表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第十章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/129

第125話 お姫様からの宿題

 ペンを置いて時計を見ると、勉強を始めてから一時間以上が経過していた。


「もうすぐ、父さん帰ってくるな」


 父親の正志に会うのは、高校入学時以来だ。

 そろそろ下に降りようかと立ち上がったところで、スマホのバイブが鳴った。


 画面を確認すると、『双葉 彩花』の文字。

 通話ボタンをタップして、スマホを耳に当てる。


「もしもし」

『翔君。今ちょっといい?』

「おう。どうした?」

『実はね、明後日の筋トレと勉強会なんだけど、明日の午後にずらせないかなって思って。美波と遊ぶことになっちゃってさ』

「あー……悪い。今日と明日で父さんが帰ってくるから、ちょっと無理そうだ」


 翔が答えると、電話の向こうで彩花が小さく「そっか」とつぶやいた。


『お父さん、単身赴任だもんね。じゃあ、仕方ないか』

「悪いな」

『ううん、気にしないで。……でも、ちょっと空いちゃうね』


 彩花の声が、わずかにトーンを落とした。

 今日は彩花のほうにも用事があったから、次に筋トレと勉強会をするのは四、五日後だ。


「文化祭準備では会うだろ」

『そうだけど、やっぱりそれとは別じゃん。その……二人のほうが落ち着くし』

「まあ、お互い大人数は苦手だしな」

『……そうだね』


 ふっと、息をこぼす音がした。

 それからすぐに、声音が切り替わる。


『けどやっぱり、筋トレと勉強の間隔が空くのは、プロデューサーとして好ましくないな』


 少しおどけた口調だった。

 翔は思わず肩の力が抜けるのを感じた。


「じゃあ、前みたいに宿題出してくれよ」

『いいね。じゃあワークと……自重トレも入れとこうか』

「えっ、筋トレも?」

『もちろん。一応確認したいから、その日のうちに動画を送ってもらおうかな』

「ちょ、ちょっと待て。それはさすがに恥ずかしいって」


 同級生の女の子に自分のトレーニング姿を送るなど、何の罰ゲームだ。


『自撮りの練習も兼ねてだよ。一石二鳥でしょ?』

「いや、それはまた別だろ」

『いいのいいの。後でそれぞれ範囲とメニュー送るね。それじゃ、ちゃんとお父さんに親孝行するんだよ』

「あ、おい、彩花——」


 ツーツーという電子音が、無情にも耳元で響いた。

 あの声の弾み方、絶対に楽しんでいたに違いない。


「マジかよ……」


 スマホの画面を見つめながらがっくりと肩を落としたそのとき、インターホンが鳴った。




◇ ◇ ◇




 久しぶりの四人での夕食は、時間がゆったりと流れた。


「それにしても翔。体つきが少しがっしりしたんじゃないかい?」


 近況報告が一通り終わったあたりで、正志が翔に目を向けた。


「まあ、ちょっと鍛えててさ」

「そうなんだ。自分で腕立て伏せとかをやったり?」

「いや、ジム。友達がホームジム持ってて」


 そのとき、隣で花音が勢いよく身を乗り出した。


「お父さんっ、その友達はなんと女の子で——」

「余計なことを言うのはこの口か?」


 翔はすかさず手を伸ばし、花音の頬を両指でぐいっと引っ張った。


「いっ、ちょっと、やめ……っ」


 抗議の声を上げる花音を見て、正志は穏やかに笑った。


「二人の仲も良好そうで何よりだよ」

「どこがだよ」

「どこがなの」

「「——あっ」」


 見事に重なった声に、正志がふっと笑い声を漏らす。

 翔と花音は互いに顔を見合わせ、同時に反対方向を向いた。




◇ ◇ ◇




 翌朝。

 玄関先で、靴を履き終えた花音が申し訳なさそうに振り返った。


「ごめん、せっかくお父さん来てるのに」

「気にしないで楽しんできなさい」


 正志が穏やかに言うと、花音は「うん」と短くうなずいた。


「頑張れよ、花音」

「うるさい。そういうのじゃないから」


 翔が正志の背後から揶揄うように声をかけると、花音はむっと眉を寄せて扉を開けた。

 リビングに戻ると、正志がゆっくりと口を開いた。


「今日の相手、もしかして例の幼馴染の男の子かい? 北斗君と言ったかな」

「そ。誕プレ渡すみたい。誕生日は過ぎてるみたいだけど」


 元々は誕生日の前日に渡すつもりだったらしいが、北斗に外せない用事が入ったらしく、今日に変更となったそうだ。

 花音は「別にちゃんと約束してたわけじゃないから」などとぶつぶつ言っていたが、明らかに強がっている様子だった。

 ここ数日は、特に刺激しないよう気を遣ったものだ。


「ああいう性格だから、素直におめでとうなんて言えなそうだけど」

「確かに、花音には少しハードルが高いかもしれないね」


 翔と正志は顔を見合わせ、声を上げて笑い合った。

 一息ついたところで、正志が不意にじっと翔を見つめてきた。


「……父さん、どうした?」

「いや……昨日から思ってたけど、前よりも表情が明るくなったね」

「そうか? まあ、確かに毎日が充実してるなーとは思うけど」

「何よりだよ」


 正志は柔らかくうなずいた。


「けど、何かあったら遠慮なく相談していいからね。京香さんでもいいし、花音だって、いざとなったら真剣に寄り添ってくれるだろうから」

「それは、わかってるよ」


 あの小生意気な妹が、いざというときに心配性なことはわかっている。

 これまでだって、何度も助けられた。


「時に翔、ホームジムを持ってる友達は女の子だって?」

「……うん、まあ」


 不意の問いかけに、翔は一拍置いてうなずいた。

 なんとなく触れてほしくなかっただけで、嘘まで吐くつもりはない。

 どうせすぐバレるし、やましいことも特にないのだから。


「どんな子なんだい?」

「別に、普通の女の子だよ。面白くて、一緒にいて落ち着く子。ちょっとおっちょこちょいだけど」

「そうか。一緒にいて落ち着くというのは、大事な要素の一つだと思うよ」


 正志は少し遠くを見るように目を細めた。


「私が京香さんと人生を共に過ごしたいと思ったのも、それが一番の決め手だったからね」

「まあ……それはそうだよな」


 どれだけ見た目がタイプでも、一緒にいて疲れる相手と長くやっていけるとは思えない。


「けど、別に彼女とかじゃないから」

「うん、そこは翔の好きにするといい。でも——」


 正志の声が、わずかに真剣みを帯びた。


「可能性を否定してはいけないよ」

「……可能性?」

「そう。他人に対しても、自分自身に対してもね。それは、とても失礼なことだから」

「えっと……要は決めつけるな、ってこと?」

「うん、そういうことだね。今はまだよくわからないかもしれないけど、頭の片隅に入れておくといいよ」

「ああ、うん……わかった」


 うまく言葉にはできないが、何かとても大切なことを教えられた気がした。

 ただ、正志の言葉が何を指し示しているのか、このときの翔にはまだ、わからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ