手がいないからな。悲しいけど」

「私も美波としか遊ばないから、同じだよ」


 言葉に反して、表情は晴れやかだ。

 他の人と仲良くならなくてもいいというのは、本音だったのかもしれない。


「だからこそ、こうやって自分磨きをする時間を取れてるわけだし、交友関係は狭く深くのほうがいいよ。親友がいて、一緒に高め合える仲間がいるなら、それで十分じゃない?」

「仲間……か」


 翔はふと、つぶやいた。


「え、違った?」

「うーん、プロデュースする側とされてる側だと、師弟関係とかのほうがしっくりくるかなって」

「……私、別に自分が上だなんて思ってないよ」


 彩花の声のトーンが低くなった。翔としては、筋トレも勉強も教わってばかりの現状を踏まえた冗談のつもりだったのだが、今度こそ地雷を踏んでしまったらしい。

 眉間にシワを寄せる彼女の表情を見て、過去に何度か対等な関係性を強調されたことを思い出す。翔は慌てて手を振った。


「いや、俺も明確な上下関係があるとは思ってないよ。けど、やっぱりほら、双葉はプロデューサーなわけだし」

「そうだけど、前に言ったじゃん。プロデュースは、その……口実の側面もあるって」

「っ……そうだったな」


 彩花は以前、翔に近づいたのは普通に接してくれていたからだと言っていた。難しいことを考えなくていい友達がほしかったのだろう。


「関係性の呼称なんて些細なことなんだけどさ。とにかく、私は対等な関係がいいから」

「わかった。肝に銘じておくよ」


 元々お近づきになる予定のなかった翔が、一応は『狭く深い』関係に入れてもらえているのだから、人間関係とはわからないものだ。

 それでも、美波も示唆していたように、無害な存在だと認識されたからこそ仲良くなれたのだから、距離感は慎重にならないといけない。


 ——だから、勉強中に彩花がトイレに立った隙に、翔は真美に声をかけた。


「真美さん、ちょっといいですか」

果たして、翔君の用事とは……?

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