第36話 仕掛けられていた罠(ドリンクバー)
ファミレスの四人席に荷物を置くと、翔と潤は飲み物を取りに行った。
「最近、山ブドウとオレンジ混ぜるのハマってるんだ。これ、うめーんだよ」
潤がウキウキとボタンに手を伸ばした。
「やべっ、オレンジ入れすぎた!」
正解のないブレンドの比率で、本当に悔しそうにしている。
アホらしいと思う反面、その無邪気さが羨ましくもあった。
(そういえば、琴葉のやつ、双葉に余計なこと言ってないよな)
マシンの前で順番を待ちながら、翔はチラリとテーブルを振り返った。
すると、琴葉が彩花の耳元で何かを囁いていた。
彩花はきょとんと瞬きをしてから、伏し目がちにうなずき、指を絡ませた。頬がじわりと熱を帯びたように見える。
気恥ずかしそうでもあり、どこか落ち込んでいるようでもあった。
琴葉が頬を緩め、再び何かを告げると、彩花も肩の力を抜いた。
その表情は、それまでよりも明るくなっていた。悪いことを言ったわけではなさそうだ——余計なことかどうかはわからないが。
「いやぁ、喉乾いた!」
席に戻るころには調合ミスからすっかり立ち直ったようで、潤は嬉々とした表情でストローを咥え、一気に飲み干した。
ジュースがなくなってからも吸い続けたせいか、ズズっと音が鳴る。
「こら。音、立てないの」
「やべ、わりぃ」
琴葉の注意を素直に聞き入れ、潤はポリポリと頭を掻いた。
その素直な様子にひとつ息を吐いてから、琴葉は翔に顔を向けてくる。
「にしても翔、なんか格好良くなったね——魔法のパワーかな?」
琴葉の視線が、一瞬だけ彩花に向けられた。
「……遅めの高校デビューだよ」
彩花がストローをいじるのを横目に、翔は軽い口調を心がけたが、琴葉の目は見られなかった。
彩花はそんなふうに思っていないだろうが、彼女の励ましは、失意の翔にとっては魔法の言葉に等しかった。
「そっかそっか。まあ、そういうことにしておこう」
「そんくらいにしとけよ。嫌われるぞ」
潤が琴葉の脇腹を小突いた。
「あっ、ごめんね。軽い冗談のつもりだったんだ」
琴葉はハッと表情を改め、ペコリと彩花に頭を下げた。
「大丈夫。そんなことで嫌ったりしないよ」
「良かった……」
彩花が苦笑を浮かべると、琴葉はほっと息をついた。
翔はなぜ彩花にだけ謝るのか、とは思ったものの、そこまで腹を立てていたわけではないので、口には出さない。
「お姉さん風吹かせてるくせに、自分もたまに暴走するよな、琴葉って」
「実際に、潤よりお姉さんだからね」
「三日だけだろ」
「でも、永遠に超えられない壁だよ?」
「——天羽さんと緑川君って、本当に仲良いんだね」
そう目元を和らげる彩花に、琴葉はグッと親指を立てて答えた。
「そうじゃなければ、付き合わないからね」
「……確かにね」
彩花がどこか、しみじみと同意した。
「というか、それでいうと翔と双葉さんも仲良いでしょ。買い物も一緒に来てるんだから」
「俺はあくまで荷物持ちだけどな」
「やめてよ。私が従えてるみたいになるじゃん」
翔が肩をすくめると、彩花が不満そうに眉を寄せた。
「実際、そういうところはあるんじゃ——いたっ⁉︎」
テーブルの下で足の甲に軽い痛みが走った。彩花は知らん顔でストローに口をつけている。
「ふふ」
琴葉は瞳を細め、口元だけで笑った。
「天羽さん、どうしたの?」
「いや……なるほどなって、思っただけだよ。それより、飲み物取ってくるけど、いる人?」
なにが「なるほど」なのだろう。誤魔化すような琴葉の問いかけに首を傾げつつ、翔は手を挙げた。
腰を浮かせながら、彩花のグラスに手を伸ばす。
「じゃあ、双葉のもらうよ」
「いや、私と潤で行くよ。近いから」
琴葉は翔を手で制すると、彩花のグラスを手に立ち上がった。
「双葉さんは何がいい?」
「じゃあ、オレンジジュースで。ありがとね」
「任せて」
琴葉がピシッとウインクを決めた。
彼女の持つクールな雰囲気と相まって、妙にサマになっているのが、少しだけ腹立たしい。
「翔は何がいい?」
「同じので頼むわ」
「おう」
潤が翔のグラスを受け取り、琴葉と一緒にドリンクバーへ向かった。
(えっと……)
翔は口を開きかけて、固まった。いきなり二人きりになって、何を話せばいいのかわからなくなってしまった。
沈黙が落ち、店内のざわめきがやけに大きく聞こえる。
——重苦しい空気を破ったのは、彩花だった。
「草薙君。このあとは送ってくれなくていいからね」
「えっ、でも、真美さんによろしくって言われたし」
「緑川君とも落ち合ってるんだから、さすがに申し訳ないよ。まだお昼だしね」
声のトーンは落ち着いていたが、そこには強い意志が感じられた。
先程「帰る」と言い出したときと違って、ぎこちなさも感じられない。
「……わかった。悪いな」
「ううん、付き合ってくれてるだけで十分すぎるよ。服も選んでもらったしね」
「俺の好みを言っただけだけどな」
本当に良いと思うものを選んだだけで、ファッション的なことは何も言っていない。
こちらを立ててくれてはいるが、彩花としても、決め手に欠けていたので頼ってきただけだろう。
「なかなかいいチョイスだったよ。秋とか冬のもお願いしようかな」
「いいけど、無理に聞く必要はないからな。結論、双葉が一番気に入ったものを着ればいいんだし」
翔としては、彩花が義理や義務感を感じてしまっていないか心配だった。
しかし、その言葉は別の意図で伝わってしまったらしい。
「ねぇ……やっぱり面倒くさがってない?」
「えっ? い、いや、そんなことないよ」
彩花が瞳を伏せるのを見て、翔は慌てて手を振った。
「ただ、こっちに気を遣わなくていいってだけ。俺の意見が必要なら、いつでも聞いてくれ」
「……ほんと?」
「もちろん。なんなら、頼ってくれてちょっと嬉しかったし」
「っ……そっか」
翔の言葉が意外だったのか、彩花は軽く目を見開いた。
(……言うつもり、なかったんだけどな)
咳払いをする翔に対して、彩花はぐいっと身を乗り出してくる。
「なら、遠慮なく聞いちゃうからね。私、優柔不断だから、他人の意見をもらったほうがスパッと決められるし」
「おう。任せろ」
それなら美波あたりに聞いたほうがいいのではないかと思うが、また面倒くさがられてると勘違いされても困る。
男の子代表だとも言われていたし、恋愛がしたいかどうかは別として、彩花としても男子目線の意見は一応ほしいのだろう。
「お待たせー」
「ほい、お待ちどーさん」
ちょうど話の区切りがついたタイミングで、潤と琴葉が戻ってきた。
翔は自分と潤のグラスを眺め、無言で入れ替えた。
「えっ、ちょ、翔——」
「飲めよ」
戻ってきたときにもニヤついていたので怪しんでいたが、今の慌て方で確定だろう。
翔が笑って促すと、潤は観念したように翔のグラスに口をつけ、思いきり顔をしかめた。
「まずっ……なんでバレた」
「あれだけニヤニヤしてたらバレるでしょ——」
琴葉が即答し、彩花へ意味深に視線を滑らせる。
「こういうのは、ポーカーフェイスでやらないと」
「えっ?」
彩花は慌てて自分のオレンジを見つめ、おずおずと琴葉に目を向けた。
「……天羽さん?」
「ふふ、どうだろうね。心配だったら、翔に確かめてもらえば?」
「い、いや、いいよ」
彩花は首をぶんぶん振り、思い切ってストローを吸った。
喉をごくりと鳴らした後、ふっと息を吐く。
「……普通にオレンジだ」
「さすがに、今日話すようになったばかりの子にはやらないって」
「あんな言い方されたら疑っちゃうよ」
苦笑する琴葉に対して、彩花も頬を指でかきながら、照れ笑いを浮かべた。
(この二人、意外に相性いいかもな)
自然と笑みをこぼしながら、翔は元・潤のグラスに口をつけた。
「っ……⁉︎」
液体が流れ込んできた瞬間、顔の筋肉が勝手にゆがんだ。
甘いのに苦いような、説明しづらい不協和音が舌に残る。
「……潤、お前まさか」
「ドッキリ、大成功ー! さすが琴葉だな!」
潤と琴葉が身を乗り出し、軽快な音を立ててハイタッチを交わした。
「逆ポーカーフェイス、うまくいったね」
琴葉が小鼻を膨らませる。どうやら、潤が顔に出てしまうことを逆手に取った作戦だったようだ。見事に騙された。
「もしかして緑川君、どっちも変なの混ぜてたの?」
彩花が潤と翔のグラスを見比べ、目を丸くする。
「こうでもしないと仕留められないからな、翔は」
得意げに言いながら、潤も自分のグラスに口をつけ——先程の翔と同じ顔になった。
イタズラをした責任として、しっかり飲み切るつもりらしい。
「道連れは卑怯だろ……」
翔はため息とともに、潤の脳天にチョップを落とした。
◇ ◇ ◇
「ねえ——」
ファミレスを出たところで、琴葉が手を打った。
「せっかくだし、四人で写真撮らない?」
「おっ、いいじゃん、撮ろーぜ」
「私もいいよ」
潤に続いて、彩花も賛同した。
「翔は?」
「別にいいけど」
「オッケー」
琴葉はニヤリと口角を上げた。
——その笑顔は、翔にドリンクバーのイタズラが成功したときのものとそっくりだった。
(こいつ、なにか企んでるな……)
胸の奥に、ささやかな嫌な予感が芽生えた。
次回は写真撮影です!琴葉さんは何を企んでいるのでしょうか……




