第118話 お姫様の父親の懸念
休日昼間のアミューズメント施設は、カップルや子連れで賑わっていた。
「ねぇねぇ、あれやりたい!」
弓弦がダーツの台を指差した。
翔と彩花、輝樹と真美と弓弦で分かれてそれぞれ台の中で競うことになった。
「彩花——」
矢の本数を確認しながら、翔は彩花に声をかけた。
「真美さんと弓弦は後ろ足を線に合わせるみたいだけど、彩花もハンデありにするか?」
「いらないよ。何のために筋トレしてると思ってるの」
彩花は得意げに鼻を鳴らし、シャツの袖を肩までまくって力こぶを作ってみせた。
「……おー」
「なに、その微妙な反応は」
「いや、あるにはあるんだけど……」
健康的に引き締まったラインが、腕の細さを際立たせているが、決してムキムキというわけでもない。
絶妙にコメントしづらい塩梅だった。
「じゃあ、そっちも見せてよ」
「わかったよ」
彩花はむっと眉を寄せている。微妙な反応がお気に召さなかったらしい。
翔は苦笑しながら、同じように袖をまくって力こぶを作った。
「えっ、けっこうボコってなってる……っ」
彩花が目を丸くした。
それから、おずおずと手を伸ばしかけて、止まる。
「ちょっと触ってみていい?」
「まあ、別にいいけど」
翔が答えると、彩花の指先がそっと翔の二の腕に触れた。
ぎゅっ、ぎゅっ、と感触を確かめるように何度か押してくる。
「わ、硬っ、ちゃんと筋肉ついてるんだね。おもしろ——って、あ……!」
最初は感心していた彩花だったが、ふと我に返ったように手を引っ込めた。
「ご、ごめん、つい……っ」
「いや、別に……」
耳の先まで赤くして縮こまるその姿に、翔も妙に気恥ずかしくなった。
咳払いをして、袖を戻す。
「そんなことより、始めようぜ」
「そ、そうだね」
二人で並んでマシーンへと歩き出す。
翔は画面をタップし、ゲームの設定を済ませた。
「翔君はやったことあるの?」
「家族で二回くらいな。彩花は?」
「私も同じ感じだよ。一応、投げ方はお父さんに教えてもらったけど。——ほら」
隣のレーンでは、輝樹が真美と弓弦にダーツの投げ方を熱心に教えていた。
足の位置、腕の角度、手首のスナップ。
ひとつひとつ丁寧に、けれど妥協なく指導している。
「プロデューサーの血筋だな」
「私はあそこまで熱くなれないよ」
「スパルタ具合は似てるけど——よし、彩花からでいいよ」
ダーツの矢を向けられそうになったた翔は、躊躇いなく彩花に先攻を譲った。
◇ ◇ ◇
ダーツの後は、屋上のスポーツコートに移動した。
「真夏なのに、子供たちは元気ね」
「弓弦はサッカー、翔君と彩花もランニングをしていたはずなんだがな」
輝樹と真美はベンチで苦笑を交わした。
二人は飲み物を片手に、三人がサッカーをする様子を見守っていた。
「翔くん、抜いちゃうからね!」
「お、やってみろ」
「弓弦、頑張れー」
弓弦と翔が対峙をする中、弓弦のチームメイトであるはずの彩花は、観客のように腕と声を張り上げていた。
「彩花はサポートしないのかよ?」
「男同士の熱き戦いに水を差すわけにはいかないからね——」
「お姉ちゃん、シュート!」
芝居がかった所作で肩をすくめる彩花の元に、弓弦からパスが飛んだ。
「えっ、ちょ——」
彩花は慌ててボールを止め、シュートを放ったが、翔が素早く反応してゴール前でブロックした。
「ちょっと翔君、手加減してよ」
「彩花の準備が足りないんじゃないか?」
「お姉ちゃん、へたー」
「弓弦まで!」
「ほらほら、続きやろうぜ」
彩花が弓弦の頬を引っ張り、翔が笑いながらそれを止める。
「傍から見たら、仲の良い兄弟に見えてるかもしれないわね」
「……そうだな」
微笑む真美に、輝樹は重々しく同意した。
「不満そうね。今時『お前に娘はやらん』なんて言う父親は敬遠されるわよ?」
「そういうことじゃないさ。翔君の顔つきも前とは変わった気がするしな。ただ——」
輝樹はコートに視線を向けたまま、低い声で続けた。
「この状態がずっと続くのは、少し危険だぞ」
「……それはそうね」
真美は笑みを引っ込めた。
輝樹の懸念は、彼女にも理解できるものだった。
翔と彩花にとって、今の状態は居心地のよいものだろう。
友人のままでいれば、傷つくこともない。
だが、二人の関係性はもはや、ただの友人の域を超えている。
そのギャップは遅かれ早かれ、表面化するだろう。
そこでどちらかが一歩踏み出さなければ、あるいは踏み出すことを恐れてしまえば、彼らはすれ違ってしまうかもしれない。
「けど、あの二人なら大丈夫よ。どんな道を選ぶにせよ、きっと乗り越えられるわ。それにどっちみち、今の私たちには見守ることしかできないもの」
「……そうだな」
コートでは、弓弦が翔とハイタッチをしていた。
シュートを決めたらしく、満面の笑みを浮かべている。
輝樹は翔に視線を戻し、スッと目を細めた。
「……お前に息子はやらん」
「何を言っているのかしら、この人は」




