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第22話 焦り出す浩平と、お姫様との待ち合わせ

「なぁ、吉良。双葉と橋渡ししてくれよー」


 浩平の声が聞こえた。彼を筆頭としたバスケ部の面々、それに美波が輪を作っていた。

 話しているのは彼らのみで、他には本をめくる音や、さらさらとペンを走らせる音がいくつか聞こえてくるのみだ。話題に上がった彩花はすでに帰っている。


 翔は、宿題を忘れて先生に呼び出されている潤を待っていた。

 前に断った負い目があるため、今回は自分から誘ったのだ。


「彩花は君たちがおいそれと近づける存在じゃないよ? なんせ、お姫様だからね」

「だから橋渡ししてほしいんだって。吉良の言うことなら、双葉も聞くだろうしさ」

「へぇ……」


 美波が身を屈め、顔を近づける。

 浩平の喉仏がごくりと上下し、視線が泳いだ。


「私を踏み台にしようとするなんて、いい度胸じゃん」

「い、いや、別にそんなつもりじゃ——」

「私じゃ、不満なんだ?」


 囁くような声に、浩平は耳の先まで赤くなりながら、勢いよく手を振った。


「ち、ちげーよっ、そういうことじゃねえって!」

「ふふ、冗談だよ」


 美波はイタズラっぽく瞳を細め、浩平たちから距離をとった。真面目な表情で続ける。


「でも、橋渡しをするつもりはないよ。彩花はそもそも男に興味なさそうだし——というか、彩花にこだわる必要なくない? あんたなら、彼女くらい作れるでしょ」


 たしかに、浩平は背が高いし、顔つきもワイルドだ。バスケ部では一軍の試合にも出ているらしい。モテる要素は揃っている。

 実際に翔も、他クラスの女子が休み時間に話しかけていたのを見かけたことがあった。


 浩平は鼻を鳴らし、椅子の背にもたれた。


「そりゃあな。ぶっちゃけ、何人にも告白されてるし」

「その中に、いい子はいなかったの?」

「まあ、悪くねえやつはいたよ。けど——俺は翼みたいに妥協する気ねえから」

「はっ?」


 翔は思わず声を漏らしてしまった。慌てて周囲を見回すが、こちらを見ている者はいない。

 握りしめていた拳を解き、そっと息を吐き出す。


(教室で言う内容かよ……)


 今の一言で、翼にも香澄にも、名前も知らない「何人」にもまとめて土をかけたことを、浩平は自覚しているのだろうか。

 クラスが静まり返る中、美波は足を組み、ニヤリと眉を上げた。


「志は立派だけど、あんたにお姫様がオトせるかな?」

「なんとかなるだろ。ま、無理だったらお前も別になしじゃねえけど?」

「うっわ、最低」


 美波が眉をひそめる。本気で怒っているのかどうかはわからない。


(にしても、なんかいつもの吉良と違うな……)


 男子との距離が近いし、彩花のことを「お姫様」と称している。

 わざと雲の上の存在だと印象づけて牽制してるのかもしれないが、親友であるならば、彩花がそのあだ名を嫌がっていることは知っているはずだ。


 そのとき、ガラガラと教室の扉が開かれ、潤が姿を見せた。


「翔、お待たせー」

「おう。早く行こうぜ」


 翔はカバンを手に取りながら駆け寄り、そのまま教室を出た。


「あれ、なんか怒ってる?」

「いや、別になんでもない」


 翔は端的に答えた。潤は関係ないし、愚痴をこぼしたいとも思わなかった。


「潤こそ、しこたま怒られたか?」

「ちょっと追加の課題出されたくらいだって。なぁ、ゲームの後にでも——」

「手伝わないからな」

「なに……⁉︎」


 ピシャリと切り捨てると、潤が愕然とした表情を浮かべた。

 予想通り、課題を手伝わせるつもりだったらしい。


「じゃ、じゃあ、直接対決で五連勝したらどうだ?」

「そういうのは自分でやらなきゃ意味ないだろ」

「おっ、自信ないのか?」


 潤が肩に腕を回してくる。

 翔は即座にそれを振り払い、足を早めた。


「三連勝で十分だ。さっさとやろうぜ」

「さすが翔」


 安い挑発であることはわかってる。

 それでも結局、勝負事は何かが懸かっていたほうが面白いのだ。




 一時間後——。


「よし、翔。早速一問目から解いてみろ」

「教える側が言うやつだから、それ」


 潤の家のリビングで、翔は講師役をやらされていた。




◇ ◇ ◇




 翌日の放課後。


「双葉。今週か来週の土日、空いてるか?」


 ホームルームが終わるや否や、浩平が彩花に話しかけた。

 つま先で小刻みに床を鳴らしている。笑ってはいるが、声の高さが半音ぶん上ずっていた。


(……吉良の牽制、逆効果になってるな)


 翔は苦笑しつつ、鞄を肩にかけて教室を出た。


 校門を抜け、通り沿いの植え込みの影で足を止めて、彩花を待つ。

 このあと、筋トレの予定が入っているのだ。


「たっくん、お待たせー!」

「おう。おせーぞ」


 近くで、カップルが待ち合わせをしていた。彼氏は言葉こそ厳しいが、口元はすっかり緩んでいる。

 手を合わせるようにして指を絡め、二人は軽やかに歩き出した。


(俺らも、他の人たちからしたらああいうふうに見えるのか……いや、あれはカップルだからだな)


 顔が熱くなる。

 誰に見られているわけでもないのに、咳払いをした。


 程なくして、コツコツという足音が近づいてきた。

 顔を上げると、彩花が早歩きでこちらへ向かってきていた。


 どこか不満げに唇を尖らせていたが——翔を見つけた瞬間、その瞳が真ん丸に見開かれた。

 一拍置いて、軽やかな足取りで駆け寄ってくる。


「もしかして、待っててくれたの?」

「ま、どうせ同じ場所行くからな」


 翔は首の後ろをかきながら答えた。


「そっかそっか。マインドも鍛えられてるみたいで嬉しいよ。やっぱり筋トレは全てを解決するね」

「華の女子高生の言葉じゃないって」


 とびきりの美少女からムキムキマッチョのセリフが出てくるので、脳がバグりそうになる。


「でも、それならいっそのこと、割って入ってくれてもよかったんじゃない?」

「理由がないだろ。注意するのはキモいし」

「まあねー。でも、本当に今日はしつこかったよ。候補日全部断っても、先の予定なら空いてるとか食い下がってきてさ」

「マジか。大変だったな」


 美波に啖呵を切った手前、浩平も意地になっているのだろうか。


「断れたのか?」

「うん。習い事とか弓弦の世話もあるし、親からもしっかり勉強しろって言われてるからって言って逃げてきたよ。本当は習い事なんてしてないけどね」


 ちろっと舌を出す彩花を見て、翔の肩から力が抜ける。


「じゃあ、ジムを習い事ってことにしとけばいいんじゃないか?」

「あっ、それいい! というか、それなら草薙君が割って入る理由もできるじゃん。同じ『習い事』やってるんだから。前に遅刻して怒られたって設定にすれば、さすがに向こうも引くでしょ」

「悪知恵が働くな。ま、今度しつこそうだったらそうするよ」


 あくまで先生に怒られるから、という趣旨であれば、翔に過剰なヘイトが向くこともないだろう。


「お願いね。じゃあ——今日のメニュー、重量更新するまで帰れませんやろうか」

「脈絡なくね⁉︎」

「おっ、反射神経も良くなってるねぇ」


 彩花が口元を抑えてくすくす笑った。


 ——当然というべきか、『帰れません』はやらなかった。

 それでも、彩花はなぜか重量を軒並み更新した。トレーニングが終了すると、生まれたての子鹿のようにふらふらしながらベンチに倒れ込んだ。


「双葉、大丈夫か?」

「うん……っ、私、やったよ……!」

「お、おう」


(……まあ、いいか。なんか満足そうだし)


 肩で息をしつつも、充実した表情を浮かべている彩花を見て、翔は自然と口元をほころばせた。

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