第21話 妹からの忠告と、胸のざわつき
「彩花さん、ボコボコにしてあげましょう」
「うん、サポートよろしくね」
花音と彩花がコントローラーを手に、無駄にキリッとした面持ちでうなずき合う。
翔vs彩花・花音チームで、対戦型のミニゲームをすることになったのだ。
一対一なら花音には勝てるし、いくらちょっと上達したとはいえ、彩花の腕前はまだまだだ。
さすがに負けることはないだろう、と高を括っていたのだが。
「彩花さん、そこでファイアー!」
「了解!」
「双葉、待て——」
必死の制止も虚しく、彩花が放った火の玉が迫ってくる。
花音によって隅に追いやられていた翔に、それらを避ける術はなく、残機がゼロになった。
「よし、彩花さんナイス!」
「やった!」
彩花と花音が勢いよくハイタッチをした。見事なコンビネーションを見せた二人は、それぞれ二機ずつ残していた。
「お兄ちゃん、どうする?」
「もう一回やってもいいよ?」
花音と彩花がイタズラっぽく首を傾げる。
もちろん、答えはひとつだった——のだが。
「草薙君、どうする?」
「どうしてもって言うなら、付き合ってあげるけど」
「……参りました」
五戦五敗となったところで白旗を上げると、彩花と花音は互いにノールックで拳を合わせた。
少しばかり、仲良くなり過ぎてしまったらしい。
◇ ◇ ◇
「まだ明るいけど、気をつけて」
「彩花さん、またねー」
京香と花音に見送られながら、翔と彩花は並んで駅へと歩き出した。
最後のひと仕事をしている太陽により、二人の影が前方へと伸ばされている。
「私、ひとりで帰れるよ?」
「それはわかってるけど、せめて駅まで送るから」
男として、せめてそれくらいはすべきだろう。父の正志からも、常に紳士たれという教育を受けている。
彩花はむっとしたように眉を寄せた。
「じゃあ、こっちの送り迎えも遠慮しないでよね」
「ついでがなくてもってことか?」
これまで二度とも駅まで送ってもらっているが、二回目はあくまで彩花がコンビニに用事があったからだった。
「うん。なんとなく家でバイバイするのって、冷たい気がするからさ」
「そんなことないと思うけど」
「私はあるの。それに、筋トレとか勉強の振り返りもできるし、ちょうどいいと思わない? 外の空気を吸うのって、気分転換にもなるし」
ここまで言われて断り続けるのも、それこそ冷たい気がした。
「……じゃあ、これからは駅まで反省会に付き合ってもらおうかな」
「しょうがないなぁ。プロデューサーとして、責任を持って評価してあげるよ」
どうやら、満足のいく解答だったようだ。
ひとつ咳払いをして、話題を変える。
「反省といえば、さっきは花音が失礼なこと言って悪かったな」
「ううん、全然」
彩花がひらひらと手を振る。
「むしろ、花音ちゃんがすごいお兄さん思いだってわかって安心したよ」
「どこがだよ。あいつ、しれっと俺のことディスってたぞ。実際、俺よりイケてるやつなんかいっぱいいるから、否定できないけどさ」
「そうだね——今はまだ」
思わず足を止めて、隣を見た。
まっすぐな眼差しが突き刺さる。
「私は、草薙君なら逆転可能だと思ってるよ」
「そっか……ありがとな」
噛みしめるようにつぶやくと、彩花は顔を背けた。
「……そうじゃなきゃ、プロデュースしようなんて言わないし」
どこか拗ねたような響きだった。
(そりゃ、そうかもしれないけど)
わずかでも可能性を感じてくれていた、というだけで、やる気が湧いてくる。
まだまだ、翼や潤と肩を並べられるほどになる自信はないが、とりあえずできるところまでは頑張ってみようと思えた。
「これからもよろしくな、双葉」
「任せて」
彩花がぽん、と胸を叩いた。
翔は密かに安堵の息を漏らした。不機嫌になっていたわけではなかったようだ。
「それじゃ、早速——もう少し胸を張って歩こっか」
「うす」
「それと、腕もちゃんと振って」
「お、おう」
次々と指令が飛んでくる。今の会話でプロデューサースイッチが入ってしまったらしい。
それから駅に到着するまでの間、彩花からのプロデュースという名のダメ出しは、絶えることがなかった。
「じゃ、今言ったことを、常日頃から意識しておくように」
「了解しました」
改札の前で向かい合いながら、真面目くさった表情で首を縦に振ると、彩花が横を向いて吹き出した。
「まったく……返事だけじゃダメだからね?」
「わかってるよ。ちゃんと意識する」
「ならいいけどさ」
彩花がトートバッグを肩にかけ直した。
「じゃあ、また学校でね。今日は楽しかったよ」
「よかった。いつでも来てくれていいからな。花音も懐いてるみたいだし」
「うん。どっちの家にするのかとかは、またそのときそのときで決めていこ」
「そうだな。じゃ、気をつけて帰れよ」
「ありがと。そっちもね」
彩花が手を振りながら、改札に向かう。
階段を登る直前、彼女はふと振り返り——目を見開いた。
軽く手を振ると、頬を緩めて振り返してきた。そして今度こそ、人混みの中へと紛れていった。
その背中が完全に見えなくなったところで、翔も踵を返した。
楽しかったな——。
帰路に着きながら、自然とそう思った。
◇ ◇ ◇
「お兄ちゃん」
靴を脱ぐ間もなく、何やら真剣な表情で腕組みをしている花音に出迎えられた。
「えっと……どうした?」
「あの人は囲っておきな」
「だから、双葉とはそういうのじゃないって」
「まだ言ってるよ」
翔が苦笑すると、花音は腕組みを解き、わざとらしく肩をすくめた。
そして、背を向けながら一言。
「ま、せいぜい見捨てられないようにね」
「っ——」
翔は言葉に詰まった。
花音の足音が遠ざかっていく。
「……余計なお世話だよ」
ひとりになった玄関で、小さくつぶやいた。
香澄に同じようなことを言われたときは苛立ちを覚えたが、今はただ、落ち着かない気分になるだけだった。
この胸のざわつきは、一体何なのか——。
スニーカーをそろえ直しながら、翔はそっと息を吐き出した。