第4話 お姫様からの思いがけない提案
「……結局、ステータスなんだよ」
彩花から切り出してくれたからか、翔は自然と、誰にも言えなかった弱音を吐き出していた。
「翼のほうが格好いいし、運動だってできる。生まれ持ったモノが違うんじゃ、どうしようもないよな」
口にしながら、自分で自分が情けなくなる。
でも、彩花は何も言わなかった。小さくうなずきながら、ただ静かに耳を傾けてくれている。
——その沈黙が、不思議と心地よくて。
「でも……それだけじゃないんだよ。俺って、ほんと何もしてなかったんだなって。香澄はいつまでも隣にいてくれるって思い込んでて、勉強もファッションも、髪型ひとつ意識してなかった。勝てるわけないよな。幼馴染って以外、何の武器も持ってなかったんだから」
スラスラと口をついて出たのは、思ってもいなかった気持ちだった。
それでも、言い切った瞬間、何かが胸の奥でストンと落ちた。
『むしろ、やってなかったと言うべきね』
香澄の言葉が、今さら胸に突き刺さる。
あれは、翔が何ひとつ努力をしていなかったことを指していたのだ。
香澄はとある事件をきっかけに変わり始め、一段とかわいくなって、テストでも好成績を収めるようになった。
その姿は格好良かったし、尊敬すらしていた。けど、同時に自分には無理だと、最初から諦めていた。
(恋人として相応しくない、か……ほんと、その通りだな)
翔はふっと自嘲の笑みを浮かべるが、程なくして、彩花が黙り込んでいることに気づく。
「って、ごめんな、こんな話。忘れてくれ」
誤魔化すように笑いながら立ち上がろうとした、そのとき。
「——それは、違うと思うよ」
凛とした声が背中を打った。
「えっ……?」
思わず振り返ると、彩花のまっすぐな瞳が突き刺さる。
「幼馴染ってだけで付き合うほど、女の子は甘くないから。赤月さんは、草薙君の中身に惹かれたんだと思うよ。優しさとか、気遣いとか……弓弦を助けてくれたのとかも、まさにそうだし」
「いや、あれはフラれた直後でヤケクソだったからだし……そんなの、特別なものじゃないだろ」
「ううん。草薙君くらい優しい人、私は他に知らないよ」
「えっ——」
息を呑み、まじまじと見つめてしまう。
すると、彼女はスッと視線を外し、前方に視線を向けて続けた。
「とにかく、あんまり自分を卑下する必要ないってこと。誰にでも優しくするのは、案外難しいものだから。草薙君は、今でもちゃんと武器を持ってるよ」
「そうかな……」
ただの同情から励ましてくれているようには見えない。
けれど、素直に受け止めるには、まだ勇気が足りなかった。
「あっ、あんまり信じてないでしょ」
「い、いや、そんなことは」
「大丈夫だよ。口で言われてすぐ信じられるなら、誰も悩まないし」
「まあ……」
翔が曖昧にうなずくと、彩花はふと顎に手を当てて考え込み——まるで挑発をするように、ニヤリと口角を吊り上げた。
「ねぇ、草薙君。努力してみない?」
「努力……?」
「そう。何もしていなかったなら、努力していろんな武器を身につければ。もっと魅力的になれるわけじゃん? それでリア充になって、赤月さんを見返そうよ」
「それは……でも、何をすればいいのかわからないし」
「大丈夫、私がプロデュースするから。一緒に頑張ろうよ」
「プロデュースって——」
思わぬ申し出に、翔は笑ってしまいそうになる。
しかし、彩花の瞳は真剣だった。
「……本気、なのか?」
「うん、本気だよ。無理強いするつもりはないけど、どうかな?」
「いや、すごくありがたいけどさ……なんで、そこまでしようとしてくれるんだ? 義理もないのに」
「あるよ。弓弦のこと、助けてくれたじゃん」
彩花が頬を膨らませる。
「でも、ジュース奢ってくれただろ」
「あれは、その場でできることをやっただけだよ。自己満だけど、私はまだ返しきれてないって思ってるから。それに——」
その視線がふと、弓弦に向く。
「実を言うと、これからもたまにでいいから、あいつの相手してあげてほしいんだよね」
(なるほどな、だからこんなに積極的なのか)
どこかイタズラっぽい横顔に、ようやくモヤモヤが晴れた。
「要は、近所のお兄ちゃん役か」
「ま、そうだね。草薙君なら安心して任せられるし、やっぱり男の子同士じゃないとわからないこともあるからさ。それに、何より弓弦が気に入っちゃってるし」
彩花がスッと目を細めた。ひたむきに的を狙い続ける弟を見つめる表情は柔らかいが、同時にどこか寂しそうにも見えた。
声をかけようか迷っているうちに、その瞳が再び翔を捉える。
「それで、どうかな?」
すぐに断らなかった時点で、答えは決まっていた。
正直、少し断りづらかったというのはある。
しかし、それ以上に変わりたいと思った。自分も努力をすれば変われるのだと、証明したい。
——潤や翼のように、自分に自信があって、常に前を向いていられるような人間になりたい。
(でも、俺なんかが、ほんとにあいつらみたいになれるのか……?)
結果が出なかったら恥ずかしいし、彩花にも申し訳ない。
それでも、もう何もせずにウジウジはしていたくなかった。彩花の協力があれば、なんとかなる気もしていた。
ただ、素直に頑張りますというのは、少し恥ずかしくて。
「じゃあ……せっかくだしお願いしようかな。リア充になれる自信はないけど、馬子にも衣装って言うし」
「そ、そこまで期待されても困るんだけど」
「どっちかというと、馬子の部分を否定してほしかった」
「あっ、いや、そんなふうに思ってないよ⁉︎」
「わかってるよ」
パタパタと手を振る彩花に、自然と笑みがこぼれた。
すると、その白い頬が色づき、唇の先がほんのり尖っていく。
「……優しいって言ったの、取り消そうかな」
「ごめんって」
素直に頭を下げると、彩花はわざとらしくため息をつく。
「まあいいけどね。それより、どこから始めるかだけど——」
その視線が翔の全身をめぐり、頭上で固定される。
「やっぱり、まずは髪型からかな、変えやすいし。いつもどこで切ってる?」
「ずっと近所の床屋だな。美容院は、正直腰が引けちゃってさ」
「わかるよ。私も最初、入るのちょっと躊躇したし。なら、私が通ってるとこ紹介してあげようか? 値段も美容院にしては安いほうだし、結構質素な雰囲気だよ」
「そうなのか」
実家がお金持ちだと小耳に挟んだことがあるため、少し意外だ。
けれど、確かにお姫様という大層なあだ名とは裏腹に、派手なところに出没するイメージも湧かない。
「じゃあ、悪いけどお願いしようかな」
「うん。私がいつも指名してる人、軽い感じだけど腕は確かだから安心してね。草薙君、磨けば絶対——いや、なんでもない」
彩花が何かを言いかけた瞬間、弓弦の「あっ!」という声が公園に響いた。
ボールが壁のマークに当たり、跳ね返る。
「当たった、当たったよ! ねぇ、見てた⁉︎」
「おう、見てたぞ。すごいな」
「でしょ!」
胸を張る弓弦に、翔と彩花は揃って笑いながら立ち上がる。
「そういえば双葉、何か言おうとしてたか?」
「ううん、気にしないで」
「そうか」
気になることは気になるが、しつこく聞いても嫌われるだけだろう。
「次は翔くんも当ててみてよ!」
「おう、任せとけ」
——弓弦から受け取ったボールをセットしながら、翔は無意識に微笑んでいた。
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