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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第二章

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第24話 お姫様への陰口

「双葉。これちょっと、職員室に持ってきてくれるか?」


 六時間目の国語が終わると、担当の遠藤(えんどう)——若い男の教師だ——が、彩花に声をかけた。

 その視線の先には、回収済みのノートの束があった。


「はい。わかりました」

「悪いな。助かるよ」


 彩花が嫌な顔をせずにうなずくと、遠藤は足取り軽く教室を出ていった。


(わざわざ重い荷物を女子に持たせるなよ……)


 授業中も、お気に入りの生徒とそうでない生徒で露骨に態度を変えていて、評判は良くなかった。

 翔は教卓に向かい、束の上から三分の二ほどのノートを抱えた。


「えっ?」

「俺も持つから。さすがに、一人じゃキツいだろ」


 彩花の返事も待たずに、教室を出た。束を抱えた前腕に、紙の角がじわり食い込んだ。

 すぐに、彩花も追いついてきた。


「ありがと、助かったよ」

「お節介じゃなかったか?」

「ううん、全然。正直、あの先生はちょっと苦手だし」

「ならよかった。けど、嫌だったら遠慮なく言ってくれていいからな。こっちもそのほうが気が楽だし」


 サポートのつもりが負担になってしまうことは避けたい。

 そう思っての言葉だったが、彩花はむっと眉を寄せた。


「優しくしてくれたのに、そんなこと思うわけないよ」

「でも、ありがた迷惑って言葉もあるだろ?」

「そうだけどさ。こういうときは、素直にどういたしましてでいいの」

「あっ……ごめん」


 翔はうつむいて足元を見つめた。

 自信のなさから、彩花の感謝の気持ちすらも無碍(むげ)にしてしまった。


「前も言ったでしょ。嫌ならちゃんと言うって……そうじゃなかったら、あの人からの誘いなんて、何回も断れないよ」

「確かにな」


 彩花のセリフの後半部分は、翔でもギリギリ聞き取れるかどうかという声量だった。

 あの人とは、まず間違いなく浩平のことだろう。


「草薙君も、あの積極性だけは見習ってもいいんじゃない? 強引にこれ持ってくれたときも、ちょっと格好良かったし」


 彩花がノートを胸に抱いて、瞳を細めた。


「まあ、考えておくよ」


 プロデューサーとして、励ましてくれているのだろう。

 格好いいという言葉を真に受けるつもりはないが、少なくとも選択は間違っていなかったようだ。


 職員室に入ると、遠藤は中途半端に頬を緩めて固まった。まさか、翔も同行しているとは思っていなかったのだろう。

 翔は先頭に立ってその席へ向かい、まず自分の分を机に置くと、彩花に手を差し出した。


「ほら、双葉」

「うん、お願い」


 素直に渡されたそれらを、上に重ねる。


「双葉、サンキューな……草薙も」


 遠藤は一瞬だけ翔に視線を送ってから、すぐに彩花に向き直り、メガネのフレームに手を添えた。

 翔は顔をしかめそうになるのを必死に堪え、彩花を促して職員室を出た。


「ほんとにありがとね」

「これくらいはな。どうせ、一緒の『習い事』行くんだし」

「ふふ、そうだね。じゃあ、このまま直行しよっか」

「おう——あっ、水筒を忘れたから、ちょっと教室に寄っていいか?」

「もちろん。付き合うよ」

「悪いな」


 教室は、階段を登ってすぐそこだ。

 半開きの扉から押し殺した笑い声が聞こえてきて、翔と彩花は揃って足を止めた。


「あいつ、マジでスカしてるよな」

「浩平君にも簡単になびかない自分に酔ってるんじゃない?」

「うわっ、それだわー」

「あと、弟と遊んであげてる優しいお姉ちゃんアピールね」

「あれキモいよなー!」


 さすがに個人名は出していない。

 それでも、彩花のことを指しているとしか思えなかった。


「先生にもいい子ぶってるし、マジでうぜえよな」

「しかも、男相手のときだけあざとくしてるし」

「それな。遠藤に対しても愛想笑いしてさ。マジで引いたんだけど」


(なに言ってんだ、こいつら……!)


 指先が手のひらに食い込む。


「——だめ」


 小さくも鋭い声とともに、腕を掴まれた。翔はそのとき初めて、自分が教室に向かって歩き出していたことに気づいた。

 振り向くと、彩花が首を横に振っていた。


「言って聞く人なら、最初から言わないから。放っておくのが一番だよ」

「でも……っ」

「そうやって怒ってくれるだけで十分だから——ありがと」


 彩花はそう囁き、泣き笑いのような表情を浮かべた。

 翔は咄嗟に顔を背けてしまった。


「それはずるいだろ……」

「えっ、なに?」

「い、いや、なんでもない」


 慌てて首を振る。

 怪しさ全開なのは自覚していたが、取り繕う余裕などなかった。


「そう? まあ、いいから忘れ物取り行っちゃってよ。私は下に行ってるから」


 彩花は翔の背に手を添えてから、登ってきた階段を引き返した。

 翔は追いかけたい衝動に駆られたが、グッと堪えて、教室に入る。


「「「っ……」」」


 教室に入ると、女子たちは息を呑み、それから少しだけ安堵したように肩の力を抜いた。

 翔だけ戻ってきたことに対するものなのか、それ以外の理由なのかはわからないが、気に食わないことに変わりはない。


 彩花も聞いていたこと、傷ついていたことを教えてやりたくなる。糾弾したくなる。でも、それはきっとエゴだ。

 奥歯を噛みしめる。時計の音だけがやけに大きい。

 無言のまま水筒を回収すると、早足で教室を出た。


 昇降口では、ちょうど彩花が靴を履いているところだった。駆け寄ると、床板がギシギシと音を立てた。

 彼女はハッとこちらを見上げ、目を丸くする。


「そんなに慌てなくても、置いて行ったりしないよ?」

「別に、そういうわけじゃないから」


 翔は視線を逸らし、上履きと外履きを入れ替えた。

 自分でも、なぜここまで急いだのかは、よくわからなかった。


 ——ただ、彩花を一人にしたくなかった。

 それだけははっきりしていた。

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