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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第四章

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第40話 どうでもいい

(あいつ、あんな問題を解けたのね……)


 香澄は翔から視線を逸らし、コツコツとシャーペンでノートを叩いた。芯先が小さく弾ける。

 第一回の定期テスト前に勉強したときは、発展問題を解ける実力ではなかったはずだ。


「大問二は、解けたやついるか?」


 橋本の問いかけに、彩花がすっと挙手した。


「じゃあ、双葉」

「はい。Xが二分の三、Yが八分の三です」

「正解だ。この問題の解き方は——」


 チョークの音が小気味よく鳴り、白い粉が黒板の縁に積もっていく。


「さすが学年一位」

「ちょっと、やめてよ」


 美波に小突かれ、彩花が肩をすくめる。

 そのやりとりを聞いて、香澄はハッと手を止めた。


(翔が解けたのは、まさか彼女に——いえ、そんなのはどうでもいいわ)


 香澄は左右に首を振ると、シャーペンを握り直した。




 放課後。カバンの口を閉める香澄の視界を、翔が横切った。

 思わず、その背中を目で追ってしまう。翔の向かう先には、彩花がいた。


「双葉、行くか」

「うん、いこ。美波、また明日ね」

「じゃあね。草薙君も」

「おう、じゃあな」


 二人は並んで教室を出ていく。


「雰囲気変わったよね、草薙君」


 背後から、ひそひそ声が聞こえてきた。

 香澄は腰を浮かしかけて、静止した。


「髪型もそうだけど、ちょっと男らしくなったっていうか」

「おっ、ときめいちゃった?」

「違うよ。シンプルに、お姫様とお似合いかもって思っただけ」

「それはわかる。あの二人、絶対両片想いだよね」


 その会話を聞いて、香澄は思わず眉を寄せた。


(そんなの、他人が決めることじゃないわ)


 そもそも、翔が多少頑張ったところで、まだまだ彩花と釣り合うレベルじゃないし、彼がそのステージに行くまで頑張れるとも思えない。


「……まあ、私には関係ないけど」

「え、なにか言った?」

「いえ、なんでもないわ」


 首を傾げるクラスメイトに首を横に振り、香澄は勢いよく立ち上がった。


「翼——」


 練習着を手にしていた翼が振り向き、表情を緩めた。


「香澄、帰るのか?」

「えぇ。部活、頑張って」

「サンキュー。そっちも気をつけて帰れよ」

「ありがとう」


 香澄は頬を緩めてあごを引き、踵を返した。胸の奥がほんのり温かい。

 ——それでも、奥底のざわつきは消えなかった。




 昇降口へ向かうと、靴を履いて歩き出す翔と彩花の背中が見えた。


(追い越そうかしら……いえ、それも面倒ね)


 香澄はイヤホンを取り出して音楽を再生した。

 だが、一曲目が終わる前に肩を軽く叩かれる。


(……誰よ)


 人と話したい気分ではないが、無視をするわけにもいかない。

 イヤホンをタップして音楽を停止させ、背後を振り返り——香澄は目を見開いた。


「吉良さん?」

「やっほ」


 接触してきた人物——美波は、サッと手を挙げた。


「……確か、最寄り駅は逆方面じゃなかったかしら?」


 香澄や翔、彩花とは使用している路線がそもそも違っているため、普段は裏門から帰宅しているはずだ。


「うん、ちょっと聞きたいことがあってさ。今、時間ある?」

「……特に、急ぎの用はないけど」

「よかった。じゃあ、早速聞いちゃうけど——草薙君って、どんな人なの?」


 予想外の問いかけに、香澄は息を呑んだ。


「……どうして?」

「彩花と仲良いみたいだし、気になるじゃん。あ、でも、嫌だったら別にいいからね。赤月さんの立場じゃ、答えづらいだろうし」


 答えやすさの問題ではなく、香澄にはそもそも、答える義理がない。

 しかし、ここで拒否をするのも不自然な気がした。


「特筆事項はないわ。優しさだけが取り柄の人よ」

「確かに、性格良さそうだよね。でも、それならなんで翼に乗り換えたの?」

「一緒に高め合える人のほうが良かっただけよ」


 香澄は素っ気なく答えた。

 乗り換えた、という表現はなんだか気に食わないが、翔と別れて翼と付き合い始めたのは事実なので、否定できなかった。


「なるほどね。でも、今は草薙君も努力してるじゃん。今日の髪型も普通に似合ってたし、もう優しいだけの人じゃなくなってると思うけど」

「それは、そうかもしれないけど……でも、翼はもっと前から頑張っていたもの。継続している人よりも、最近頑張り始めた人を評価するなんておかしいわ」


 少しの期間を頑張ることは、誰にでもできる。

 積み上げこそが大事だというのが、香澄の考えだった。


「言いたいことはわかるけど、それはちょっと草薙君に厳しいんじゃない?」

「っ……そっちが、変に勘ぐろうとしているからよ」


 唇の内側を噛みそうになり、呼吸を整える。なぜ自分が諭される側に回っているのか。

 翔と付き合っていたのは香澄で、現在仲良くしているのは彩花だ。美波が首を突っ込む筋合いはないはず——そう考えた瞬間、別の可能性が浮かんだ。


「そういう吉良さんは、翔を狙っているの? さっきから、やけに庇っているようだけれど」

「まさか」


 美波は片頬だけで笑ってみせた。


「あくまで、彩花から遠ざける必要があるかどうかを見定めてるだけだよ。燃え上がった火を消すよりも、そもそも発火させないほうが楽だからね」

「それはそうね。けど、その心配は無用だと思うわ。彼はそんな、ガツガツしていないもの」

「そっか……うん、わかった」


 美波は考え込むようにあごに手を当てたが、すぐに納得したようにうなずいた。


「いろいろ答えてくれてありがと。それなら、私もしばらくは見守ることにするよ。草薙君、思ったより優良物件みたいだし」


 香澄は反論しかけて、口を閉ざした。

 別に美波が翔をどう評価しようと、自分には関係のないことだ。


「それじゃ、また学校でー」


 聞きたいことは聞けたのだろう。美波はひらひら手を振りながら、軽快な足取りで去っていった。

 その背中が見えなくなると、香澄はそっと息を吐き出した。


「……別に、どうでもいいわ」


 誰にともなくそうつぶやき、イヤホンを耳に差し直して、音量を上げた。

次回から、翔君視点に戻ります!

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