第14話 幼馴染に問い詰められた
「あんた、お姫様とどういう関係なわけ?」
香澄は腕を組み、探るような視線を向けてきた。
「あー……」
こういうときは、変に誤魔化すほうがかえって怪しまれる。
正直に答える義理などないが、香澄は無闇に噂を広めるタイプじゃないし、事実を話したほうが面倒はないだろう。
「前に、公園でヤンキーに絡まれてる男の子を助けてさ。それが双葉の弟だったんだよ。で、筋トレしたいって話になったときに、双葉の家にホームジムがあるっていうから貸してもらうことになって、今日はプロテインをもらってたんだ」
「……にわかには信じられないくらい、すごい偶然ね。他の人に言っても、作り話だと思われるんじゃないかしら」
「かもな。というか、言うなよ」
「言わないわよ。私にメリットがないもの。それにしても——」
そこで香澄は、皮肉げに口元を歪めた。
「あんた、ヤンキーに立ち向かえる度胸なんてあったのね」
「半分ヤケクソだったよ……あっ」
言ってから気づく。
ヤケクソの理由は、鋭い彼女であれば察してしまうだろう。
「……悪い」
「別に。あんたが謝ることじゃないわ」
香澄の眉間にシワが寄る。
(相変わらず頑固だな)
苦笑しながら、普通に会話できている自分に少し驚く。
彩花はどちらかといえば、プロデューサーというよりカウンセラーに近いのかもしれない。
「……まあ、事情はわかったわ」
香澄はふっと息を吐き、翔の横を通り抜ける。
数歩進んだところで、振り返り、
「せいぜい、幻滅されないように頑張ることね」
それだけを言い残して、早足で去っていった。
「……何がしたかったんだ?」
上から目線の捨て台詞も、フったくせに他の女との関係を探ってくるのも、正直意味がわからない。
(ま、お姫様と陰キャが一緒にいたら、そりゃ誰だって驚くか)
どのみち、考えても仕方のないことだし、そもそも考える必要もないだろう。
そう自分に言い聞かせていると、再び背後から声がかかった。
「——お兄ちゃん」
制服姿の花音が、険しい表情を浮かべていた。
「おう、花音。おかえり」
「うん……あの人と、何話してたの?」
「ちょっとした世間話だよ。気にすんな」
「……そう」
花音が不満そうに鼻を鳴らす。
翔はその頭にポン、と手を置いた。
「ありがとな。心配してくれて」
「別に、そういうわけじゃないし。ちょっと気になっただけ」
花音は途端にスタスタ歩き出した。
同学年に比べれば大人びているとは思うが、こういうところはまだまだわかりやすい。
「そうだ。話は変わるけど、この近くに美味しいケーキ屋さんとか知らないか?」
まだ友達とカフェでお茶をする年頃ではないかもしれないが、翔よりは詳しいだろう。
花音はスッと瞳を細めて見上げてきた。
「もしかして、一緒に筋トレした人に?」
勘のいいガキは嫌いだ——。
喉から出かかった言葉を飲み込む。ヘソを曲げられて、対価を要求されてはたまらない。
「いろいろお世話になってるから、ちょっとな」
「ふーん? まあ、女の子が好きそうなところは何個か知ってるよ」
「おっ、それじゃあ——」
「その『いろいろ』を教えてくれたら、こっちも教えてあげる」
勢い込む翔をサラリと遮り、花音は腰に手を当ててニヤリと笑った。
立派に成長しているようで、何よりである。
——花音とのやり取りを経て、翔の頭からはすっかり香澄とのやり取りが抜け落ちていた。
しかし、当の香澄はまだ、切り替えることができていなかった。
(偶然とはいえ、明確なきっかけはあったみたいだけれど……だからって、お姫様がなんで翔なんかと?)
女子の中には嫉妬をあらわにしている者もいるが、彩花の美貌や成績は努力の積み重ねだ。少しでも自分磨きをしたことがあれば、一目でわかる。
だからこそ、大した努力もしていない翔を選ぶ理由がわからなかった。
翔は確かに優しいけれど、それだけ。
だから、サッカーに打ち込んでいる翼のほうが眩しく見えた。もっと魅力的な人がいたら、そちらに意識がいくのは当然だ。
(だってあいつは、あの事件のあとでさえ、変わろうとしなかったのよ)
筋トレだって、どうせ気まぐれで始めたのだろう。長続きするとは思えないし、百歩譲って少し成長したとしても、彩花と釣り合うレベルではない。
そもそも、そんな人などほとんどいないだろうが。
もしかしたら、彩花は恋愛としてではなく、「安住の地」として翔を選んだのかもしれない。
そう考えると、少しだけ気持ちは落ち着いた。
(逆に、どうしてこんなにモヤモヤしてたのかしら……まあ、ちょっと気になっただけよね。普通にしてたら、まず交わってない二人だし)
胸の奥に残る、かすかな違和感にはフタをして。
香澄はそこで思考を終わらせた。