第123話 お姫様とベタな展開
列車が停車し、扉が開くと、約束通り彩花の姿があった。
「草薙君、おはよ——あれ?」
彩花は翔を見るなり、小首を傾げた。
「どうした?」
「そんな服、持ってたっけ?」
「ああ、これ? 前に潤と遊んだときに買ったやつだよ」
「……ふーん」
彩花は少し眉を寄せた。
気に入らないといった表情に、翔の胸がざわつく。
「えっと……似合ってなかったか?」
「ううん、似合ってるけど……プロデューサーの意見を通さないのはいただけないな」
「あっ……それはごめん」
「ちょ、冗談だって!」
前回は彩花に選んでもらったのに、今回は相談もしなかったというのは、プロデュースをしてもらっている側としては確かに失礼だったかもしれない。
翔が素直に謝ると、彩花が慌てて手を振った。
「草薙君のものなんだから、草薙君の好きにすればいいし」
「そっか」
冷静に考えれば、その通りだった。
ただ、一瞬だけ本音に聞こえた気がして、翔の心臓は未だに早鐘を打っていた。
「でも、女子目線の意見がほしければ、いつでも聞いてね」
「おう。また頼らせてもらうわ」
「はーい」
いつも通りの明るい返事に、翔はようやく肩の力を抜いた。
だが、やられっぱなしというのも少し悔しい。翔は視線を落として、口を開いた。
「そっちこそ、あのカーディガンじゃないんだな」
「えっ? あ、い、いつもあればっかりなのも変かなって思って!」
彩花の声が一段高くなった。
「あと、これは美波と遊んでるときにかわいいなって一目惚れして、それで——」
「冗談だよ」
必死に弁明する彩花を前に、翔はくすっと笑みを浮かべた。
「双葉のものなんだから、双葉の好きにすればいいって」
「っ……やっぱり、草薙君っていい性格してるよね」
彩花はそっぽを向いた。
相変わらず、自ら攻撃を仕掛ける割には防御が弱い。
翔はほんのり膨らんでいるその頬から視線を外し、下へと滑らせた。
柔らかい色のブラウスが、朝の光の中でよく映えている。
「それに、その服も似合ってるし」
その言葉は、自然と口から漏れ出た。
彩花は一瞬だけ翔の顔を見つめた後、すっと視線を横に外した。頬に薄く色が差している。
「……秋モノの服は、また草薙君に選ばせようかな」
「そっちがそれでいいなら、全然付き合うけど」
「言ったね? 一日中連れ回すから、覚悟してて」
「それは勘弁してくれ」
◇ ◇ ◇
映画館のロビーは、昼前の混雑でざわついていた。
飲み物のカップとポップコーンの匂いが入り混じる中、二人は売店の列に並んだ。
「草薙君は何飲む?」
「久しぶりにコーラにしようかな。そっちはいつも通りオレンジジュースだろ?」
翔がニヤリとすると、彩花はむっと眉を寄せた。
「……その言い方、なんかムカつく」
「じゃあ、何飲むんだ?」
「……オレンジだけど」
翔は思わず吹き出した。
彩花が頬をほんのり染めて、じとっと無言の抗議を送ってくる。
「悪い悪い。——ポップコーンはどうする?」
露骨だとは自覚しつつ、話題を逸らす。
彩花はため息を吐き、ふっと目元を和らげた。
「うーん、どうしようかな。一個は多いんだよね」
声色もいつも通りだ。
本当に機嫌を損ねていたわけではないのだろう。
「じゃ、半分にしようぜ。俺もあの量を一人で食べるのはキツいし」
「うん、そうしよ」
「味はどうする? 俺はなんでもいいけど」
「んー……じゃあ、キャラメルで」
「了解。結構混んでるから、俺がまとめて買ってくるよ。双葉はあっちで待っててくれ」
「わかった。お願いね」
彩花はあっさりと了承し、列から少し離れた場所へ移動する。
レジで会計をしている間、ふと視線を向けると、彩花はスマホの画面をじっと見つめて指を滑らせていた。
商品を受け取った翔は、両手が塞がった状態で彩花の元へ戻る。
「これくらいは俺が出すよ」
彩花はニヤリと笑い、スマホの画面を掲げてみせた。
そこには、電子決済アプリの送金完了画面が表示されている。
「……相変わらず手際がいいな」
「私から誘ったんだし」
彩花は得意げにあごを上げる。
「電子決済にも欠点があったんだな」
苦笑いしながら、翔はオレンジジュースを彩花に手渡した。
場内に入ると、ほどよく席は埋まっていた。
照明が落ち、スクリーンに映画の予告が流れ始める。
翔がモニターをぼんやりと眺めながら、ポップコーンに手を伸ばした瞬間、指先に温かいものが触れた。
——彩花の指先だった。
「わぁ、ほんとにこういうベタな展開って起こるんだね」
「絶対わざとだろ」
大袈裟に目を見開く彩花の指先を、翔はペシっと払った。
「ふふ、びっくりした?」
「いや、あんまり」
「もう、ノリ悪いなぁ」
彩花は不満そうに言いつつも、その表情はどこか楽しげだ。
翔は胸の奥に少しくすぐったさを覚えながら、再びスクリーンへと意識を戻した。




