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第16話 ちょっとしたサプライズ

「これでよかったよな……」


 翔は右手から提げている箱が揺れないよう細心の注意を払いながら、お店を出て、来た道を引き返していた。

 今更ながら不安が押し寄せてくるが、もう後戻りはできない。開き直るしかないのだ。


 電車の時間を送ると、即座に了解というスタンプが送られてきた。

 一人でトレーニングを開始せず、待ってくれているのだろう。箱の中身が、その優しさに応えられるものであればいいのだが。


 二駅分戻ると、改札の向こうに彩花の姿があった。

 迎えにきてくれたらしい。そこまでしてくれなくても、とは思うが、口に出すのは失礼な気がした。


「悪いな、行ったり来たりさせて」

「ううん。歩くのもいい運動になるから。それより草薙君。もしかして、それ……」


 彩花は箱に視線を向け、ぱちりと目を丸くした。


「いや、その……ジムの前にちょっと家寄ってもいいか?」

「ふふ、もちろん」


 すでに中身を察したのか、その口元がほころんでいた。

 玄関で出迎えてくれた彩花の母親である真美も、箱に対して同じような反応を示した。


「あら、もしかして……?」

「大したものではないですが、本当に良くしていただいてますし、これからもお世話になると思うので」


 そう言って、花音に教えてもらったお店で買ってきたフルーツタルトが入っている箱を差し出す。


「気を遣わなくてもいいのに……本当にいい子ね」

「いえ、別にそんな」


 当然のことをやったまでなのだが、やはり真正面から褒められるとむず痒い。

 彩花が後ろで手を組み、イタズラっぽく顔をのぞき込んでくる。


「それで、私を突き放したんだ?」

「えっ? い、いや、突き放したわけじゃないって」

「ふふ、わかってるよ。わざわざありがと。ケーキなんて誰かが誕生日のときしか食べないからさ」

「まあ、普通はそうだよな」


 お金持ちは明確なイベントがなくても高級なケーキやお菓子を食べているイメージがあったのだが、双葉家はそんなことはないらしい。

 家具も特段ギラギラはしていないし、真美と彩花の金銭感覚は意外と庶民的なのかもしれない。


「ちなみに、何ケーキ?」

「フルーツタルトだよ」

「あっ、だから昨日、果物何が好きかとか聞いてきたんだ?」

「まあ、一応な」


 お弁当にイチゴが入っていた時点では、フルーツタルトにするか、無難にショートケーキで行くか迷っていた。

 そこで、さりげなくアレルギーや好き嫌いについて尋ねてみると、家族全員果物はなんでも好きだという答えが返ってきた。


「全然気づかなかったよ。意外とポーカーフェイス得意なんだね」

「かもな」


 双葉よりは得意だと思う——。

 そう言いかけて、筋トレの前だということを思い出して慌てて飲み込んだ。


「でも、いきなりボリューミーなの買ってきて大丈夫だったか?」

「安心して。たとえダイエット期間でも、ケーキもらって喜ばない女子はいないから」


 彩花がなぜか得意げに親指を立てた。


「むしろ、人からもらったんだからって言い訳できるから、罪悪感もなくてありがたいわよね」

「わかる」


 母娘はうんうんとうなずき合った。

 気を遣ってくれている側面もあるのだろうが、やはり女子が甘い物好きなのは真理なようだ。翔は胸のつかえが下りた気がした。


「弓弦はお友達の家に行っているんだけど、きっと喜ぶわよ」

「何よりです。食後にでも、皆さんで食べてください」

「いえ、もらうだけは悪いし、せっかくだから翔君も一緒に食べていかない?」

「あっ、それいいじゃん」


 真美の提案に、彩花がすぐ乗ってくる。


「弓弦もそんなに遅くはならないだろうから、帰ってくるまで待ってようよ。草薙君にも会いたがると思うし、みんなで食べたほうが美味しいじゃん」

「夕食をちょっと減らせばいいしね」


 真美もサラリと同調した。


「でも、さすがに迷惑じゃないですか?」

「そんなことないよ。筋トレ終わったら、勉強に付き合ってもらう予定だから」

「えっ?」


 彩花の思わぬ提案に、言葉が詰まる。


「ほら、前に教えてあげるって言ったでしょ。それに、他の人の目があったほうが集中できる気がしない?」

「まあ、それは確かに」


 花音は基本的に静かであるため、翔自身も普段はリビングで勉強していた。


「じゃあ、決まりでいい?」

「おう。けど、元々はそんな予定なかっただろ」

「プロデューサーの言うことは?」

「絶対じゃないからな」

「ノリ悪いなぁ」


 文句を言いながらも、彩花の声はどこか軽やかだった。




「後にケーキが控えてると思うと、いくらでも頑張れるね」


 ストレッチをしている彩花の動きは、どこかいつもよりも軽やかだ。


「本当に負担じゃなかったか?」

「全然。むしろ、ちょっと見直しちゃったくらいだよ。さすがジェントルマンだね」

「……揶揄われてる気しかしないんだけど」

「そんなことないって。サプライズと甘いものは、女子の好きな組み合わせだからね。おかげで筋トレも勉強も頑張れそうだよ」

「ならよかったけどさ」


 彩花の表情は少し真剣なものになっていた。

 サプライズというよりは、単に恥ずかしくて隠していただけなのだが、それは黙っておくことにする。


(でも、マジでこのあと、双葉の部屋で勉強するのか……)


 ふとこれからのことを考え、心臓の鼓動が早まる。

 翔はいつもより早くストレッチを切り上げた。


「あれ、もうやるの?」

「おう。体は十分温まったから」


 軽い口調を意識して答えながら、翔は早速一つ目のメニューに取り掛かった。




◇ ◇ ◇




 雑念——邪念と言い換えてもいいかもしれない——に入り込む隙を与えないよう、ひたすらトレーニングに打ち込んだ結果。


「う、腕が重い……」


 筋肉痛になった前回よりも、明らかに疲労感があった。

 今日明日は、何をやるにしても腕をプルプルさせることになるだろう。花音のジト目が目に浮かぶ。


 そうでなくても、すでに呆れたような視線が飛んできていた。


「もう、このあと勉強するんだよ?」


 彩花が腰に手を当てて、やれやれと肩をすくめている。


(その勉強場所のせいなんだけどな……)


 しかし、言っても意識のしすぎだと流されるだけだ。最悪、引かれる可能性すらあるだろう。

 結局、翔は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

次回はいよいよ、彩花さんの自室に足を踏み入れます……!

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