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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第十章

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第122話 映画の約束

 彩花の机の前に並んで座り、それぞれワークを広げる。

 翔は現代文の問題に取り組みながら、わからないところは彩花に質問した。

 反対に彩花は、数学の問題で詰まると翔に助けを求めた。


「翔君。この問題、どうやって解くんだっけ?」


 彩花がペン先でノートを示す。

 翔は身を乗り出して問題を覗き込み、式を書き込みながら説明した。


 ふわり、と甘い香りが鼻先をくすぐる。

 シャンプーの残り香だろうか。翔の鼓動が、わずかに速まった。


「なるほど。ありがと、翔君」

「おう」


 翔は短く答えて、自分のワークに視線を戻した。


「ふわぁ……」


 しばらく勉強を続けていると、ふいに睡魔が襲ってきた。


(やば……眠い)


 運動とシャワーによるじんわりとした心地よい疲労感と、エアコンの効いた部屋の快適さが、翔のまぶたを重くした。


「翔君、眠そうだね。ちょっと寝てていいよ。起こしてあげるから」

「いや、大丈夫……」


 口ではそう答えたが、もう限界だった。

 翔は机に突っ伏すようにして、意識を手放した。




 ——どれくらい時間が経っただろうか。

 くすぐったい感触が、脇腹を撫でた。


「んっ……」


 もぞもぞと身じろぎする。

 しかし、くすぐったさは止まらない。それどころか、どんどん激しくなっていく。


「ちょ、まじでやめ……っ⁉︎」


 翔は反射的に飛び起きて——息を呑んだ。

 目を見開いて固まる彩花の顔が、すぐ目の前にあった。


「っ……!」


 翔の心臓が、ドクンと大きく跳ねる。

 二人の顔は、吐息がかかるほどの距離だった。


「あ、えっと……っ」


 彩花の瞳が揺れ、頬がみるみるうちに赤く染まっていく。

 翔は咄嗟に身を引いた。


「……突然どうしたんだよ?」


 なんとか声を絞り出すと、彩花も慌てて距離を取った。


「その、前に虫ドッキリはやったし……弓弦が寝てたせいで、少しこちょこちょ欲が溜まってたっていうか」

「そんな欲あるか。というか、普通に起こすって選択肢を持ってくれ。一応、異性を部屋に入れてるわけだしさ」


 翔が苦言を呈すると、彩花はほんのり唇を尖らせた。


「……そうやって言ってくれる時点で、翔君は大丈夫でしょ」

「いや、まあ、それはそうだけど……」


 翔は語尾を濁した。

 何を言えばいいのか、そもそも何かを言うべきなのかもわからなかった。


「……ちょっとお手洗い行ってくる」


 彩花はどこか素っ気なく言い残すと、振り返ることなく部屋を出ていった。

 一人残された翔は、天井を見上げて大きく息を吐いた。


「なんか、伝え方まずかったかな……」


 彩花の不満そうな表情が蘇る。

 少しばかり読解力が上がっても、実生活にはあまり効果はないらしい。


 幸い、トイレから戻ってくると、彩花はいつも通りの調子を取り戻していた。

 翔はわずかに釈然としない思いを抱えつつも、話を蒸し返そうとはしなかった。




◇ ◇ ◇




 勉強を終えた後、翔はいつも通り、彩花に駅まで送ってもらっていた。

 夕暮れの空を見上げながら、二人で並んで歩く。


「三人でのランニングもそうだし、勉強後のゲームも付き合ってくれてありがとね」


 彩花が穏やかな声で言った。


「気にすんな。俺も楽しませてもらってるから」

「それなら良かったけど、弓弦がまた草薙君と映画とかも観たいって言ってるから、いつかもう一回くらい付き合ってもらうことになるかも」

「スケジュールが合えば、二回でも三回でもいいぞ」

「ふふ、そっか。でも、弓弦があんまり懐いたら、お父さんがまたペンを折っちゃうね」


 彩花がくすくすと笑う。

 翔も口元を緩めた。輝樹なら本当にへし折ってもおかしくなさそうだ。


「映画と言えば、草薙君は恋愛映画とか興味あるって言ってたよね? 今はなにか、気になってる作品とかある?」


 彩花が何気なく尋ねてきた。


「うーん、そもそもあんまり知らないんだよな。どんなのがやってるんだ?」

「えっとね、これとか評判いいみたいだよ」


 彩花はすぐにスマホを取り出し、画面を翔に見せてきた。

 映し出されたのは、クラスメイトの男女が入れ替わる青春映画のポスターだった。


「あれ、これって、弓弦と三人で行ったときにポスターになってたやつか?」

「そう! よく覚えてたね」


 彩花の声が、一段明るくなった。


「あのとき、草薙君が興味あるって言ってたし……えっと、その……」


 彩花の言葉が急に勢いを無くした。

 彼女はオロオロと視線を彷徨わせていたが、やがて意を決したように翔を見た。


「良かったら、一緒に観に行かない?」

「……弓弦と三人で、ってことか?」

「ううん。あの子はこういうの、まだ興味ないよ」


 翔が確認すると、彩花は首を横に振り、早口で続けた。


「その、琴葉は緑川君と見るみたいで、美波はこういうの興味ないし。それにほら、前に草薙君も言ってたけど、一人で観に行くのはちょっと腰が引けるっていうか」

「ああ、確かにそれはあるよな」

「うん……それに、二人で見たら楽しいだろうし」

「えっ?」

「あ、い、いやっ、一人で見るよりってことだよ⁉」


 彩花が慌てて付け加える。

 翔はその勢いに気圧されるようにうなずいた。


「あ、ああ、それはわかってるよ。俺でいいなら、行こうぜ」

「ほんと? じゃあ、決まりね。いつにする?」


 彩花が前のめりになって尋ねてくる。

 瞳が輝いていて、楽しみにしているのがひしひしと伝わってきた。

 翔はこほん、と咳払いをした。


「ん、どうしたの?」

「いや、ちょっと喉乾いてさ」


 翔はペットボトルを取り出し、水を一口飲んだ。

 喉を通る冷たい感覚が、やけに心地よい。


「ふぅ……混んでるだろうし、夏休み後にするか?」

「でも、学校に加えて文化祭準備も佳境に入るだろうから、忙しそうじゃない?」

「確かに」


 二人はスマホのカレンダーを見ながら、日程を調整した。

 どちらも空いている日を見つけるのは、あまり難しい作業ではなかった。


「じゃあ、この日で」

「うん。楽しみだね」


 彩花が笑顔でうなずく。

 その表情を見て、翔はふと思い出した。


「そういえば、前に電話で言いかけてたことってなんだったんだ?」

「ああ、あれはもう大丈夫。ごめん、紛らわしいこと言っちゃって」

「いや、それはいいけど……」


 用事はすでに済んだ、ということだろうか。

 だとすると——


 翔は思わず彩花の横顔を見つめた。

 しかし、その表情はいつもと変わらないように見えた。


(……考えすぎか)


 翔は小さく首を振り、駅へ向かう足を進めた。

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