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幼馴染にフラれた日、ヤケクソで助けた男の子の姉がクラスのお姫様だった 〜お姫様直々のプロデュースで、幼馴染を見返します〜  作者: 桜 偉村
第十章

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第116話 お姫様とのランニングと、近づいた距離

「お兄ちゃん。走りに行くのに髪セットしてるの?」

「っ……」


 背後からかけられた声に、翔の肩が跳ねた。

 ドライヤーを手に持ったまま振り返ると、花音が洗面所の入り口にもたれながら、半眼でこちらを見ていた。


「……一応外に出るし、練習だよ」

「ふーん」


 花音はニヤリと口の端を吊り上げた。


「なるほど。彩花さんと会うわけか」

「……別に、それが理由でセットしてるわけじゃないから」

「お、ビンゴだったんだ」


 花音が勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

 翔はふと、その格好に目を向けた。


 淡いピンクのトップスに、スカートは膝上。

 アクセサリーも控えめながら、どこか気合いが入っているように見える。


「そういうお前こそ、今日は北斗君と遊ぶんだったな」

「っ……だからなに」


 翔がニヤリと笑うと、花音の眉がぴくりと動いた。


「いや、ずいぶん気合い入ってるなって思っただけだよ。かわいいじゃん」

「はっ、なに? いきなりキモいんだけど」


 花音は露骨に顔をしかめ、ふいっと視線を逸らした。


「私も洗面所早く使いたいから。さっさと終わらせてよね」


 そう言い残すと、彼女は足音を立てて去っていった。


(勝った)


 翔は妹の背中を見送りながら、小さくガッツポーズを作った。




◇ ◇ ◇




 いつも弓弦と遊んでいる公園に着くと、彩花はすでにベンチに座っていた。

 首にはタオルをかけ、隣にはペットボトルが置いてある。翔も同じ装備だ。


「お待たせ」

「ううん、私も今来たところだよ。じゃあ、さっそく走る?」

「おう」


 彩花が軽やかに走り出し、翔もそれに続いた。

 午前中と言えども気温は上がっているが、頬を撫でる風が心地よい。


「周りから見たら、どこの陸上部だと思うよな」

「どっちも帰宅部なのにね」


 彩花がくすっと笑った。


「でも、ガチな運動部を除いたら、そこら辺の部活より活動してるんじゃないか?」

「基本的に週四だしね。いっそのこと、部活立ち上げちゃおっか」

「部活名どうするんだよ?」

「そりゃ、『草薙翔をプロデュースし隊』でしょ」

「部員二名で即廃部だな」

「自分で言ってて悲しくならない?」

「そっちが言わせたようなもんだろ」


 軽口を叩きながら、二人は公園を出て歩道へ向かった。

 道順は前回と同じく、周辺の地理に明るい彩花に任せている。


「ペース、大丈夫?」

「ああ、ちょうどいい」


 並走しながら、翔は横目で彩花を窺った。

 額にうっすらと汗が滲んでいるが、呼吸は乱れていない。さすがに鍛えているだけある。


 しばらく走って公園に入ったところで、彩花が足を緩めた。


「ちょっと休憩しよっか」

「そうだな」


 近くのベンチに並んで腰を下ろし、それぞれペットボトルを開ける。

 翔は一口飲んでから、タオルで額の汗を拭った。


(……気持ち悪いな)


 前髪を流してマッシュ風にセットしていたせいで、髪がおでこに張り付いている。

 かといって、乱暴に拭いて髪型が崩れるのも本意ではない。翔は中途半端にタオルを押し当てたまま、どうしたものかと眉を寄せた。


「草薙君。どうしたの?」

「汗を拭きたいんだけど、髪の毛がぐしゃぐしゃになるのも嫌でさ」

「ああ、そういうこと。だったら、私に任せて」


 彩花がひょいとタオルを取り上げた。


「えっ、いや——」

「動かないで」


 彩花はベンチに片膝を乗せて翔のほうに体を向けると、タオルで根元を立ち上げるように汗を拭い始めた。


「前髪を上げちゃえば、走るときも邪魔にならないよ」


 彩花は得意げに言いながら、翔の髪を整えていく。

 おそらくはセンターパートにしてくれているのだろう。


 しかし、翔にそんなことを気にしている余裕はなかった。


(っ、近い……)


 翔の目の前にあったのは、身を乗り出すようにしている彩花の白く華奢な首筋。

 一筋の汗がそこを伝い、鎖骨のくぼみをゆっくりと滑り落ちていく。

 やがてその雫は、シャツの襟元の奥へ——


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 翔は咄嗟に顔を背け、彩花の両肩を掴んで引き剥がした。

 彩花がそっと息を呑む気配がした。


「……ごめん。余計なお世話だった?」

「あ、いや、そうじゃなくてっ」


 翔は首を振った。

 どう伝えるべきか迷いながら、言葉を選ぶ。


「その……距離が近くて、目のやり場に困るっていうか……」

「えっ?」


 彩花がきょとんと顔を上げる。


「その……見えそうで」


 翔は視線を逸らしたまま、自分の襟元をつまんでみせた。


「あっ……!」


 彩花の顔が、みるみるうちに赤く染まっていった。

 自分の胸元に手を当て、肩を縮こまらせる。


「ご、ごめ……っ、そういうつもりじゃ……!」

「わかってる。だから、その、悪いのは俺のほうっていうか……」


 気まずい沈黙が落ちた。

 蝉の声だけが、やけに大きく響いている。


「そ、そろそろ走らないか?」

「う、うん。そうだね! 体が冷えちゃったら良くないし」


 二人は逃げるようにベンチから立ち上がり、再び走り出した。

 そのペースは、それまでよりも少しだけ速かった。


 住宅街を抜け、大通りに出る。

 信号が赤に変わり、翔と彩花は足を止めた。


「ふぅ……」


 翔は小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

 隣の彩花も、手で顔を扇ぎながら信号が変わるのを待っている。


 ——そのときだった。


 滑らかなエンジン音とともに、一台の黒塗りの高級車が二人の横で停止した。

 重厚なボディが、朝の日差しを鈍く反射している。


「……?」


 翔が眉を寄せた瞬間、助手席のウィンドウが音もなく下がった。


「——翔君。彩花と何をしているんだ?」

「えっ……お父さん⁉︎」


 車と同じく重厚感のある低い声に、彩花が驚きの声を漏らした。

 サングラスの奥からじっと翔を見据えるその男性は、彼女の父親——輝樹だった。

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