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第20話 お姫様vs妹。のち妹vs母

「じゃあ、俺は見てるから、まずはやってみ」

「うん」


 コントローラーを渡してから一分足らずで、彩花のキャラは炎に二回、トゲに一回突進していた。

 本人だけが、相変わらずその場でぴょんぴょん跳ねている。


「ごめんな。実はウチのコントローラーもジャイロ機能はないんだ」


 笑いそうになりながら指摘すると、彩花はむすっと頬を膨らませ、眉を寄せた。


「……私は器具の使い方とか、丁寧に教えてあげたのに」

「はいはい、プロデュースさせてもらうよ。まず、ジャンプは——」


 手本を見せるが、やはり同時に色々な操作をすることが苦手なようだ。


「くそ、次こそ……!」


 それでも何度もめげずにチャレンジする姿に、翔は気づけば手を伸ばしていた。


「ちょっと失礼」

「く、草薙君っ?」


 その両手の上から指を添えると、彩花が勢いよく振り向いた。


「とりあえず、一回体で覚えたほうが早いだろうからさ」

「あっ……う、うん。そうだね」


 指先にわずかに力を込め、タイミングとやり方を教える。


「スティックを傾けながら押す。そう。で、そこからここを押しながら——」

「……っ」


 彩花の指が、訳のわからない動きをした。


「どうした?」

「う、ううん、汗で滑っただけ。ちょっと拭いちゃっていい?」

「おう……って、教えやすいからやっちゃったけど、このやり方やめたほうがいいか?」

「ううん、むしろ助かるよ。見るだけじゃできなそうだから」


 彩花は座り直すと、それまで以上にまっすぐ画面を見つめた。


「わかった」


 伝わってくる手の温もりを意識しないことなど、不可能だ。

 でも、彩花は真剣に取り組んでいるのだから、こちらも真摯に応えなければならないだろう。


(俺は、ゲームを教えるロボットだ)


 内心でそうつぶやいてから、翔は再び手を重ねた。


「じゃあ、もう一回行くぞ。三、二、一……今!」

「はいっ」


 彩花のキャラが、炎の列を綺麗に跳び越えた。

 続けて谷の部分もジャンプで通過し、迫ってきた敵をファイアーで撃退。


「やった、できたよ!」

「うん。タイミング、バッチリだったぞ——あっ」


 一瞬、体が硬直した。左半身に伝わる、女の子特有の柔らかさ。

 今更ながら、ほとんど密着していたことを自覚した。


「ご、ごめん!」


 逃げるように彩花から離れた。顔が燃えるように熱い。


「う、ううん。私からもお願いしたんだし」


 言葉とは裏腹に、彩花の瞳は落ち着きなく揺れ、頬もうっすらと色づいている。

 確かに一度は意思を確認したが、あの状況では断りづらかったかもしれない。


「マジでごめん」

「ちょ、そんな暗い顔しないでよ。別に嫌じゃなかったし」


 彩花はそう言って、ポンポンと肩を叩いてくる。


「……ほんとに?」

「うん。もし嫌だったら、草薙君は今ごろ悶絶して床をのたうち回ってたよ」

「怖いって」


 拳を握ってニヤリと笑う姿に、口元が引きつる。

 彩花は握りしめていた手をほどき、ひらひらと振った。


「というわけで、もう気にするの禁止ね。ほら、もっと教えてよ」

「ああ……わかった」


 無事にコツを掴めたのか、彩花はその後も順調に成長し、人並みにプレイできるようになった。


「どう? すごくない?」


 ゲームクリアの画面を指差して、彩花がふふん、と鼻を慣らす。


「うん。かなり上手くなったな」

「でしょ。どのくらいのレベルまで行ったと思う?」

「俺の初見と同じくらいだな」


 つい素直に評価してしまうと、期待に満ちていた彩花の表情がすん、と消えた。


「……もう一回英語の勉強しよっか。徹底的に」

「じょ、冗談だって。ほら、次のステージ行こうぜ」


 慌ててメニューを操作すると、彩花は呆れたようにため息を吐いてから、「仕方ないなぁ」とコントローラーを持ち直した。




◇ ◇ ◇




「ただいまー」


 休憩がてらお茶を飲んでいると、花音が帰ってきた。


「おかえり。双葉、妹の花音」

「お邪魔してます。双葉彩花です」


 彩花が律儀に立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。


「どうも。兄がお世話になってます」


 花音は抑揚のない声で答えた。あれだけ興味津々だったのに、緊張しているのだろうか。

 彩花の口元にぎこちない笑みが浮かぶのを見て、翔は妹を促した。


「ほら、とりあえず手洗いうがいしてこい」

「うん」


 花音は横目で彩花を見てから、洗面所に向かった。

 その背中を見送りながら、彩花がぽつりとつぶやく。


「ちゃんとお兄ちゃんしてるんだね」

「そりゃあな。そういやあいつ、俺らの略歴は知ってるから。ちょっとお願い事したら、代わりに吐かされてさ」

「ふふ、威厳はないんだ?」

「全世界の兄は妹に勝てないんだよ」


 口元を抑えてくすくす笑う彩花に、翔は大袈裟に肩をすくめてみせた。


 程なくして戻ってきた花音は、彩花の向かいに腰を下ろした。やはり関心はあるようだが、その表情は硬いままだ。

 彩花も普通ではない雰囲気を感じ取ったのか、背筋を伸ばしている。


 冷蔵庫の重低音のみが響く中、花音が切り出した。


「彩花さんって、綺麗ですね」

「えっ、そうかな? ありがと」


 彩花はいきなりの賛辞に驚いたようだったが、すぐに柔らかく目元を緩めた。


「花音ちゃんもかわいいよ。目鼻立ちとか、けっこう草薙君に似てるかも。やっぱり兄妹だね」

「それ、お兄ちゃんも顔が整ってるって意味ですか?」

「えっ? い、いや、そういう意味じゃっ……あっ、もちろん草薙君も整ってると思うけどっ!」

「慌ててフォローしなくていいぞ」


 平凡な顔立ちであることは自覚している。

 翔が苦笑を向けると、彩花はふいっと顔を背けた。


「……別に、そういうのじゃないし」


 どこか不満げな声色だ。素直に喜んでおくべきだったのだろうか。

 花音がひとつ息を吐き、真剣な表情で身を乗り出す。


「あの、ちょっと彩花さんに聞いてみたいことがあるんですけど」

「うん。なに?」


 彩花が居住まいを正した。

 花音は唇を舐めてから、おずおずと切り出した。


「こんなこと言ったら二人に失礼ですけど……彩花さんなら、もっとイケてる人を狙うことだってできると思うんです。なのに、なんでお兄ちゃんと仲良くしてるんですか?」


 翔は眉を寄せた。宣言通り、なかなかに失礼な質問だ。


「そうだね……」


 彩花は一拍置いて、まっすぐ花音を見据えながら答えた。


「確かに、草薙君よりオシャレだったりする人はいるかもしれない。でも、大事なのってそこじゃないと思うんだ。結局、一緒に楽しめたり、安心できないと意味ないから」


 よどみない口調だった。

 花音は小さく息を呑み、瞳を伏せた。


「……わかりました。失礼なこと聞いてごめんなさい」

「ううん、気にしないで。むしろ、安心したよ」


 彩花が親指をグッと立てると、花音は照れたように鼻の頭をかいた。


(えっ、今の日本語だったよな?)


 翔は二人の顔を見比べた。全て聞き取れていたはずなのに。


「彩花さん。お兄ちゃん全然意味わかってないみたいですけど、教えてあげます?」

「ぜ、絶対ダメ!」

「ふふ、冗談ですって」


 身を乗り出して口を塞ごうとする彩花の手から逃れつつ、花音は声を弾ませた。


「……まあ、仲良くなってるならいいか」


 翔は理解するのをあきらめた。

 ちょうどそのタイミングで、京香も帰宅した。


「そういえば京香さん、洗濯物がどうとか言ってなかった?」

「「——あ」」


 彩花のつぶやきに、翔と花音の声が重なる。


「花音、早くっ」

「うん、彩花さんナイスっ」


 花音がバッグを漁り、すり足で洗面所にダッシュする。

 翔は「サンキュー」と彩花に囁いてから、京香の荷物を受け取りに行った。


「お帰り。お、けっこう重いな」

「卵あるから慎重にね」

「了解」


 好都合だ。京香の前をゆっくりと歩く。時間稼ぎをするサッカー選手の気持ちが少しわかる気がした。

 その甲斐もあって、京香がリビングに姿を見せるころには、花音はすでに任務を終えていた。


「お母さん、おかえりアンドただいま」

「うん、お疲れ。洗濯物は出した?」

「当然じゃん」


 花音が得意げに胸を張ると、京香は口の端だけで笑った。


「お弁当は?」

「一分後の私が『出したよ』って言いました」

「今出しなさい」

「ハイ」


 コントのような掛け合いに、翔と彩花は揃って吹き出した。

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― 新着の感想 ―
一分後の私が『出したよ』って言いました マジで吹き出しました(笑) 天才的な返答ですよね。 これ、今後の仕事で使おうと思います!
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