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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第十章

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第117話 二度目の筋トレチェックと、遊びの約束

「さて、翔君。——シャツを脱げ」


 ……どうしてこうなった。


 信号待ちで輝樹の車に遭遇したのは、つい三十分ほど前のことだ。

 車内から顔を覗かせた輝樹は、家に来るようにと翔に命じて去っていった。

 今日と明日は休みが取れて、帰宅途中だったらしい。


 まさか無視するわけにもいかず、彩花とともに双葉家にお邪魔すると、まずは汗を流すよう勧められた。

 汗だくでウロウロするのも失礼なので、翔は素直に従った。


 いくら双葉家といえども、家にお風呂は一つしかない。

 当然そちらは彩花に譲り、翔はホームジムのシャワーを利用した。


 そして、庭を通り抜けて家に戻ってきたところで、仁王立ちをした輝樹に先の指令を受けた。


「前回と同じく、筋トレの成果を見せてもらおう」

「えっと……」


 翔はシャツに手をかけながら、隣に立つ彩花をちらりと見た。

 彩花は頬をほんのり染めていたが、視線を逸らさずにうなずいた。


「……わかりました」


 翔は意を決して、シャツを頭上へ抜いた。


 輝樹は腕を組んだまま、肩から胸、腹へと順番に視線を滑らせていく。

 彩花は相変わらずオロオロと瞳を泳がせていたが、これまでよりは落ち着いているように見えた。プールのおかげだろうか。


「ふむ」


 輝樹が重々しくうなずいた。


「前回よりも輪郭がはっきりしてきたな。腹の線も深くなっている。——合格だ」

「……ありがとうございます」


 翔は安堵の息を漏らしながら、シャツを着直した。

 輝樹のお古を借りているので、少しダボっとしている。

 ランニング後は解散すると思っていたので、着替えは持ってきていなかった。


「名前呼びをし始めたと母さんから聞いたときは、思わずペンを二、三本へし折ったがな」

「えっ?」


 翔は思わずまじまじと輝樹を見つめた。

 彼は腕を組み、表情を和らげた。


「この調子で頑張るなら、認めてやろう」

「は、はい。ありがとうございます」


 翔は背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。


(絶対に慢心なんてしないようにしよう……)


 心の中で固く誓っていると、玄関のほうからバタバタと足音が近づいてきた。


「ただいまー!」


 弓弦がリビングに飛び込んできて、目を丸くした。


「あれ、翔くん? ——って、お父さんも⁉ お父さん、帰ってくるって言ってた?」

「昨日の夜に帰れることが決まってな。今日は泊まる予定だ。——弓弦、このあとは何か予定あるか?」

「ないよ!」


 弓弦は即答すると、翔と輝樹の袖をそれぞれ引っ張った。


「ねぇねぇ、そしたら今日はみんなで遊ぼうよ!」

「えっ、俺も?」


 突然の指名に、翔は戸惑った。


「翔君、予定は大丈夫?」

「あ、うん、予定は大丈夫だけど……」


 彩花の問いに、翔は言葉を濁した。

 せっかくの機会だ。家族水入らずのほうが良いのではないだろうか。


「弓弦」


 輝樹が息子の頭にそっと手のひらを乗せた。


「翔君も一緒がいいか?」

「うん! お父さんも翔くんもいたほうがいい!」

「彩花は?」

「弓弦もこう言ってるし、それこそせっかくだから一緒に遊ぼうよ」


 彩花は小さく肩をすくめて、翔を見た。


「だそうだ。——まさか、俺の娘の誘いを断る男はいないだろう?」


 輝樹がニヤリと口の端を吊り上げるが、その目は笑っていない。

 それに、弓弦の期待に満ちた眼差しを前に、断れるはずもなかった。


「じゃあ、すみません。ご一緒させていただきます」

「やったー!」


 弓弦がその場でぴょんぴょん飛び跳ね、彩花もふっと口元を緩めた。

 翔は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。




 弓弦の希望に全員が賛同する形で、郊外にある大型のアミューズメント施設に行くことが決まった。

 ボウリングにカラオケ、ゲームコーナーにスポーツエリア。

 ありとあらゆる遊びが詰め込まれた、一日遊び尽くせる施設だ。


「ごめんね、急に巻き込んじゃって」


 隣を歩く彩花が、申し訳なさそうに眉を下げた。

 翔は彼女と駅に向かっていた。家に戻って外出の支度を済ませるためだ。

 その後は、車で家まで迎えに来てもらう手筈になっている。


「いや、受け入れてもらえてるみたいで嬉しいよ」

「……そっか。なら、よかった」


 翔が素直な心情を伝えると、彩花は照れくさそうに微笑んだ。

 わざわざ駅まで送ってもらう必要はないのだが、「なんかここでバイバイするのは追い返したみたいになるじゃん」と付いてきた。


 知り合った直後にも、似たような趣旨のことを言っていた気がする。

 案外、寂しがり屋なのかもしれない。


「でも、家族ぐるみの付き合いだってクラスの人とかに知られたら、また色々な噂が広まりそうだね」

「確かに」


 ただでさえ注目を集めているのだから、周辺が騒がしくなるのは容易に想像がついた。

 だが、別に嫌だとは思わなかった。

 誰かに問い詰められるのは面倒だが、それだけだ。


「というか、なんか楽しんでないか?」

「そんなことないよ?」


 彩花がすっとぼけてみせるが、口元が微妙に緩んでいる。

 意外とリスキーな状況に楽しみを覚えるタイプなのかもしれない。

 さすがはヘタレースの主催者だ。


「あ、あとさ。これは嫌ならいいんだけど……」


 彩花は一転して視線を落とし、もじもじと指先を絡ませた。

 何かを言い淀んでいるような仕草だ。


「どうした?」

「その、この後みんなで遊んでるときなんだけど……名前で、呼び合わない?」

「えっ……」


 翔は思わず瞬きをした。

 彩花は早口で続ける。


「だ、だって、お父さんも知ってるのに今更名字で呼ぶのはちょっと変だし、弓弦も変に思っちゃうかもしれないじゃん?」

「それはそうだけど、学校の連中に聞かれたりしたら、それこそ色々な噂が広まるぞ?」


 アミューズメント施設なら、同級生に遭遇する可能性もゼロではない。

 しかし、彩花は迷うことなくうなずいた。


「うん、構わないよ。というか、それこそ今更じゃない?」

「あー……」


 翔としては、まだ「今更」の境地には達していない気がした。

 火に油を注ぐ行為なのでは——そんな懸念が頭をよぎる。


 だが、ここで反論すれば、名前呼びを敬遠していると思われかねない。

 それはなんだか、嫌だった。


「じゃあ、今日はそうするか」

「うん」


 彩花がふっと目元を和らげた。

 けれど、すぐにその表情が揺らぐ。


「……なんか、改まって決めると、呼びづらいんだけど」

「そっちから言い出したんだろ」

「だって、普段は自然に呼んでるから、意識しなかったんだもん」


 確かに、いつも通りのやり取りの流れで呼び合うのと、これから名前で呼びますと宣言するのとでは、心構えがまるで違う。

 翔自身、胸の奥がむず痒いような、落ち着かない感覚を覚えていた。


「……ちなみに、今みたいに二人で外にいるときとか、学校ではどうするんだ?」

「まだ名字呼びでいいんじゃないかな。ほら、噂になるのと確定しちゃうのは、また違うし」

「まあ、それはそうだな」


 同級生に遭遇する可能性はあるとはいえ、わざわざ自分から確定させに行く必要はない。

 そう思っていると、彩花がちらりとこちらを窺った。


「でも、草薙君がそうしたいって言うなら、別にいいよ?」

「いや、色々面倒そうだし、双葉が望まないなら遠慮しておくよ」

「ヘタレ」

「これに関しては彩花もだろ」

「う、うるさい」


 彩花がむすっと頬を膨らませ、そっぽを向いた。

 耳のあたりが、ほんのり色づいている。


「……その代わり、学校ある日は毎日一回ヘタレース開催するからね」

「落ち着け、話し合おう」


 その頻度ならいつかはバレるし、それ以上に気が休まらない。

 それならいっそのこと、公にしたほうがマシなくらいだ。


「ふふ、冗談だよ」


 慌てる翔を見て、彩花は満足げに瞳を細めた。




◇ ◇ ◇




 駅に着くと、改札の手前で足を止めた。

 ここから先は、翔だけが電車に乗る。


「じゃあ、送ってくれてありがとな」

「うん。また後でね——翔君」


 不意打ちだった。

 はにかむような笑顔と、柔らかな声色。


「っ……」


 翔は言葉に詰まった。

 その一瞬の隙をつくように、彩花はくるりと踵を返した。


「……二人で外にいるときは名字呼びって約束だろ」


 人混みに紛れていく華奢な背中を見送りながら、翔はガシガシと後頭部を掻いた。

第118話は「お姫様の父親の懸念」です!

屋上でサッカーをする三人を微笑ましく見守る真美さんとは対照的に、輝樹さんが抱いた懸念は——

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