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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第十章

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第121話 ウサギ系彼女

「翔くん、おはよー!」


 翔がインターホンを押すや否や、サッカーの練習着姿の弓弦が玄関から飛び出してきた。

 到着時間を伝えていたので、待ち構えていたのだろう。


「ねぇ、早く走ろ!」

「弓弦、落ち着いて。翔君はまず荷物を置かなきゃいけないから」


 その背後から、彩花が呆れた様子で顔を見せた。


「弓弦、ちょっと待っててな。——彩花、おはよう」

「おはよ、翔君。朝からありがとね。荷物は私の部屋でいい?」

「おう、サンキュー」


 彩花の案内に従い、彼女の部屋に荷物を置く。

 ランニング後は勉強をするので、リビングに置かせてもらうよりも都合がいい。


「よーし」


 翔と彩花が玄関に戻り、靴を履いていると、弓弦が早速ボールを蹴りながら走り出そうとしていた。


「弓弦。ボールはしまっといたほうがいいぞ」

「えっ、なんで?」

「車とか、通行人のほうに行ったら危ないからさ」

「あ、確かに」


 弓弦は素直にうなずくと、ボールをネットにしまい始めた。

 その様子を見ていた彩花が、くすりと笑う。


「なんか、近所のお兄ちゃんじゃなくて、ほんとのお兄ちゃんみたいだね」

「そうか?」

「うん。お父さんより頼りになるかも」

「それは輝樹さんに失礼だろ」

「でも、あの人は翔君に勝つために弓弦のご機嫌取りするから」

「確かに」


 威厳のある父親というのが第一印象だったが、輝樹は意外にも立場が弱いようだ。

 だからこそ、双葉家はあれだけ仲が良いのだろう。

 そういえば、弓弦の好きなアイスは無事に買えたのだろうか。


「ね、それならさ——」


 弓弦が翔と彩花を交互に見上げると、キラキラと瞳を輝かせた。


「どうした、弓弦?」

「翔くんとお姉ちゃんが結婚したら、ほんとに僕のお兄ちゃんになるんじゃない?」

「「っ……!」」


 翔と彩花は、同時に固まった。


(け、結婚って……っ)


 翔は顔の熱を感じながら、思わずちらりと彩花を見た。

 彼女もまた、耳の先まで赤く染まっていた。


「あはは、二人とも赤くなってるー!」


 弓弦はぱたぱたと手を叩きながら、楽しそうにはしゃいだ。

 一瞬の沈黙の後、翔と彩花は顔を見合わせた。


「こちょこちょの刑だな」

「異議なし」

「えっ、ちょ、待っ——」


 よからぬ気配を感じ取ったのか、弓弦が頬を引きつらせた。

 ——そのときにはすでに、翔が右から、彩花が左から、弓弦の脇腹に手を伸ばしていた。


「「弓弦、覚悟しな」」

「ひゃ、あははは! やめ、やめてぇー!」


 弓弦の笑い声が近所に響き渡る。

 必死にもがく小さな体を、翔と彩花は容赦なくくすぐり続けた。


「ご、ごめ、ごめんなさい!」

「何がごめんなさいだ?」

「へ、変なこと言って、ごめんなさい!」


 息も絶え絶えの謝罪を受け、翔と彩花はようやく手を止めた。

 弓弦は玄関先で膝をつき、ぜえぜえと肩で息をしている。


「弓弦。走る前からそんなに息が上がってたら、体力が持たないぞ」

「翔君って、やっぱりいい性格してるよね」

「ありがとな」

「全然褒めてないよ」




◇ ◇ ◇




 三人で走り始めてから、十分ほどが経ったころだった。


「——あっ!」


 弓弦が突然、大きな声を上げた。

 その指の示す先には、スポーツブランドの紙袋を持った花音の姿があった。


「前に映画館で真っ赤になってたお姉ちゃんだ!」

「なっ……⁉」


 花音の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。

 以前、映画館で北斗と一緒にいるところを目撃したときのことを、弓弦はしっかり覚えていたらしい。


(やっぱり、無邪気が一番強いな……)


 翔は苦笑しながら、妹のほうへ歩み寄った。


「おう、花音。買い物か?」

「う、うん。ちょっとね」


 花音は紙袋を体の後ろに隠すように持ち直した。

 その仕草に、翔はふと眉を寄せる。


「バスケ用品か? バッシュとか」

「違うよ。ただのタオル」

「ふーん。いつもは母さんに買ってもらってるのに、自分で買いに行ったんだな」

「た、たまには自分で選びたくなっただけだし」


 花音がそっぽを向いた。

 その頬はなぜか、ほんのりと色づいている。


「花音ちゃん、青いタオルが好きなんだ。なんか、男の子っぽいね!」


 いつの間にか近づいていた弓弦が、袋を覗き込みながら無邪気に声を上げた。


「ちょ、勝手に見ないでよっ」


 花音が慌てて袋を隠した。


(青色? 花音は普通に女の子っぽい色のほうが好きなはず……あっ)


 翔の脳裏にふと、幼いころの記憶が蘇った。

 花音や北斗とよく一緒に遊んでいたころ、彼の誕生日にプレゼントを渡したことがある。

 確か、あれはちょうど今の時期——八月の後半だったはずだ。


「なぁ。それもしかして、北斗君への誕プレか?」

「っ……」


 単刀直入に問いかけると、花音の肩がびくりと跳ねた。

 どうやらビンゴのようだ。翔はニヤリと口の端を吊り上げた。


「なるほどな、だから自分で買いに行ったのか。お前もなかなか律儀じゃん」

「……悪い? というか、別に当日に渡すわけじゃないし。ただ、ちょうどいいのがあったから買っておいただけだから」


 花音がぐっと眉を寄せた。

 少々揶揄いすぎたか、と翔は口をつぐんだ。


「北斗君も、なにか部活やってるの?」


 微妙な空気が漂う中、彩花が柔らかな声で割って入った。


「はい、私と同じバスケ部です。男女は別ですけど」

「あ、そうなんだ。運動部だったら、タオルをもらったら喜ぶんじゃないかな」

「まあ、そうですね……。実用的なものなら、別にあっても困らないかなって思って」


 花音はちょっと照れくさそうに笑った。

 眉間に寄っていたシワは、すっかり消えている。


(彩花のおかげだな)


 このままでは、翔のせいで空気が悪くなってしまうところだった。

 目線で感謝を伝えると、彩花は小さくうなずき、それから花音に向き直った。


「それにしても花音ちゃん、もしかしてプレゼントを渡すのって、前日?」

「えっ……よくわかりましたね」

「やっぱり」


 彩花は目を見開く花音ではなく、翔を見てイタズラっぽく笑った。


「なんだよ?」

「ううん、兄妹ってやっぱり似るんだね」

「たまたまだろ」


 翔が彩花にプレゼントを渡したのも、誕生日の前日だった。

 ただ、それは当日に会う予定がなかったからだ。


 花音たちもきっと、似たような理由のはず。

 そう頭ではわかっているのに、どこかいたたまれない気持ちになって、翔は視線を逸らしてしまった。


「ねぇねぇ花音ちゃん。北斗君って人、花音ちゃんの彼氏なの?」

「えっ? い、いや、全然違うよ。ただの幼馴染」


 花音はすぐに首を横に振り、弓弦の持つネットに入ったボールに目を向けた。


「それより、弓弦君はサッカーが好きなの?」


(しれっと話題を逸らしたな)


 指摘したくなるが、さすがにこれ以上はしつこいだろうと思って、翔は開きかけた口を閉じた。

 弓弦は違和感を覚えなかったのか、ボールを自慢げに胸の前に掲げてみせた。


「うん! これから翔くんとお姉ちゃんと公園でサッカーするんだー。あ、それなら花音ちゃんもやろうよ!」

「えー、私サッカーなんてできないよ?」

「大丈夫だよ。お姉ちゃんも下手だし」

「下手とは失礼な——じゃなくて、いきなりそんなことを言われても、花音ちゃんが困っちゃうでしょ。買い物帰りなんだし」

「あ、そっか。ごめんなさい……」


 彩花の注意を受けると、弓弦はしゅんと小さくなった。

 花音は思わずといったように笑みを浮かべながら、その頭をポンポンと撫でた。


「ううん、大丈夫だよ。弓弦君、サッカーしよっか」

「えっ?」


 弓弦が勢いよく顔を上げた。

 彩花が買い物袋と花音の顔を交互に見比べ、心配そうな表情を浮かべた。


「花音ちゃん、いいの?」

「はい。お兄ちゃんがお世話になってますし、私も少し体を動かしたいんで」

「やったー!」


 小躍りをする弓弦を横目に、花音が彩花に近づいた。

 その耳元に口を寄せ、囁き声——ではなく翔にも聞こえるほどの声量で、


「彩花さん。男の兄弟同士、交換しませんか?」

「おいこら」


 翔は花音の頭を軽く小突いた。

 彼女は「いたっ」と声を上げながら、大袈裟に脳天のあたりを抑えた。

 すると、弓弦が手を腰に当てて、真剣な表情で翔にビシッと指を突きつけてくる。


「翔くん、女の子をいじめちゃダメだよ」

「ハイ、すみません」


 翔が素直に謝ると、彩花が吹き出した。


「弓弦君はどっかのヘタレと違って、勇敢な紳士だねぇ。よしよし」


 花音が弓弦の頭を撫でながら、翔をチラリと見る。

 その視線には明らかな挑発が含まれていた。


(……いや、ここで反撃したら、弓弦の教育に良くないよな)


 翔は拳を握りしめかけた手を、そっと下ろした。




◇ ◇ ◇




 四人でのサッカーを終えると、花音と別れて三人で双葉家に戻った。

 真美は不在だった。買い物に出ていると彩花のスマホにメッセージが入っていた。


「じゃあ、みんな汗を流しちゃおっか」

「はーい!」


 弓弦が家のシャワーを使い、翔と彩花はジムのシャワーを借りることにした。

 先に上がった翔が、ジムのベンチに腰を下ろして彩花を待っていると、程なくして彼女は姿を現した。


「あれ、先に上がってたんじゃなかったの? 私がまだ入ってるときに、ドライヤーの音が聞こえた気がしたけど」


 彩花が不思議そうに首を傾げる。


「まあ……そうだな」

「あ……もしかして、待っててくれたの?」

「いや、まあ……何も言わずに先に戻ってるのは、なんか冷たい気がしてさ」

「……そっか」


 彩花の声が、ふっと柔らかくなる。


「ありがとね、翔君」

「……別に、大したことじゃないだろ。彩花は意外と寂しがり屋だしな」

「誰がウサギ系彼女だ——って、あ、べ、別にそういう変な意味じゃないからね⁉」


 彩花が声を裏返らせ、パタパタと手を振った。


「ほ、ほら、犬系彼女とか流行ったから、それをもじっただけっていうか……っ」

「わかってるよ。そんな言葉尻を掴んで言質は取った、なんて言うわけないだろ」


 翔が苦笑すると、彩花はむっと眉を寄せた。

 そして唐突に、翔の腕をぽかぽかと叩き始めた。


「なんだよ?」


 痛くはないが、意味がわからない。


「……翔君のせいだから」

「紛うことなき自爆だろ」


 翔が即座に切り返すと、彩花はふん、と鼻を鳴らして攻撃をやめた。


「弓弦が変なこと言ったからだよ。翔君、あいつもう一回こちょこちょしてあげよ」

「理不尽すぎる」


 ——結果として、弓弦が姉の八つ当たりを喰らうことはなかった。

 家に戻ると、彼はリビングのソファーですやすやと寝息を立てていた。


「お腹出てるし」


 彩花がブランケットを持ってきて、弓弦にそっとかけた。

 呆れたように笑いながらも、その眼差しは柔らかい。


「じゃあ、今のうちに勉強しちゃおっか」

「そうだな」


 翔は彩花に続いて階段を上がりながら、ふと前に電話したときのことを思い出した。

 今回のランニングの約束をした後、彩花は何か言いかけていた。


(……ま、勉強が終わってからでいいか)


 今から勉強を始めるというときに別の話題を出せば、集中しろ、と怒られてしまうかもしれない。

 翔は生じた疑問を胸の奥にしまい込み、彩花の部屋へと足を踏み入れた。

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