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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第十章

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第119話 お姫様の父親からのアドバイスと牽制

「——翔君」


 卓球台から離れ、手洗いを済ませて戻ろうとしたところで、前方から声がかかった。

 見ると、輝樹がこちらに向かってきていた。


「輝樹さんもトイレですか?」

「いや——少し時間をもらっていいか?」

「えっ? あ、はい。大丈夫ですけど」


 輝樹は翔の横に並ぶと、廊下の端にあるベンチを顎で示した。

 促されるまま腰を下ろすと、輝樹も隣に座る。


(改まって、何の用事だろう?)


 彩花との接し方に、何か問題があったのだろうか。

 翔は胸の鼓動が早まるのを感じた。


「翔君は運動神経がいいな」


 輝樹がおもむろに口を開いた。


「何かスポーツをやっていたのか?」

「サッカーです。小学生までですけど」


 輝樹が意外そうに眉を上げた。


「なぜ辞めたんだ? いいところまで行けそうだが」

「ちょっと体育会系っぽかったので気が引けたのと……しょうもない理由ですけど、元カノと過ごす時間がなくなるのが嫌だったので」


 小学校の地元のクラブチームの練習は、多くても土日の週二回だった。

 しかし、中学は週五日、多いときは六日は部活があった。

 香澄といることが当たり前だったし、付き合ったのは入学してしばらく経ってからだが、その頃から惹かれていたのだろう。


「……そうか。すまないな」


 輝樹が低い声でそう言った。

 翔は首を横に振った。


「いえ、もう吹っ切れているので。その、彩花さんにも助けてもらいましたし」


 自然と口をついて出た言葉だった。事実だし、隠すようなことでもない。


「ということは、彩花とは入学してすぐに仲良くなったのか?」

「いえ、弓弦を少し助けたことがあって、それから話すようになりました」


 かわいい子がいるとは思っていたが、あまり彩花のことは意識していなかった。

 それまでも、関わりはゼロではなかった。


 だが、詳細も覚えていないくらいだ。彩花もきっとそうだろう。

 少なくとも、こうして家族の輪に入れてもらえるなんて、想像もしていなかった。


「そうか。それで弓弦はあんなに懐いているのか……」

「えっ?」

「ああ、いや、こちらの話だ。それよりも、翔君」

「はい」

「彩花と、プールに行ったそうだな?」


 翔は思わず背筋を伸ばした。

 輝樹の眼光が鋭さを増した気がして、翔は膝の上で拳を握りしめた。


「……はい」

「そう身構えるな」


 輝樹が苦笑し、背もたれに体を預けた。


「彩花は自分でしっかり判断ができる子だ。とやかく言うつもりはないさ。それに、前に彩花を任せてもいいかも、と言っただろう?」

「あ、いえ、僕たちはそういう仲では——」

「わかっている。それくらい、本人に任せているということだ。親が過干渉しても、ロクなことにはならんからな。あの子を悲しませない限りは、翔君も自由にすればいい」

「……ありがとうございます」


 初対面時、なぜあそこまですんなり受け入れてもらえたのか不思議だった。

 もちろん真美から話を聞いていたというのもあるのだろうが、それ以上に娘を信頼しているということだったのだ。


「——ただし」


 輝樹の口調が、わずかに改まった。


「これは彩花の父親としてではなく、一人の男としてのアドバイスだが、若いころはできるだけ恋愛をしておくといい」

「……恋愛、ですか」

「もちろん、苦しいことや傷つくことも多いが、その経験はきっと何かにつながる。俺がこうして家庭を築けたのも、色々な経験のおかげだ」


 輝樹の目が、どこか遠くを見ていた。懐かしむような表情だ。

 翔から見ても彼はかっこいい。体格云々ではなく、男としての強さのようなものを感じるのだ。

 当然、色々な恋愛もしてきたのだろう。


 その横顔を見ていると、ふと潤の顔が浮かんだ。


「……失恋経験がある友達も、同じようなことを言っていました」

「そうだろう? 何事も経験だと考えれば、失敗なんて存在しないも同然だからな。難しいことを考えすぎず、欲望のままに行動してみろ。それは、大人になってからはできないことだ」


 輝樹がニヤリと笑い、立ち上がった。

 そして、弓弦と彩花、真美のいるほうへ歩いていく。

 いつの間にか卓球は終わっていたらしい。


「恋愛……か」


 翔は小さくつぶやいた。


 もちろん、いずれは彼女がほしいとは思う。

 だが、今はあまり誰かと付き合っている自分が想像できなかった。

 それに、すでに充実した生活を送れているのも事実だ。


(それこそ、香澄に向上心がないとか言われそうだけど)


 翔が独り苦笑していると、弓弦の声が聞こえた。


「翔くん、一緒に遊ぼうよー!」

「おう、今行くー」


 翔がそちらに向かうと、弓弦が駆け寄ってきた。


「車運転するゲームでトーナメントしよ!」


 そう言って、翔の腕をぐいぐい引っ張った。

 子供の体力は凄まじいものだ。


「翔君——」


 ふと、彩花が隣に並んだ。


「ん?」

「お父さんに変なこと吹き込まれてない?」

「なんだそれ」


 翔は苦笑いを浮かべた。

 首を横に振るよりも先に、後方から輝樹の声が飛んでくる。


「彩花、最初にその問いが出るのはおかしくないか?」

「だってお父さんだし」

「よし、もう一回ダーツから学び直すか。腕が上がらなくなるまで極意を叩き込んでやろう」

「えー、それよりもトーナメントしようよー」


 弓弦が不満げな声を上げた。


「もちろんだ、弓弦。ダーツはまた次回だな」


 息子の言葉に、輝樹は即座にうなずいた。


「お父さん、立場弱すぎ……っ」


 彩花がぷるぷると肩を震わせ、真美もくすくすと口元を押さえている。

 二人に釣られて、翔も堪えきれずに笑い出してしまった。


 難しいことを考えるのは後でいい。

 今はとりあえず、この時間を楽しもう。




◇ ◇ ◇




 車内には、穏やかな空気が流れていた。


 輝樹の運転する帰りの車の後部座席で、翔はぼんやり窓の外を流れる景色を眺めていた。

 左隣には弓弦、その向こうには彩花が座っている。助手席には真美だ。


 遊び疲れた子供の電池が切れるのは早い。

 車に乗り込んで数分もしないうちに、弓弦はすやすやと寝息を立て始めた。


 翔の左肩に、小さな重みが預けられている。

 規則正しい呼吸に合わせて、体温がじんわりとシャツ越しに伝わってくる。


「ごめんね、翔君。この子、眠ってるとき意外と重いでしょ」


 彩花が申し訳なさそうに眉を下げた。


「大丈夫だよ。頭だけだし」


 翔は苦笑しながら、弓弦の頭をそっと撫でた。

 甘えてくれる存在というのも悪くない。むしろ、くすぐったいような嬉しさが胸に広がる。


(弟ができたみたいで……嬉しいな)


 そんなことを考えていたときだった。


「——翔君」


 輝樹の低い声が、車内に響いた。


「は、はい」


 その鋭さに、翔は反射的に背筋を伸ばした。

 弓弦を起こさないように気をつけながら、バックミラー越しに輝樹を見る。


「次のチェックは、これまでとは訳が違うからな」

「えっ……あ、はい。頑張ります」


 出発前のチェックでは、この調子で続けていけばいいと言ってくれたはずだ。

 いったい何がいけなかったのだろう。翔は内心で首を傾げた。


「もう、お父さん」


 彩花が呆れたような声を出した。


「弓弦が翔君に懐いてるからって、ヤキモチ妬いちゃダメだよ」

「そんなわけないだろう。——彩花、弓弦の好きなアイスを三つ教えろ。もちろん、家に帰ってからこっそりな」

「翔君のことめっちゃ意識してるじゃん」


 彩花が吹き出し、車内に柔らかな笑い声が広がった。

 輝樹は「ふん」と鼻を鳴らしたが、その横顔はどこか楽しげだ。


 車内を満たす温かな空気に、翔も自然と口元を緩めた。

 窓の外では、夕日が街並みをオレンジ色に染め始めていた。




◇ ◇ ◇




 やがて、見慣れた住宅街が見えてきた。

 輝樹の車が草薙家の前でゆっくりと停車する。


「今日はありがとうございました」


 翔は車を降り、開いたウィンドウ越しに頭を下げた。


「お金も出していただいて、送迎までしてくださってすみません」

「気にするな。弓弦の希望だったし、彩花も世話になっているからな」


 輝樹はぶっきらぼうに答えたが、すぐにニヤリと口の端を吊り上げた。


「ただし、少しでもだらけたら、弓弦との接触と彩花の名前呼びは禁止だ」

「っ……肝に銘じておきます」


 翔は笑いを噛み殺しながらうなずいた。

 彩花との接触はいいのか、とはさすがに聞けなかった。


「ふふ、翔君、また遊んでね」


 真美が目元を緩めて、柔らかく手を振った。


「はい、ぜひ」

「——翔くん!」


 後部座席の窓から、弓弦が身を乗り出してきた。

 眠気は飛んだのか、その瞳は夕陽を反射してきらきら輝いている。彩花の膝の上に乗っかるような体勢だ。


「今度は僕ともランニングしてね!」

「おう、約束な」


 差し出された小さな小指に、翔は自分のそれを絡めた。

 弓弦が満足げに引っ込むと、今度は彩花と目が合う。


「また明日ね」


 彩花が手を上げかけて、ふと動きを止めた。

 一度手を引っ込め、スカートの生地に手のひらをさっと擦り付ける。

 それから、どこか恥ずかしげに、控えめに手を差し出してきた。


「おう、またな」


 翔は照れくささを覚えながらも、彩花の手のひらに自分の手を重ねた。

 触れた手は、ほんのり熱を帯びていた。


 輝樹の車がゆっくりと発進する。

 翔は門扉の前でそれを見送りながら、ふう、と息を吐いた。


(……楽しかったな)


 心地よい疲労感がじんわりと体を満たしている。

 車が角を曲がり、完全に見えなくなる直前だった。


「——げっ」


 背後から、苦々しげな声が聞こえた。

 振り返ると、花音と北斗が並んで歩いてきていた。


「えっ?」


 翔は軽く目を見張った。

 二人の間には、花音の白い手提げが揺れていた。

 ——その取っ手を、二人が左右から半分ずつ握りしめた状態で。

第120話は「妹の特大ブーメランと、お姫様の相談」です!

花音さんとの壮絶な揶揄い合いを終えた翔君の元に、彩花さんから「相談したいことがある」と電話がかかってきて——

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